sumika|「おっさんずラブ」「ヒロアカ」の世界観に真摯に寄り添った両A面シングル

“0から1”を一緒に考えた主題歌作り

──作詞はアレンジが固まってから始めたんですか?

片岡 全部を並行してやっていたんですよね。制作時間もそれほど多くなくて、作曲、アレンジ、作詞、あとはドラマの制作も同時に進んでいて。それぞれの進行状況を見ながら、少しずつ形になっていったというか。今話に出ていた冬感も、最初は「ほんのり感じるくらい」というお話だったんですが、ドラマの制作サイドと話し合っていく中で、「冬感をもっとガッツリ出したい」というふうになって。

黒田 うんうん。

片岡 ドラマの内容やアレンジがフィックスしてから、それに合わせて歌詞を書くのではなくて、進行と共にアップデートしていったというか。すべてのセクションが全力で走っていたから、大事なのはスピード感、ライブ感だったんですよね。例えばドラマの制作サイドとの打ち合わせの帰り道で歌詞を書いて、すぐに見てもらったり。アレンジからヒントをもらえることもありました。途中、「曲が完成しないんじゃないか?」って200回くらい思いましたけどね(笑)。初回の放送に間に合わないかもしれないぞって。

小川 ははは(笑)。

片岡 当たり前ですけど、中途半端なものを作るわけにはいかないですからね。ドラマのスタッフの方からも「ここまで“0から1”を一緒に考えた主題歌作りの経験はないです」と言ってもらっていたし、僕らも「おっさんずラブ」チームの一員になって制作しないと失礼になるなって。

小川貴之(Key, Cho)

大事なポイントは“普遍性”

──「願い」は恋愛の真っ最中でも、恋愛が終わったあとでも当てはまるし、どんな立場の人が聴いてもグッとくる普遍的なラブソングだと思います。

片岡 ありがとうございます。「おっさんずラブ」自体がそうなんですよね。男性同士の恋愛ドラマということで、当初はイロモノとして見られてしまうリスクもあったと思うんですよ。でも、ドラマの中で描かれているのは普遍的なことなので。恋人同士だけじゃなくて、友達だったり、ペットもそうだと思うんですが、大事にしている人との関わり方を今一度考えさせられる作品だなって。「願い」の歌詞を書くときも、普遍性というのは大事なポイントでした。放送が終わってからもずっと心に残る曲じゃないと、ドラマのマインドを受け継ぐことはできないと思ったので。

──幅広い層のファンを持つドラマですからね。

片岡 そうなんですよ。既存のフォーマットには属さないドラマなのに、家族で楽しめるのもすごいことだなって。僕らが小学生くらいの頃だったら、もしかしたら男性同士の恋愛を描くドラマは世間で受け入れられていなかったかもしれない。そういう意味では、今の時代だから響いたドラマなんだろうなって。大人気ドラマだけに、反応が怖いですけどね。僕らはやりきったつもりだけど、評価を決めるのは視聴者の方であり、曲を聴いてくれた皆さんなので。

──歌詞のメッセージ性を増幅させるようなハーモニーも素晴らしいなと。ハーモニーはsumikaの音楽の特長でもありますが、この曲のハモリは本当にすごいと思います。

黒田 ハモりを入れるか抜くかは、歌詞が決まったあと、ミックスの段階でもやってましたね。歌詞のストーリーを踏まえて、「ここでリスナーにハッとしてもらうために、コーラスはどうしようか?」と考えて。

片岡 歌の距離感によっても変わってきますからね。より近くで届けたいときはボーカル1本のほうがいいし、遠くに飛ばしたいときはハーモニーを入れたり。そうやって楽しむやり方をやっと覚えてきたんですよ。以前は「とにかく重ねよう」という時期もあったんだけど、最近は引き算ができるようになってきました。

荒井智之(Dr, Cho)

泣きながらギターを弾いていました

──そして映画「僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ヒーローズ:ライジング」の主題歌「ハイヤーグラウンド」は、疾走感にあふれたバンドサウンドが印象的なロックナンバーです。こちらも作曲は黒田さんですね。

黒田 はい。もちろん「ヒロアカ」は知っていたんですが、映画の主題歌の話をいただいてから、アニメシリーズを全部観たんです。3日間くらい観続けたあと、ギターを弾きながら出てきたのがサビのメロディで。そのときのイメージのまま、形にしていった感じですね。

──すごくライブ感のある作り方ですね。

黒田 そうですね。ボロボロ泣きながらギターを弾いてましたし(笑)、完全にアニメの世界観に寄り添って作れました。「ヒロアカ」の好きなシーンを挙げたらキリがないんですけど、登場人物1人ひとりの背景を大事に描いていることが印象的で。例えば主人公のお母さんが、「息子を危険な目に遭わせたくない。だけど、夢は叶えてほしい」という葛藤を抱えていたり、敵側の人たちもそれぞれの思いを抱えて戦っていたり、すべての人の感情や人生が合わさって1つの物語になっているんですよ。その感じは曲の中にも入れたいと思ってました。「ハイヤーグラウンド」は僕が今まで作った曲の中では一番テンポが速いんですが、ゲストのベースの方に「デモのアレンジは気にせず、自分なりの攻め方をしてください」とお願いしました。おがりんは新しい機材を使っているし、荒井さんもレコーディングのときに「ドラムで俺がヒーローになる」と言ってくれて。バンドのメンバーはもちろん、楽曲に関わった人たちの気持ちがぶつかり合って、「ハイヤーグラウンド」という曲になってるんだと思います。

──ドラムのビートもすごくアグレッシブですよね。

荒井 “ヒーロー”という言葉にこだわりたいという気持ちはありましたね。ライブやレコーディングのときって、普段の練習のときよりも曲のテンポが遅く感じることがあるんです。集中や緊張によって心拍数が上がって、ライブハイ、レコーディングハイみたいな状態になっているせいだと思うんですけど、「あれ、こんなにテンポが遅かった?」と感じてしまう。「ハイヤーグラウンド」のレコーディングでは、その状態をあえて生かそうと思ったんです。フィルの詰め込み方もそうですけど、限界よりも少し高いテンションで演奏できるようにしたいなと。「本来のリズムから少しくらいアウトしてもいい」くらいの気持ちだったんですけど、録り音を聴いてみたら、キレイにハマっていたので、よかったです(笑)。

小川 うん、すごくカッコいいですよね。

荒井 スケジュールはかなりタイトだったんですけどね。レコーディングの翌日がツアー(9月から11月まで開催された「sumika Live Tour 2019 -Wonder Bridge-」)の初日で、高知に移動することになっていたんです。その前はずっとゲネでスタジオに入ってたし、緊張感が途切れることなくレコーディングに臨めて。限られた時間で録らないと高知に行けない、もしくは「いいテイクが取れなかった」という中途半端な気持ちのままライブをやらなくちゃいけないという。修羅場というか鉄火場のようなテンションもちょっとヒーローみたいだったのかなと。

──なるほど。小川さんの挑戦はやはり、新しい機材ですか?

小川 そうですね。「ハイヤーグラウンド」はシンセサイザーでサウンドを作っていて。ツマミを自分でいじりながら音を作ったことはなかったし、すごく面白かったですね。隼さんのデモにも印象的なシンセのフレーズが入っていたし、「これを自分なりにやるとしたら、どうなるだろう?」と考えて、シンセを買ったんですよ。

黒田 この曲のために(笑)。

小川 しかも最初から入ってる音はまったく使ってなくて、全部自分で作ったんですよ。現状維持のままではダメだと思ったし、僕はもともと、どんどんやれることを増やして自信を付けたいタイプなので。それは「ヒロアカ」の熱量にもつながっているのかなと。あと、カッコよく弾こうという意識もありました。