澤野弘之キャリア初のピアノアルバムが浮き彫りにする作家性

澤野弘之がキャリア初となるピアノソロアルバム「scene」をリリースした。

澤野のファンクラブ[-30k]会員に向けて公開されてきた音源を厳選してまとめた本作には、「機動戦士ガンダムUC」や「進撃の巨人」、映画「プロメア」といったアニメ作品から、「医龍」「タイヨウのうた」などのドラマ作品まで、澤野が手がけた劇伴音楽がピアノアレンジで収録されている。また、アドリブで演奏されたオリジナル楽曲に加え、本作のために録り下ろされたアニメ「青の祓魔師」楽曲のメドレーが収められるなど、作曲家・澤野弘之の魅力を存分に味わいつくせる充実の内容となっている。

今回のインタビューでは澤野のピアノ遍歴を改めて紐解くとともに、本作の制作エピソードや、ピアノアレンジを通して認識した自身の音楽性について話を聞いた。

取材・文 / もりひでゆき

澤野弘之にとってピアノとは

──10月9日にTOKYO DOME CITY HALLで開催された「SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2021」はいかがでしたか?

[nZk]の有観客ライブとしては2019年の前半にやって以来だったので、コロナ禍になって皆さんがどんな反応をしてくださるのか、ライブ自体がどんな雰囲気になるのかをけっこう気にしていたところがあったんですよ。でも実際にやってみれば、参加してくれたミュージシャンやボーカリストの方々のおかげもあって、お客さんは声を出せないなりに最初から最後までいい反応をしてくれていて。それがすごくうれしかったですね。僕は普段、演奏に集中しちゃうから、お客さんの顔を見ることが少ないんです。でも今回はひさしぶりのライブだったからなのか、皆さんの顔を見ながら演奏したい気持ちがすごく強かったですね。改めて応援してくださる方への感謝と、ライブというものの大切さを実感できた機会になりました。

「SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2021」の様子。(Photo by Viola Kam[V’z Twinkle])

「SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2021」の様子。(Photo by Viola Kam[V’z Twinkle])

──今年3月リリースのアルバム「iv」からもたっぷり披露されていました。

お客さんの前で演奏できたことで、リリース時と比べても楽曲に対しての思い入れがより強くなった感覚はありました。やっぱり目の前で反応してもらえる喜びはすごく大きいなと。これが無観客だったらまた違った感覚だったような気がします。

──本編のラストには岡崎体育さんとのコラボ曲「膏」も披露されて。大きく盛り上がったようですね。

はい。「膏」のミュージックビデオでは最後にふざけて踊ったりもしてたんで、ライブではどうしようかなって岡崎さんとちょっと話したんですよ。で、「せっかくだったらやりましょう」っていうことになって(笑)。2人だけじゃなくほかの出演者も巻き込んで踊ったので、めちゃくちゃ面白かったですけどね。岡崎さんはお客さんを楽しませつくすエンタテイナーだと思うので、今回はそこに楽しく乗っからせてもらったというか。新鮮で貴重な機会だったなと思います。

──踊る澤野さんは新鮮ですよね(笑)。

そうですね(笑)。以前もふざけてちょっと踊ったりしたことはあったんですけど、今回ほどガッツリっていうのは初めてだったので。また機会があったらやってみたいですね。毎回期待されちゃうのはちょっとアレですけど(笑)。

「SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2021」の様子。(Photo by Viola Kam[V’z Twinkle])

「SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2021」の様子。(Photo by Viola Kam[V’z Twinkle])

「SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2021」の様子。(Photo by Viola Kam[V’z Twinkle])

「SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2021」の様子。(Photo by Viola Kam[V’z Twinkle])

──今回改めて思ったんですけど、ライブでの澤野さんは必ずピアノを演奏されていますよね。例えば[nZk]の音楽性であれば、シンセサイザーを弾くのもアリだとは思うんですけど、そこには何かこだわりがあるんですか?

ああ、確かに僕もそこを考えたことがあるんですよ。シンセサイザーを弾いてもおかしくないのに、ずっとピアノを弾いてきているなあって。それはたぶん最初にやったライブが大きかったんだと思うんです。僕は[nZk]を始める前の2009年に初めてオリジナルアルバムを出して、そのタイミングでライブもやったんですね。そのときがアコースティックライブだったのも1つの理由ではあるんですけど、当時の僕はライブに慣れているわけではなかったから、安心して挑むために弾き慣れているピアノを選んだ。それがいつしか自分の中での当たり前になっちゃったから、今もライブではピアノを弾いているんだと思います。[nZk]に関して言えば、サウンドはロックやEDMでボーカリストもいるんだけど、自分はピアノにだけ専念して演奏しているのが見た目的に面白いのかなっていう思いもありますしね。

──ご自身にとってピアノという楽器は特別な存在ですか?

そうですね。曲を作るときにはもちろんシンセサイザーを弾くこともありますけど、それはどちらかと言うとプログラミングしてる感覚のほうが強いんですよ。だから演奏するという意味においてはピアノのほうが自然だし、作曲をするうえでもすごく重要な楽器ですね。音色自体にもすごく惹かれますし。

──ちなみにピアノを始めたのはおいくつのときだったんですか?

僕はけっこう遅くて、小学校6年生のときでした。妹が幼稚園の頃からピアノをやっていたので、本当は僕もやってみたい気持ちはあったんです。でも、当時は男子がピアノをやっていると恥ずかしいみたいな感覚があったので、自分からはなかなか言い出せなくて。そうしたら小学校6年のときに母親が「やってみれば?」と言ってくれたんですよね。で、心の中ではめちゃくちゃ喜んでいたんですけど、「まあ、そんなに言うならやってみてもいいかな」みたいな態度で始めました(笑)。

──レッスンは楽しかったですか?

いや、ピアノ教室に通ってるときは正直、楽しくはなかったですね。小1、2の子と同じレベルの基礎練習をするのが恥ずかしかったし、ほかの小6の子と比較されちゃう発表会なんかにも出ないようにしてました(笑)。練習曲はどれも全然面白くないから苦痛でしかなかったですし。ただ、なんだかんだ4年くらい続けたので、やめるにしても1曲くらいは何か人前で弾けるようになっておきたいなと思ったんですよ。そこで高1のときにThe Beatlesの「Yesterday」をがんばって練習して、弾けるようになったんです。そのときに初めてピアノを楽しいと思えたから、もうちょっと続けてみることにしたんですよね。結局、通っていたピアノ教室はやめちゃったんですけど、その後、知り合いの方に作曲を教えてもらうようになったので、同時にピアノのレッスンもお願いするようになりました。

──本格的にクラシックピアノを学んでいたわけではないんですね。

全然学んでないです。ピアノは基本、二段譜面なんですけど、僕はそれをパッと見て即座に弾いたりもできないですから。クラシックの方とはタッチも全然違うと思いますし。今回のアルバムもそうですけど、僕の場合はメロディ譜にコードが書いてあるものを見ながら、そのときの気分で弾いていく。そういうスタンスでいつもやってる感じですね。

──これまでのキャリアの中でピアノ作品を作ろうと思ったことはなかったんですか?

劇伴作家として駆け出しの頃はありましたよ。当時は久石譲さんとか坂本龍一さんみたいにアンサンブルを従えてピアノを弾くみたいなことに憧れていたので、ソロで作品を出すのであればピアノアルバムにしたいなっていう。ただ、活動を続けていく中でだんだん歌モノに意識が向いていったところがあったし、わりとサントラの中でテーマ曲のピアノバージョンを頼まれていなくても作っちゃうことがあったので、ここ最近はピアノアルバムを作りたい気持ちはあまりなかったような気がしますね。

「SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2021」の様子。(Photo by Viola Kam[V’z Twinkle])

「SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2021」の様子。(Photo by Viola Kam[V’z Twinkle])

当初はグッズの予定だった

──そんな澤野さんが今回初のピアノアルバム「scene」をリリースしたわけですが、そのきっかけは澤野さんのファンクラブ[-30k]の会員向けに公開されていたピアノ演奏動画だったそうですね。

そうなんですよ。これまで僕が作ってきた楽曲を振り返って楽しんでもらえたらいいなという思いから、ピアノアレンジで演奏する動画を毎月アップしていて。それを2年以上続けて、ある程度の曲数が溜まったので、最初はライブのグッズとしてアルバムを作ろうかなって話をしていたんです。そうしたらソニーさんの方から今回のような形でリリースしませんかっていうお話をいただけて。僕からしたら「え、大丈夫ですか⁉」って感じなんですけど(笑)。

──不安があったんですか?

不安ってわけじゃないんですけど、要は譜面をしっかり作って弾いているわけじゃなく、さっきも言ったようにその場の雰囲気、感覚で弾いているものなので、これをちゃんとしたCDとして出して大丈夫なのかなっていう(笑)。ホントに誤解していただきたくないんですけど、今回の作品って、いわゆるピアニストの方がしっかり作られたピアノアルバムとはちょっとスタンスが違うというか。そういう耳で聴かれてしまうと困っちゃうところはあるかなっていう(笑)。

──あははは。でも逆に言えば、澤野さんにしか作れないピアノアルバムになっているということでもありますよね。

まあそうですね。正直、僕としてはそういうスタイルで作れてよかったなとは思っていて。本格的に「ピアノアルバムを作りましょう!」みたいな形でスタートしていたら、別にピアニストでもないのにタッチを気にしちゃったりとか、ああでもないこうでもないといろいろ悩んでたと思うんですよ(笑)。だから、ファンクラブ向けにやっていたピアノ演奏をまとめましたよ、くらいのほうが自分的には合っていたと思います。

──ファンクラブ向けに公開されていた映像の音源がそのままCDに収録されているんですか?

気になった部分をちょっと修正した曲もありますけど、基本はそのままですね。改めてマスタリングしましたけど、それも音をいろいろ変えたというよりはCD用にレベルを調整するのがメインだったりしたので。