柴田淳 苦難の果てに取り戻した“私の声

柴田淳がニューアルバム「ブライニクル」を10月31日にリリースした。

聴き手の心をえぐる鋭さを携えた楽曲から、慈愛に満ちた温かな楽曲まで、表現者としての幅を改めて実感させる全10曲を収録した本作。自身が本来持っている声の成分を余すことなく注ぎ込んでレコーディングできたという歌からは、シンガーとしての生き様を鮮やかに感じ取れるはずだ。

来年2月には6年ぶりのツアーも決定した柴田淳に、本作制作にまつわる話をじっくりと聞いた。

取材・文 / もりひでゆき 撮影 / 星野耕作

焼肉弁当みたいなアルバムになっちゃった

──前作「私は幸せ」から約1年でニューアルバムが到着しました。制作はいつ頃からスタートしたのでしょうか?

前作を出したあと、ふと気付いたんですよ。「あ、ツアーを組んでなかったな」って(笑)。なのでしばらく家に1人でいる時間があったんですけど、私は歌っていないとただの人なのでだんだん誰にも必要とされていないような気持ちになってしまったんです。そこで、「じゃ、次のアルバムに向けて新曲を作ろう」と思い立ち、2月くらいに創作期間をひと月ほど設けて一気に曲を書いていった感じでした。

──アルバムの全体像については何かイメージはあったんですか?

いや、今回はそれをあえて考えないようにしたんですよ。いつもは幕の内弁当のようにさまざまなジャンルの曲を入れていくことを計算しているところもあるんですけど、今回はもう自分の好きなタイプの曲を、好きなように作ってみようと思って。そうしたらね、全部が火サス(火曜サスペンス劇場)のエンディングに流れるような、マイナー系のバラードになっちゃって(笑)。

──あははは(笑)。柴田さんの得意なテイストではありますからね。

そう。やっぱりこういうのが好きなんだなって自分でも思いました。だから今回はいっそのこと、そういう曲ばかりを集めた「サスペンス」ってタイトルのアルバムにすればいいかなと最初は思ったんですよ。でも、そういうタイプの曲はただでさえ世界観や雰囲気が似通っているから、それぞれ違ったアレンジをしてもらったとしても曲ごとの区別ができなくなっちゃうんじゃないかなって不安になってきたところがあって。で、結果的に違ったタイプの曲を書いて、全体の印象を中和させた感じなんです。とは言え、全体のバランスとしては幕の内弁当ではなく、焼肉弁当みたいになっちゃってるとは思うんですけど。8割が焼肉で、残りの2割に違ったおかずやおしんこが入ってるみたいな。

──まあでも焼肉弁当であっても確実においしいわけですから。

焼肉だとそうですよね! 例えがよすぎたなって今ちょっと思った(笑)。要は「今までと比べておかずが偏ったお弁当になったよ」ってことなんですけど。

年齢を重ねたからこそ書けた「あなたが泣いてしまう時は」

──実際聴かせていただくと、そこまで火サス系の曲に偏ってる印象もなかったですけどね。さわやかな曲、軽やかな曲も入っていますから。全体としてはいい意味でいつものように楽しめましたよ。

はあ、優しい(笑)。ありがとうございます!

──歌詞に関しては今回、どんな表情が出ていると感じますか?

ざっくり全体を眺めてみると怒りに満ちていると言うか、攻撃的な歌詞になったんじゃないかなって思うんですよね。それには理由があって。今回、曲は2月中には全部できていたんだけど、そのあとのオケ録りなんかにすごく時間がかかったんです。そもそもの予定が3、4カ月後ろ倒しになってしまったんですよ。結果、歌詞を書く作業と歌入れがかなり怒涛のスケジュールになってしまったので、「はあ、なんでこうなっちゃったんだろうな」っていう気持ちが素直に詞に出てしまったと思うんですけど。

──なるほど。確かに鋭い表現が出ている曲もあるとは思います。でも、全体として怒りに満ちているとは感じませんでしたけどね。なんだか柴田さんの発言を否定ばっかりしているようで申し訳ないんですけど。

柴田淳

あははは(笑)。いや、そういう聞こえ方をしているのであればよかったです。私としてもね、あまり負の感情が出すぎてるのはどうかなと思っていたところもありましたから。ちょっと冷静に客観視して表現を微調整したところもあったし。

──僕は逆に、温かさを感じる歌詞がすごく印象に残ったんですよ。「あなたが泣いてしまう時は」とか「嘆きの丘」なんかがそうなんですけど。

ああ、確かにそうですね。「あなたが泣いてしまう時は」は今回の創作期間で最初にできた曲なんですけど、メロディが出てきた瞬間に曲としてのテーマや歌詞の内容も頭の中に浮かんでいる感じがあって。作りながらポロポロ泣いてしまうくらい入り込んでしまった曲でもあったので、これは絶対アルバムのメインにしたいなって思いましたね。

──この曲で描かれている大切な人への思いの注ぎ方は、確実に昔の柴田さんとは違っていると思うんですよね。

うん(笑)。若い頃の私は男性にめちゃくちゃ依存するタイプで、「あなたがいないと生きていけない」みたいなことを歌った曲がすごく多かったんですよ。でも、今はそこまで男性に依存するタイプではなくなってきたと言うか。もちろん幸せは常に探していますけど(笑)、めっちゃドロドロしたラブソングは今回、1曲もないですから。

──でも「あなたが泣いてしまう時は」には「あなた無しじゃ生きていけない」というフレーズがありますよね?

そう。ただ昔とは意味が全然違っているんです。それは依存ではなく、「あなたのことを勝手に好きでいさせてください」みたいな意味合いなんですよね。あなたがどう思っていようとも自分は涙が出るほどあなたのことが好きだから、何か起きたときには守ってあげたいっていう。無償の愛ともまたちょっと違った感情ではあるんだけど、最近の私は実際にそう思うようになってきたところがあって。年齢を重ねてきた今だからこそ書けた、自分自身の変化が現れた歌詞になったとは思いますね。