渋谷すばる「さらば」インタビュー | 旅立ちを歌う新曲で手に入れた、より深くダイナミックな「歌い手としての表現」

渋谷すばるの新曲「さらば」が配信リリースされた。

昨年トイズファクトリーと契約して“渋谷すばる第3章”の幕開けを宣言し、10月にはさまざまなクリエイターから楽曲提供を受けたアルバム「Lov U」をリリースした渋谷。2025年第1弾となる新曲「さらば」は「Lov U」にも参加したmiccaが作詞作曲を、THE CHARM PARKが編曲を手がけた壮大なミディアムバラードで、旅立ちを迎える人々に向けた前向きなメッセージが渋谷の表現力豊かな歌声で歌われている。

渋谷はこの曲に歌手としてどのように向き合ったのか。「Lov U」を経て「自分の歌に対する捉え方も深くなった」と語る渋谷に、「さらば」で目指した表現、自身の歌に対する考え方をたっぷりと語ってもらった。またインタビューの後半では5月に映像作品としてリリースされることが決定した昨年のツアー「渋谷すばる LIVE TOUR 2024『Lov U』」について、さらに渋谷が最近楽しんでいるエンタテインメントについても尋ねている。

取材・文 / 真貝聡撮影 / YURIE PEPE

「強く歌いすぎないこと」が最近の自分の歌のテーマ

──去年10月にリリースされたアルバム「Lov U」を経て、次はどんな曲を発表したい、歌いたいと思っていましたか?

そういうのは特になかったですね。スタッフさんから「春頃のリリースに向けて卒業ソングのような曲を作ってみたいね」という提案をされて、それはすごくいいなと思ってました。

──まさに卒業ソングと呼ぶのにふさわしい新曲「さらば」は、作詞作曲をmiccaさん、編曲をTHE CHARM PARKさんが担当されています。ミュージックビデオが公開されている「人間讃歌」「君らしくね」をはじめ、「Lov U」「ルピナス」など渋谷さんの楽曲ではおなじみのお二人ですね。

アルバム「Lov U」はmiccaさん、THE CHARM PARKさんの提供曲がとても多かったんですよね。miccaさんとは今でも頻繁に連絡をとらせてもらうくらい、仲よくさせていただいてて。そういったことからも深い曲ができるだろうと思ってましたし、このコンビが作る曲は間違いないなと感じました。

渋谷すばる

──初めて「さらば」をお聴きになったとき、どんな印象を持ちましたか?

第一印象はシンプルに「いい曲やな」って。「好きだよ」で幕を開けて「君で行け」で締まるサビ始まりはインパクトが強いですよね。miccaさんは「好きだよ」の言葉が最初に出てきた、と言っていて。歌詞とメロディが同時に浮かんで、そこからバーッと1曲作っていったそうですけど、それは曲を聴いても歌っていても感じました。サビもそうですし、曲全体から初期衝動を感じる。それくらいこの曲が持つパワーは強いんですよね。

──「好きだよ」のフレーズは曲中に3回登場しますが、曲が進むに従ってその言葉の厚みが増してスケール感も広がっていく印象を受けました。アレンジはどのように決まっていったのでしょう?

THE CHARM PARKさんに信頼を置いているので、アレンジに関して僕からは何も言わず、すべてお任せでしたね。ただ、聴けば聴くほどこれを歌いこなすというか、歌えるかどうかはかなりのチャレンジになるやろうな、とは思いました。

──チャレンジというのはどんな部分が?

パッと聴いたら壮大なミディアムナンバーですけど、楽曲の持つ表情や世界観は緻密。それをしっかりと歌で伝えるには、けっこうがんばらないとなって。何回か聴いて曲だけ覚えた状態では歌いこなせなかったというか、そういう曲ではないと思ったし、実際に歌ってみてもかなり難しかったですね。

──言葉にすると、どんなことを意識して歌われました?

これまではわりと力強く激しめに歌ってきたんですけど、そのままのやり方だと、この曲の魅力が伝わり切らないと思ってて。要は“弱”の出し方ですよね。“強”を出す歌い方は得意なんですけど、この曲はいかに“弱”をうまくコントロールするかが重要。それに、最近は自分の歌のテーマとして、強く歌いすぎないことを大事にしているんです。強く歌うべきところって、けっこう限られてて。ここぞというところで出すことによって、曲の表現がよりダイナミックに、かつ深くなるのかな、と感じています。そこの塩梅はこの曲を通して、かなり学ばせてもらいましたね。

この曲を自分は歌い手としていかに表現するか

──「さらば」の冒頭は言葉のインパクトを伝えるように壮大な歌い方で、Aメロは状況説明のパートなので抑えつつ歌われている。そんな中、落ちサビの「またねと笑いながら 泣いてた桜の下」から続く一連のフレーズは、ピアノが壮大ではなくて、はかなくしっとりとしたサウンドになる。あそこの渋谷さんの歌声が素晴らしかったです。曲中の主人公が持つ心の脆さを表すかのように、“弱”の部分を巧みに使って歌われていた。そこからラストで「好きだよ... たった一つだけの命を」と力強く歌われることで、主人公がこれまでの思い出にさよならを告げて、また新しい一歩を踏み出すようなドラマチックさを感じました。

めちゃくちゃうれしいです。うん、本当にその通りですね。あそこのトーンが落ちるところが、歌も強調される部分だからこそ、歌い切るのが難しかったです。曲の中でも一番エモーショナルで感情的なシーンではあるんですけど、だからこそ歌い手として感情的になりすぎないようにしてて。リスナーに余白を感じてもらえるように、自分はあくまで淡々と伝える役割に徹しようと。そういうことを、今まではほとんど考えたことがなかったんです。それは提供していただいた曲であり、しかもmiccaさんとは日頃からかなり深い話をしているうえで曲を書いてもらっているからこそ感じられたことかなと思う。自分で曲を作っていると、自分の表現したいイメージがどうしても明確に出てくるんですよね。でも、提供していただいた曲だと、この曲を自分は歌い手としていかに表現するか、という立場に変わる。「Lov U」のときと見比べたら、自分の歌に対する捉え方も、またさらに深くなったのかなと思いました。

渋谷すばる

──「またねと笑いながら 泣いてた桜の下」のフレーズは、力を抜いているという表現は的確ではないと思いますが、繊細ではかない歌声ながら感情がすごく前に出ていて。まさに曲中で一番エモーショナルさを感じるフレーズでした。

「さらば」がきっかけではないですけど、最近そういうことはすごく考えてて。それは歌に対してだけじゃなく、人と話していてもそう。物事を伝えるうえでいろんな方法があるけど、伝えたい思いが強ければ強いほど、あまり強く言っちゃうと伝わらないこともあるよな、と考えるようになりましたね。

──そういえば、八代亜紀さんも「歌に自分の感情を乗せすぎてはダメ。聴いた人が自分の感情を乗せられるスペースを空けておかないと」と言っていました。悲しい歌は笑って歌って、楽しい歌はちょっと悲しく歌われていたそうなんです。

うん、めちゃくちゃわかるな。「さらば」の落ちサビは、歌っているとどうしたって感情的になるんですよ。だからこそ、気持ちとしては歌詞と真逆ぐらいの意識を無理やり持って歌うぐらいのほうがいい感じに引き算されて、ちょうどよくなるんじゃないかなって。むしろ何も考えずに歌っちゃうと、そのままエモーショナルになりかねない。そうなるとせっかくのおいしい部分が、ちゃんと聴く人に伝わらなかったりする。それはもったいないなと思いました。

──トイズファクトリーと契約されて、環境や楽曲の作り方も変わったことで「今は“渋谷すばる第3章”を迎えた」とライブでもよく話されていますよね。その中で「さらば」はどんな位置付けの曲になりましたか?

新たな表現、新たな一歩の曲ですね。「Lov U」を経験したからこそ「さらば」にチャレンジできたのは間違いない。去年は僕にとって新しいスタートの年やったと思うんですけど、それを経てここから本格的なスタートを切る。そういう意味でも「さらば」は、第3章に入って本当の1発目のリリースという感じですね。

過去のすべてに感謝とリスペクトを持って前進

──個人的には「さらば」をお聴きしてから、「Lov U」に収録されている渋谷さんが作詞作曲をした「First Song」の印象が変わりました。

それは面白いですね。なんでそう感じたんやろう?

──第3章へ進むにあたって、「さらば」はこれまで歩んでこられた第1章、2章に対してのさよならを告げる曲に思えたんです。そして「First Song」の「まだ誰も知らない世界で歌うよ最初のうた」の歌詞につながった気がしました。なので「さらば」は第3章のエピソード0で、「First Song」はエピソード1なのかなって。

ああ、その解釈は正しいと思います。miccaさんはそういうことも含めて「さらば」を書いたはず。いや、絶対そう。グループを離れて1人になったのも、ある意味1つの「さらば」であって。そういったことも含めて言葉を書かれたと思うので、それはその通りですね。

──抽象的な質問になりますが、渋谷さんの中で「別れ」「旅立ち」とはなんでしょう?

次へのスタートですかね。何事も前に進んでいかなければならないと思うし、でも別れやそれまでのことも、もちろん大切にしながら1つ先に進んでいきたい。

渋谷すばる

──それこそ「さらば」は思い出や経験、出会いをなかったことにするわけじゃなくて、それを胸に秘めたまま、人生をよくするために一歩前へ踏み出す歌に感じました。過去を大事にしたうえで、進んでいくというか。

まさに、自分もそのつもりで歌いました。ただ過ぎ去った“過去”だけにしたくない。それまでのことがあって、今の自分があるわけやから。やっぱりすべてのことに対して感謝とリスペクトを持って、どんどん前に進んでいきたいと思いますね。

──あと、「さらば」は合唱曲としても映えそうな気がしました。

実際にそういう案もあって、合唱曲としても絶対にハマると思うし「学生さんのコーラスを入れても合うよね」という話は出ました。学生の皆さんに歌ってもらえたらいいですね。

──ライブでこの曲を披露されるとき、渋谷さんが学生の方々と一緒に歌っている画も見てみたいです。

いいですね! でも、きっと僕が泣いちゃうから、あんまりやりたくないかも(笑)。昔、グループでやったことがあるんですよね。「オモイダマ」という曲でブラスバンドをやってる学生さんを集めてレコーディングして、ミュージックビデオも撮ったんです。そしたら皆さんがピュアすぎて、ちょっと……。

──渋谷さんのほうが平常心でいられなくなるという(笑)。

そうそう(笑)。皆さんのまっすぐな思いがたまらなかったですね。本当に素晴らしかったです。

──学生の話からつなげると、「散らかったままの教室 置き忘れてきた青春」という歌詞がありますけど、そのフレーズを聴いて愛おしい気持ちになりました。社会人になってからの日々を思い返してもそういう感情にならないけど、学生時代って当時は退屈でなんでもない日常だったのに、大人になってから振り返るとすごく輝いて見えるんですよね。それに気付かされました。

皆さんにもそう伝わればいいな。それこそ「さらば」は現役の学生さんと大人の人とでは全然違う聴こえ方がするでしょうし、それぞれが自分の人生を投影して何かしらを感じてもらえる曲だと思います。