ナタリー PowerPush - 高橋優
これが今、一番伝えたい歌 新曲「誰がために鐘は鳴る」
高橋優は自分にも音楽にも、常に真摯で正直だ。都合の良い言葉でごまかさず、本心しか歌わないから彼の歌は胸に響く。迷いや悩みが生じれば、その思いすらそのまま歌ってしまう。だからこそ彼は、メジャー1stフルアルバムのタイトルどおり、「リアルタイム・シンガーソングライター」なのだ。そのまっすぐさは、インタビュー中にじっとこちらを見つめて力強く喋る様子からも感じることができる。
そんな彼が、ニューシングル「誰がために鐘は鳴る」をリリースする。アルバムからまだ2カ月。その間にどんな変化と成長があり、それをどんな言葉で語ってくれるのか。彼の音楽に対する姿勢を、ぜひこの記事で確かめてほしい。
取材・文/田島太陽
「誰にでも希望がある」なんて言えなかった
──まずは渾身の出来だったメジャー1stフルアルバムの手応えから聞かせてください。リリースから2カ月が経って、感じていることはありますか?
やっぱり震災の影響でラジオで流していただく機会が多くなって、「なかなか笑えなかったけど、『福笑い』を偶然聴いてとても元気をもらいました」とか、感想はたくさんいただいてます。ただリリースよりもツアーが始まったことが大きいですね。お客さんがバンドの音にも負けない声で歌ってくれたりするんです。聴いてくれた方が来てくださっているのがすごく伝わってきて、やっぱりめちゃくちゃうれしいですね。
──ニューシングルの制作がスタートしたきっかけは?
ちょうどアルバムのレコーディングが終わった頃に、NHKドラマの主題歌を作ってほしいというお話をいただいたんです。ただドラマに合わせて曲を書くのはちょっと苦手なので、原作を読んで自分なりに咀嚼して、結果的には今一番歌いたい曲を作らせてもらいました。アルバムのあとでまた曲作りに向かう、いいきっかけをいただいたという感じですね。
──曲作りのスタイルや制作方法は今までと大きくは変わらず?
そうですね、基本的にはアルバムの延長線にあるものだと思います。ただテーマは少し大きくなったので、より深い部分に迫れたらいいかなとは思いました。
──テーマが大きくなったというのは?
僕は学生の頃にヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」を読んで、すごくいいタイトルだなと思って胸にずっと残ってたんです。物語はハッピーエンドではなかったけど、この言葉を借りれば大きなテーマで前向きな歌が作れる気がしていて。今何を歌いたいかを考えたときに思いついたのが“心臓”で、それで鐘のイメージが浮かんだので、胸にしまっていたこの言葉を満を持して使わせていただきました。
──なぜ心臓だったんですか?
「誰にでも希望がある」ってことを伝えたかったけど、それは言えなかったんです。「なぜそう言えるの?」って訊かれたら答えられないから。でも「誰の胸にも心臓が鳴っている」というのは真実ですよね。緊張したり不安になったら高鳴るように、あなたの鼓動にもきっと意味があるって伝えたかったんです。それは誰かを笑わせるためなのか、助けるためなのかは僕にもわからないけど、それは信じられるんじゃないかなって。迷信だと思いますけど、「類は友を呼ぶ」というのはお互いの鼓動の音が似ているからって話を聞いたことがあるんです。だとしたら、日本全体が不安なムードにある中で、誰かが希望に満ちた鼓動を鳴らせれば空気が変わるんじゃないかとも思ったんです。
歌うことを恐れない勇気
──聴いた人に「自分も生きている意味はあるんだ」と感じてほしかった?
そうなんですけど、声高に訴えかける重い歌にはしたくなかったんです。例えば友達と話していて、生きる意味みたいな話になったら僕は「そういう話やめない?」って言っちゃうタイプなんですよ。だって、疲れるししんどいじゃないですか。だからできるだけライトに歌いたかった。その両方の気持ちがありましたね。
──自分の中にある感情をとにかく正直にまっすぐ歌っていて、結果としてそれが多くの人に通じるのが高橋さんの曲だと思うんです。ただ今回は歌詞の冒頭で「僕ら」という言葉が出てきたりして、今までよりも広い層に届くような、普遍的なものにしたかったのかなと感じました。
特に意識したわけではないんですけど、「鼓動が鳴っている」というのは嘘じゃないから「僕ら」と言いやすかったのかもしれないです。ずっと思ったことに正直でいたつもりだし、今回も変わらず自分の中にある考えを歌っているんですけど、やっぱり違う考えの人もいるのでどう取られるかなって不安も多少はあって。でも常に変化していきたいし毎回チャレンジしたいとは思うから、歌うことを恐れないようにしようと考えてました。思ったことを、できるだけリアリティのある僕の言葉で歌おうと。
──歌うことへの恐れもあったんですか?
というか、自分が発するメッセージに責任を持たないといけないと思ってたんです。例えば「明日死んでもいい気がする」っていう歌が、「明日死ね」って言っているように受け取られることがあるかもしれないと考えると、それはやっぱり怖いことで。別に尖っていたいわけじゃないし、表現方法や言葉の選び方は工夫するべきだけど、でもそればかり考えていたら当たり障りのないことしか言えなくなるんです。歌いたいことはどんどん出てくる。だったら「なんでそんなこと言えるんだよ!」と言う人がいても、「そうかもな」と思ってくれる人がひとりでもいれば無駄じゃないと信じて歌っていこうと。そう思えるまでには勇気が必要でしたね。
高橋優(たかはしゆう)
1983年生まれ、秋田県出身のシンガーソングライター。大学進学と同時に路上で弾き語りを始める。2008年に活動拠点を東京に移し、2009年7月にミニアルバム「僕らの平成ロックンロール」を全国リリースする。その後ワーナーミュージック・ジャパンと契約し、2010年7月にシングル「素晴らしき日常」でデビュー。2011年4月にメジャー1stフルアルバム「リアルタイム・シンガーソングライター」を発表する。社会、友情、恋愛、性、孤独など自身が感じた思いをストレートな言葉で表現した歌詞や、聴き手の感情を揺さぶる熱い歌声が支持を集めている。