竹渕慶|世界中の誰かと響き合う声

お寿司といちごのケーキ

──さっき話に出た「あなたへ」という曲は、竹渕さんのおじい様の思い出をおばあ様の立場から歌った曲ですよね。「クリスマスの話」(2020年12月発表)も、母子の絆の継承みたいなものがテーマになっている印象です。ご家族への思い入れが強いんですね。

竹渕慶

日々生きてる中で曲を書くことが本当に自然なことなので、そのときそのときに自分の周りで起きていることや考えていることがそのまま曲に出てくるんですよ。「あなたへ」は、おじいちゃんが亡くなった3年後くらいに書いた曲なんですが、その当時おばあちゃんによく会いに行っていて。亡くなったおじいちゃんのことをおばあちゃんがたくさん話すから、自分におばあちゃんが憑依したみたいになっちゃったんです(笑)。その気持ちのまま書いたら、こんな曲ができました。

──カップルの数だけ愛の形があって、それは傍目にどう映るかとはまったく別の話なんだよな……としみじみ思いました。

私のおじいちゃんとおばあちゃんも、夫婦仲がめちゃめちゃ悪かったらしいんです。おじいちゃんは戦争に行っていた人で、いかにもあの時代の“ザ・亭主関白”みたいな感じだったみたいで。「おい」とか「じゃ」しか言わないから、おばあちゃんはいつも文句を言っていて。「この2人って本当に恋愛結婚だったの?」と疑問に思っていたぐらい不仲だったんですけど、おじいちゃんが亡くなったあとになって「優しい人だった」とか泣きながら言うんです。で、2人の同じエピソードを何度も何度も話していて。あるとき、叔母ちゃんが、おじいちゃんのことを話すおばあちゃんに「生きてるうちにそれを伝えてあげられたらよかったね」と言っていたのが忘れられなくて、2人のことをいつか曲にしたいなと思っていたんです。

──「クリスマスの話」のタイトルからはラブソングを想像していたんですが、聴いてみたら家族のことを歌った曲で、いい意味で意外性がありました。

あの曲はYAMOさんと「クリスマスの曲が1つ欲しいね」という話をして書いたものです。ラブソングも考えましたけど、自分の中ではクリスマスは家族と過ごすものというイメージが強くて。あと、今私の友達がどんどん子供を産み始めていて、さっきの祖父母の話もそうですけど、自分がまだ知らない愛を知った人たちが周囲に増えてきているというのもあります。私にはまだ子供はいないけど、与えられてきた愛の記憶はあるから、子供でも母親の視点でもなく、第三者の視点からその愛を歌ってみたいなと思って。聴いた人が「そういえばお母さんってこうだったな」「自分もこんなふうに愛をもらってきたんだな」と考えられるような曲にしたかったんです。

──第三者の視点から描いた曲ということでしたが、歌詞に出てくる「おすしといちごのケーキ」という風景はディテールがリアルだなと思いました。

あははは。YAMOさんにもその部分について「いっそ曲名を『Sushi and Shortcake』にしたら?」と言われました(笑)。子供のとき、クリスマスに祖母の家に行くと、いつもお寿司とケーキが一緒に出てきたことが記憶に残っていて。あと、家に飾っていた手作りのツリーのことも思い出して「ダンボールの星をのせた 小さなクリスマスツリー」と歌ってみたり。第三者視点の曲なんですが、あちこちに自分自身の記憶をちりばめてあります。

諦めずに胸を張って歌い続けたいこと

──新曲「Invisible」は唯一のラブソングですよね。

これは叶わない恋愛のことを歌った曲です。実体験ではないんですが、歳を重ねていくにつれて、友達からつらい恋愛の話を聞くことが増えてきて。最初、YAMOさんからデモを送ってもらった時点では、明るくて前向きなコード進行だったからハッピーな曲にするつもりだったんですけど、逆に重いラブソングにするのはどうかなと考えていたところに、ちょうどその話を聞いたんです。「In This Blanket」や「あなたへ」のときと同じように、そのことが頭から離れなくて。その友達になりきって歌詞を書きました。

──同じく新曲の「Tokyo」もラブソングとして聴ける部分がありますが、“あなた”が指す人物が恋人に限らない印象を受けます。

竹渕慶

「KEYNOTE」ツアーで東名阪を回ったときに、ご当地ソングを作っていって各会場で披露したんですけど、東京公演で披露したのがこの曲だったんです。歌詞が全然違って、そのときは会場にいる皆さんに宛ててものだったんですけど、アルバムに入れるときに、たくさんの人に聴いてもらいたくて対象のイメージを広げました。でも“あなた”の対象は、やっぱりファンの人たちや親や友達、応援してくれている人というところからどうしても変えられなかったし、変えたくなかったんです。

──曲調だけじゃなく歌詞の面でも、アルバムとしていい流れだと思います。

実は1曲目の「Trust You That You Trust Me」以外は、ほぼできた順に収録しているんです。YAMOさんの助言もあって、私が日々いろいろ考え変化していく中でできた曲を時系列に沿って並べていったら、自然とこういう流れになったという。

──なんと! それはいい話ですね。順番が逆になりましたが、アルバム前半の曲についても触れさせてください。日本、インドネシア、マレーシアの3カ国の5都市から計5000人のファンがレコーディングに参加したという「Torch」ですが、聴いていて印象的だったのが、同じメロディのフックの締めが1番、2番、終盤とで違うところでした。1番の「誓うよ」と2番の「歌おう」では、その後竹渕さんがこぶしを回しているけれど、ラスサビ前の「この声」のあとでは、コーラスにその部分を委ねていますよね。

細かいところまで聴いていただけてうれしいです。終盤の「聴こえる? この声」のあとに入ってくるコーラスは、ソロツアーや海外公演の会場で録音したファンの方たちの声なんですよ。だからここは「みんなの声が聞こえていますか?」という意味があるんです。自分じゃなくて、みんなの声をみんなに聴いてほしかったので。

──構成そのものにメッセージがあるんですね。「Love」(2020年3月発表)は「両手繋ぎ合えば 誰も武器は持てないだろう」という一節がうまいと思いました。

このフレーズは5、6年ぐらい前から温めていた言葉なんですよ。別の曲で使おうと思ってノートに書き留めていたんですが、結局そのときは使わずに取っておいて。この曲を書き始めたときに「ついにこの言葉を使うときが来た!」とひらめきました。きれいごとだと思うし、ダサいと言われるかもしれませんけど、こういうふうに誰かが歌わないと、信じる思いみたいなものって消えちゃうよなと思って。私は胸を張ってストレートに平和と愛を歌っていこうと、「Love」というそのまんまのタイトルをつけました(笑)。

──僕は日本人はきれいごとを言わなくなりすぎたと思うんですが、欧米の社会は、例え誰も信じていなくても誰かが常にそういうことを言葉にしていこうという意識が強いですよね。この曲にはお二人ともアメリカで暮らしていたことが関係しているのかなと思いました。

その感覚の違いは大いにあると思います。建前でもいいので、あきらめずに唱え続けたいなと思いますね。

竹渕慶

──その意気ですよ。最後に今作のリード曲「Trust You That You Trust Me」ですが、これは歌詞もお二人の共作になっていますね。

サビの「Trust you that you trust me Trust me that I trust you」と早口で歌っている部分は、YAMOさんから曲のデモが来た時点でそこだけ決まっていました。「ここはこれでお願いします」と(笑)。だからこの曲のアイデアというかテーマは、YAMOさん発なんです。もちろん私もそれに共感して書いたんですけど。

(YAMO) 逆に僕にとってインスピレーションになったのは慶ちゃんなんですよ。一緒に音楽と映像を作り始めてもう3年になりますが、こういう仕事ってお互いに「この人は自分のことを信じてくれている」と感じられないと、やっていけないと思うんです。「この人、いつかは裏切るのかな」「嘘つくのかな」とか、疑いながら向き合うこともできますけど、それでは聴いてくれる人に届かない美しさや輝きがあると思うから。めっちゃダサいこと言いますけど(笑)、これは僕たちのテーマソングみたいな曲だと思っていて。めげそうになってもファンの皆さんを思って奮い立てる曲にしたいし、例えば家族や友達同士、上司と部下、国と国、あらゆる関係においてお互いに信頼し合うことが、世界をよりよくするための秘法だと思うので。そういう思いを込めて、建前をブチ込みました。

──大賛成です! 堂々と正論を唱えていきましょう。

なんだかいい答えにたどり着けた気がします。建前でも、胸を張って歌っていきたいです。

──竹渕さんの声は明るくて力強いので、正論を歌うのに似合う声だと思いますし。

たまに自分で歌っていて、「薄っぺらいかな?」とか「もしかして誰でも言えること言ってる?」とか、「もっとエッジが効いた歌詞を書いたほうがいい?」とか揺らぐこともあるし、ついほかの人と自分を比べてしまうこともあるんですけど……そう言っていただけると自信になります。それに、ファンの方たちは私の声や考えに惹かれて聴いてくださってると思うので、これからも自分を信じて歌っていこうと思います。

竹渕慶(タケブチケイ)
竹渕慶
1991年7月11日生まれのシンガーソングライター。幼少期をアメリカ・ロサンゼルスで過ごし、現在は東京を拠点に活動している。2010年、慶應義塾大学在籍中にGoose houseの前身グループ・PlayYou.Houseに参加。その後Goose houseメンバーとして活動しながら、2013年に1500枚限定の自主制作ミニアルバム「舞花~my flower~」、2014年にミニアルバム「KEI's 8」といったソロ作品をリリースした。2018年にグループを離れ本格的にソロ活動をスタート。2021年7月に1stアルバム「OVERTONES」をCDで発売し、8月に同作を配信リリースした。