ナタリー PowerPush - 感傷ベクトル
注目メディアミックスユニットに迫る濃厚1万字インタビュー
バンドに憧れがあった
──高校卒業後は2人組で活動していたんですか?
田口 いや、高校3年生のときに一度、この人が「テメエの曲なんか弾けねえ」ってバンドを抜けちゃうんです。
春川 ことあるごとにそう言うんだけど、ホントにそんなこと言ったっけ?
田口 言った!
春川 って断言するんだから、多分それに近いことを言ったんでしょうね(笑)。さっき「田口の曲をコピー」って言ったとおり、田口はデモテープの段階で割とカッチリと打ち込みでアレンジまで決めてきていたので「オレ、曲で遊ぶ余地ないじゃん」っていうわだかまりは、ちょっとだけですけど確かにありましたし。
田口 で、この人が抜けたあと、バンド自体、だんだんわけがわからない感じになって、大学1年の頃に解散しちゃって。
春川 なのに、僕はさっきのTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTが好きだったヤツから「もう1回バンドやらないか」って相談されて別のバンドを組む、という(笑)。
田口 だからオレ、いまだに根に持ってますから(笑)。
──でも、その後、感傷ベクトルとして合流するわけですよね。
田口 「感傷ベクトル」って元々僕の同人サークルの名前なんですよ。小学校の頃、「魔法陣グルグル」とか「月刊少年ガンガン」系のマンガが好きで自分でも授業中なんかに隠れてマンガを描くようになって、高校時代に作ったバンドマンガを同人誌即売会で売るために付けたサークル名なんです。で、そのバンドマンガの作中曲を作ってCDを一緒に売ってみようっていう企画を思い立って、改めて声をかけてみた、と。
──一度決裂していることだし、田口さんは打ち込みもできることだし、1人で作ってもよかったんじゃないですか?
田口 バンドマンガを描くくらい、バンドっていう存在や音に思い入れや憧れがあったので。さすがにドラムはレコーディング環境がないからしょうがなく打ち込みにしたけど、生で弾ける、生を録れるものはできるだけ生でやりたかったんですよ。
春川 バンドが決裂したとはいっても、その後も付き合いは続いてましたし。田口のバンドにスタッフとして出入りはしてたし、逆に田口も僕らのバンドを観に来てくれたりするくらいの間柄ではあったんです。なんて言うか、僕は田口とのバンドって、みんな必死になってしがみつくようなノリじゃないし、むしろほかにやりたいことがあるなら「がんばれよ」って送り出し合えるような爽やかな関係なんだと……。
田口 勝手に思ってたらしく、勝手に抜けました(笑)。ただ、そんな調子で僕が1人で出てる同人イベントにもふらっと遊びに来てたので「じゃあお前、ベース弾けよ」って言えたのは事実ですね。
「小説家になりたい」って言ってたじゃん
──そのCD付き同人誌の評判っていかがでした?
田口 良かったんですよ、これが。その後も続編や総集編を作ったりしてるんですけど、感傷ベクトル名義で出した同人誌の総発行部数の半分くらいはそのシリーズだし、今のところはそれが感傷ベクトルの代表作って感じになってます。で、そのバンドマンガとCDを出し終えたあと、童話をテーマにマンガとCDを作ろうって企画を立ち上げて、この人に「小説家になりたいって言ってたじゃん」と。
春川 「小説家になりたい」って言ってたのに、なぜか「創作童話を書け」と命じられ(笑)。
田口 いきなり7本書かせてみました(笑)。
春川 それから脚本を書いてみたり、ネタ出しをしてみたり、田口のマンガに参加するようになったって感じですね。
──春川さんが物書きになろうと思ったきっかけは?
春川 子供の頃から小説が好きだったんです。姉の本棚に宮部みゆきさんの作品がひととおり揃ってたから、それを端から読んでいって、全部読み終えたらまた最初に戻るって感じで読みあさって。あと小学生の頃は図書館で「怪人二十面相」シリーズなんかを借りて読んだりしてました。今の作風につながっている気が全くしないんですけど(笑)。
──ですね(笑)。春川さんは宮部みゆき的なミステリやファンタジーや時代小説は書いてないし、田口さんの絵も「魔法陣グルグル」みたいなタッチじゃない。
田口 マンガも音楽もそうなんですけど、2人とも直接誰か、作家やバンドの影響を受けたって感じはないんですよ。僕の場合、最近はマンガ家ならタカハシマコ先生は大好きだし、バンドならPeople In The Boxが死ぬほど好きなんですけど、どちらも今の作風が出来上がってから好きになった感じですし。音楽のほうの話でいうと、特にコード感なんかについては、それこそ「ファイナルファンタジー」のサントラを聴いてた頃に既に固まっちゃってるのかもしれない。
春川 僕も、作家では宮部さん以外に舞城王太郎さんもずっと好きなんですけど、影響を受けているかと言われると……。シーンの描き方や語り口や「結局、謎が残ったままだけど、読み終えたとき確実に人の心に何かが残っている」っていう作風は本当にすごいとは思うんですけど、僕自身は「なんかたった5行のうちに、いろんなものが生まれて消えちゃいましたけど」っていうエピソードの書き方ができるわけじゃないし。「殴った」のひと言でサクッと人を殺す描写もしませんし(笑)。
──最近好きなバンドやアーティストは?
春川 最近フジファブリックとスガシカオさんをよく聴いてますね。特にスガシカオさんはベースラインがメッチャカッコよくて、これまでプレーヤー志向ってあんまりなかったんですけど、その影響でちょっと憧れたり。ただそれが感傷ベクトルに直接反映されているかというと、そうでもなくて。バンドマンガのあとに童話マンガを描いたように、まず「こういう空気感を絵と音楽で表現したい」という狙いというかコンセプトありき。そこに向かって物語や楽曲を作っていく。必ずしも自分たちの素を出すわけでもないユニットなので。
田口 そうだね。バンドマンガのときはバンドサウンドを目指してたけど、その後、ストリングスやグロッケンが鳴ってっていう感じのファンタジックな曲を作ったこともありましたし。
感傷ベクトル 特集インデックス
感傷ベクトル ニューアルバム「シアロア」 / 2012年8月3日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
感傷ベクトル(かんしょうべくとる)
ボーカル、ギター、ピアノ、作詞、作曲、作画を担当する田口囁一と、ベースと脚本を担当する春川三咲によるユニット。ネットや同人シーンを中心に活躍し、音楽とマンガの両方の分野で作品を発表している。2012年8月にネット上で発表していたメディアミックス作品「シアロア」を、アルバムとコミックで同時リリース。また2人は「ジャンプSQ.19」で連載されていたマンガ「僕は友達が少ない+」の作画および脚本を担当した。