sumika「Vermillion's」インタビュー|“同じ色”を共有し合う3人が奏でる、等身大のアルバム完成

2022年9月に発表された4thフルアルバム「For.」から、5thアルバム「Vermillion's」まで、およそ2年半。その間に彼らがどんな経験をして、何を感じてきたか、簡潔に言葉でまとめることは難しい。その代わりに、すべてを語る音楽がここにある。リードトラック「Vermillion」で始まり、最後に「's-エス-」で終わる14曲の中に今のsumikaがいる。

音楽ナタリーでは、新たなフェーズに到達したsumikaに取材。アルバムリリースの直後には4カ月にわたる大規模なツアーへと乗り出すなど、激動の季節を乗り越えて進み続ける、片岡健太(Vo, G)、小川貴之(Key, Cho)、荒井智之(Dr)の本音に迫る。

取材・文 / 宮本英夫撮影 / YURIE PEPE

一歩ずつ前に進んでいくのが人間臭くていい

──「For.」から2年半を経てアルバムが完成しました。どんな思いを込めたアルバムなのか教えてください。

片岡健太(Vo, G) まず結成10周年のタイミングで「For.」というアルバムを出して、ライブツアー「Ten to Ten」と、横浜スタジアム公演「Ten to Ten to 10」を行って。10周年のランドマーク的な活動ができたので、次に求められるもののハードルは上がるだろうなと思っていたんですけど、想像の数十倍キツいというか、かなり試されているなと感じる2年間ではありました。想定外のことがいっぱい起こりましたし。そういう状態でも結局「何が楽しくて生きているのか?」というと、“感動すること”なんです。感動していないと人生はつまらないし、そのために手なり足なりを動かしていくことが自分の性に合っている。何度考えても結局やることは変わらないし、基本に立ち戻って、まず自分のテンションが上がることをやろうと。そして、それを“音楽でやる”のが、自分にとって一番得意なこと。やりたいことをやるのみだなと思いながら曲を作っていったら、このアルバムができあがりました。

──なるほど。

片岡 前作からの2年間で、僕が作曲したものだけにフォーカスすると、明るい曲が多いんですよ。それはたぶん、そういう気持ちになりたかったから。やっぱり楽しい曲ができたら楽しい気持ちになれますし、自分自身にそういう曲を“処方”していった結果、救われているので。そうやって、2年間かけて自分に足りない部分を曲にしていくことで……もちろんダークな曲や重めの曲を作ったりもしましたけど、全部を含めて、自分の喜怒哀楽の過不足みたいなものがなくなって、今はすごくフラットな状態に戻っています。アルバム作品は、ミュージシャンにとって最大限に音楽を詰め込めるパッケージ。それを作り終えたあとの感触としては、正しいところに着地できて……「アルバムなんてできないかも」と2年前は思っていましたけど、無事完成したのでそれはかなり喜ばしいことだと思っています。

sumika

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──素晴らしい。よかった。

荒井智之(Dr, Cho) この2年は不思議な時間を過ごしてきたような感覚がありますね。今回のアルバムには、その間のことが純度高く詰め込まれていると思っています。本当にいろんなことがあったので。ただ、どんなことがあっても、バンドの軸がブレてしまうとか、メンバーの性格が変わってしまうとか、そういうことはなくて。今までと同じ感覚で新しいことにチャレンジしたり、ちょっと違う面を見せたり、そういうことができているような気がして。“正しく人間であれた”ような気がしています。今、目の前にあることに対して心を動かして、一歩ずつ前に進んでいくのが人間臭くていいなと僕は思っていて。そういう姿勢が詰まったアルバムになっています。

小川貴之(Key, Cho) 「人間臭い」というのは、本当にそう。僕たちのリアルが詰まっている、等身大のアルバムになりましたね。自分が作曲した曲には「こういう思いを伝えたいんだ」という気持ちを常に入れて作っていたんですが、それは作曲家のエゴで。詞が乗ったら見えなくなる部分でもあるし、受け取った人がどう感じるかも自由。だから「このまま受け取ってくれ」なんてことは言えないけど、最終的に何かしらは伝わるかもしれないという希望を常に持って、音を1つひとつ積み上げていきました。今までの作曲の中でも一番泥臭く、自分自身をちゃんと見つめ直したうえで、1曲1曲作っていった印象があります。

楽しいことやドキドキすることばかりしていたい

──アルバムのオープニングを飾る新曲「Vermillion」はどんな思いを込めて書いた曲ですか?

片岡 「Vermillion」は最初から「アルバムのリード曲を作るぞ」という気持ちで作った曲です。1番Aメロの「ドキドキすることをしていたいよ」から「愛せるから来いよ」までが、もうこの2年で僕らが導き出した結論ですね。結局これでしかない。ピアノと歌で始まって、そこにすぐドラムが入ってくる。3人の音でこの言葉をちゃんと伝えてから曲が始まることが大事だったんです。人生なんて嫌なこともいっぱいあるし、「これはなんのためにあるんだろう?」と思うこともいっぱいあるんですけど、それを悔やんだり、反省する時間はもちろん必要だとは思いつつ、やっぱり楽しいことやドキドキすることをしたい。凹んでいる時間がもったいないという気持ちもあるので。最初のブロックができた時点で、自分としては100点を取れていると思います。歌詞に「僕らだけの秘密でもいいよ」と書いてる通り、誰かにわかってもらえなくてもいいんです。SNSを通して自分の内面を見せて、不特定多数の人に理解してもらうことがいいことだとは思わない。ちゃんと目の前の人と目を合わせて、膝をつき合わせて、コミュニケーションを取れる範囲の人に理解してもらえてたらいいなと。そして、その人たちが「ドキドキしてくれればよくない?」ということを言い合うきっかけが作れたら、この曲は役目を果たしていると思う。

──1番Aメロのあと、どんどん歌声が増えて、大人数による合唱曲になっていくところが印象的です。

片岡 この数年、楽曲を提供させていただく機会がたくさんあった中で、人の声って唯一無二の個性だなと思ったんです。もちろん楽器の音にも、弾く人によって宿る個性がたくさんあると思いますけど……例えば今、ボイスメモのボタンを押したら、ここにいるみんなの声が録れますよね。「ギターを弾いてください」と言われたら「今は持ってないから無理」と言いますけど、声だったらすぐに出せる。そして、いい声とかそうじゃないとか、人によってはあると思うんですけど、それぞれの声が唯一無二であることは紛れもないことで。その個性が宿った声をとにかく入れたいという気持ちもあって、合唱にチャレンジしてみました。

──コーラスに三浦太郎(フレンズ)、武井優心(Czecho No Republic)、藤森元生(SAKANAMON)、菊池遼(the quiet room)、寺口宣明(Ivy to Fraudulent Game)、山口ケンタ(osage)といったバンド仲間を中心に、総勢20名以上が参加しています。

片岡 クレジットには入ってませんが、スタッフにも歌ってもらっています。コーラスは実際に録りに行ったり、データを送ってもらったりしたんですけど、1人ひとりの歌が本当に面白かったです。同じメロディを歌っていても、みんなどこか違う。その違いを感じられるのが、人と生きていく醍醐味だなと思いました。

──曲順的には飛びますが、アルバムの最後に「's-エスー」という曲が収録されています。「Vermillion」で幕を開けて、「's-エスー」で閉じることで、「Vermillion's」というアルバムが大団円を迎える。2曲合わせて「Vermillion's」というタイトルにもつながるわけで、すごく深い意味があるなと感じました。特に「's-エスー」の「同じ家に帰りたい」というフレーズは、すごく心に沁みます。

片岡 「's-エスー」は“結論”の曲ですね。僕はかつて「Familia」という曲でメンバーやリスナーの皆さんに向けて「家族になりたい」と歌いました。その気持ちは本当にピュアなもので、何も間違っていないと思うんですけど、物理的に考えたら、メンバーは家族ではないし、何かの契約で結ばれている関係でもなくて、カテゴライズするなら“他人”になるんですよ。それはそうだなと思いつつ、それでも同じ気持ちでいたいし、同じ家に帰りたいというのが、今の僕らに一番ハマる表現で。それはお客さんに対しても言えること。何かのシステムで定められた関係がすべてではないし、それがあっても離れ離れになっちゃうこともあるわけで。精神性として「同じ気持ちでいたいんだ」という願いを、「's-エスー」で最後に伝えて終わろうと思いました。だから曲のラストでドラムとピアノとボーカルだけになるんです。

──つまり「Vermillion」のイントロと同じ編成に戻って、アルバムが幕を閉じる。本当によくできたコンセプトアルバムだと思います。

小川 しかも「's-エスー」の最後のピアノも3つの構成音で、和音で終わるんです。

片岡 ド、ミ、ソだけ。

小川 3人の音でアルバムが始まって、最後の音も3人で終えるというのがこのアルバムにはぴったりだと思います。「もっといろんなコードがあってもいいのかな?」「テンションを上げた感じで未来が見えるようにしたほうがいいのかな」とか、いろいろ考えたんですけど、ここはしっかりと三和音でピリオドを打つことによって次に行けるなと思ったので、そういう願いも込めてピアノを弾きました。

100回嘔吐さんと一緒に作ったら何ができるのか?

──アルバムの中でも特に気になったのは「リビドー」という曲です。アレンジを100回嘔吐さんが担当していますが、一緒に制作をしたのは今回が初めてですよね?

片岡 初めてです。

──彼はいわゆるボカロ世代以降の、現代的なポップスを作っている音楽家です。そういう感覚とスキルを持った人をアレンジャーに起用しようと思ったのは、どういう理由があったんでしょう?

片岡 以前から100回嘔吐さんが作られている楽曲を聴いていて、自分とはまったく違う道を歩みながら音楽をやっている方だなという印象があったんです。「そういう方と一緒に曲を作ったら何ができるのか?」ということに純粋に興味があったので、今回お願いしました。そもそも何を聴いて育ったら100回嘔吐さんみたいな音楽が作れるのか、出自がまったくわからない。だからいろいろ想像していたんですけど、「こういう音楽が好きなんですか?」と聞いたら全部外れで、意外と自分と同じところを通っていたんですよね。一緒に作っていく中で「こういうアプローチで」という比喩表現を使うと、お互いにすぐにイメージを共有できるくらいでした。ご一緒したのは1曲だけではあるんですけど、お互いのことをとてもわかり合えた気がします。

片岡健太(Vo, G)

片岡健太(Vo, G)

──「sumikaと100回嘔吐」のタッグのお話を聞いた瞬間は相当インパクトがありましたが、意外と共通項があったんですね。

片岡 というか、嘔吐さんの聴いてきた音楽の幅が広いんだと思います。一緒に制作をしながらアレンジャーとしての懐の深さを感じました。

──ところで「リビドー」のドラムは打ち込みですか? それとも生ですか? 音源を聴いただけでは判別できなくて。

荒井 これは生です。最初にデモができた段階では、打ち込み、打ち込みと生のレイヤー、生の全部の可能性を考えていました。楽曲的に現代的な要素を感じる部分があったので、「打ち込みかな?」と思っていたんですけど、あれよあれよと言う間に生で叩くことになり、いざレコーディングのときには「叩けるのかな?」と。

──マシン的なプレイが要求されるアレンジですよね。

荒井 そうですね。デモを聴いて、そのあと嘔吐さんがアレンジしてくださったものを聴いたら、本当に面白くて。「どこからそういう発想が出てくるんですか?」と聞いてみたんですけど、一番は「試す」ということでした。「とにかく試して試して、ハマりがいいものを探していく」とおっしゃっていて「なるほど」と。すごく勉強になりましたし、貴重な経験でした。