澤野弘之キャリア初のピアノアルバムが浮き彫りにする作家性 (2/2)

コロナ禍の空気を封じ込めた音

──アルバムには澤野さんの手がけた楽曲群が幅広く収録されています。どんな基準で選曲していったんでしょうか?

自分の中で特に思い入れの強い曲をベースにしつつ、アニメにまつわる作品を中心に選んでいった感じでしたね。ここ10年くらいはアニメ作品に関わることが多いし、そこで僕のことを知ってくださった方も多いと思うので。

──その中に「医龍」や「魔王」、「タイヨウのうた」といったドラマ作品の楽曲も収録されていますね。

劇伴制作の活動をしていくうえで自分にとっての転機になった作品ということで「医龍」の曲は入れさせてもらいました。「魔王」に関しても自分の中の思い入れが強いというのが選曲理由です。あと「タイヨウのうた」のために作った「from sunset to sunrise」に関しては普段、家で練習がてらピアノを触るときに、無意識によく弾いてる曲なんですよ。そういう意味でずっと弾いてきた曲でもあるので、今回も入れたいなと思って。ちなみにこの曲だけはコロナの影響もあって、自分の仕事場のピアノで録音したものなんです。

──なるほど。そこにはコロナ禍の空気が封じ込められているのかもしれないし。

そうそう。コロナ禍でなければ自分のピアノで録ることもなかっただろうし、あのタイミングだったからこそこの曲を弾いたのかもなっていう思いもあるので。

──音楽ナタリーの前回のインタビューで、「オーダーされたものを作って納品したら終わりではなく、作品にかかわった立場として自分側からできるものがあればどんどん発信していきたい」といったことをおっしゃっていて(参照:SawanoHiroyuki[nZk]「Avid / Hands Up to the Sky」インタビュー)。今回のピアノアルバムはまさにそういった意味合いを持つ作品でもありますよね。これをきっかけにまたアニメやドラマに興味を持つ人がいるはずなので。

今、ライブに来てくださっているお客さんの多くは、アニメ作品を通して僕を知ってくださった方々だと思うんですよ。そういった中で、ドラマの音楽はよっぽど意識的にさかのぼってもらわないと聴く機会がないじゃないですか。だからこういった形でまた皆さんに聴いていただくことで、ドラマのサントラにも興味を持っていただけたらいいなという思いはありますね。ドラマの曲たちもまた、必死になって楽しみながら作っていたなという自分なりの思い出もあるので、そこに触れていただくきっかけになったらうれしいです。

──今回のアルバム用に新たにレコーディングされた楽曲もあるそうですね。

18曲目に入っている「pianoBLUE」がそうですね。「青エク(青の祓魔師)」の楽曲を振り返れたらいいなと言う思いで、サントラから3曲くらいを選んでメドレーで弾いています。

──1曲目の「scene」や、16曲目の「PIANO[-30k]-001」は既発曲ではなくオリジナルナンバーですよね?

そうですね。[-30k]で公開している動画は基本的に過去曲をピアノアレンジにして弾き直しているものなんですけど、たまにアドリブで弾いたものをアップすることもあって。この2曲はそうやってできたもので、自分としてはけっこう気に入ってたんですよね。「PIANO[-30k]-001」のほうはタイトル通り、[-30k]で最初に公開した曲なので、記念として入れることにしました。

澤野弘之

澤野弘之

ストレートなタイトルに込めた思い

──「scene」をアルバム自体のタイトルにもしたのはどうしてだったんでしょうか?

僕のアルバムはいつも何かしらモジった変なタイトルをつけがちなんですけど(笑)、今回はそういうアルバムでもない気がして。で、いろいろ考えた結果、ここに収録されているサウンドトラックの曲たちは、いろんな作品のいろんな“シーン”で流れていたものだよなと思ったんですよね。聴いてくださる方も、曲を聴くことで作品の“シーン”を思い出すこともあるだろうし。そういった意味で今回は“scene”がふさわしいかなと。それを決めたときに、ちょっとASKAさんのことがよぎったりもしたんですけど(笑)。

──ASKAさんのソロ1stアルバムのタイトルが「SCENE」ですもんね。

そうそう。いろんなところでASKAさんに影響を受けていると話しているので、ASKAさんの作品をマネしたって思われちゃうかな、みたいな(笑)。でも、今回のアルバムにはこのタイトルがしっくりきたし、ここからASKAさんのことを連想されたとしても僕としてはまったくイヤなことではないから、これで行くことにしました。

──アルバムのラストにはクリスマスの定番曲「Silent Night」も収録されています。リリース時期的に、澤野さんからのクリスマスプレゼントとして受け取りましたけど。

あははは。僕、クリスマスがめちゃくちゃ好きなんですよ。11月に入ったくらいからクリスマスツリーを飾って、いろんなクリスマスソングをまとめたプレイリストを流しながら、クリスマスっぽい映像をテレビで流したりしているくらいなんで(笑)。で、いろんな曲がある中で、特に「Silent Night」が大好きなので、去年か一昨年のクリスマス時期に録ったんです。それを今回、収録させてもらった感じですね。

──この「Silent Night」もクリスマスソングのプレイリストに加えてます?

自分の弾いたバージョンを? いや、入れてないです(笑)。よく考えたらこれも入れなきゃダメですよね。唯一、自分の曲ではクリスマス曲として作った[nZk]の「Christmas Scene」を入れてますけど、この「Silent Night」は忘れてました(笑)。なんかね、クリスマスに限らずなんですけど、自分の作った曲、弾いた曲ってあんまり客観的に聴けなかったりするんですよ。クリスマス気分から現実に引き戻されちゃうような気がして。でも今年からはちゃんと加えようと思います(笑)。

澤野弘之

澤野弘之

キャッチコピー「眠れない皆さんへ」

──シンプルなピアノアレンジの曲がこれだけ並んだアルバムが完成したことで、ご自身の音楽性、作家性みたいな部分を再確認できたところはありましたか?

今回のようにアドリブでシンプルにピアノを弾くときも、サントラのようにじっくりアレンジメントを構築してオーケストレーションを作っていくときも、自分が心地よく安心できて、しっくりくる和音の選び方みたいな部分はちゃんと一致してるんだなっていうのは改めて感じましたね。結局、和音の積み方や音のチョイスには自分の感覚がすごく出ているものだなって。

──そこが澤野さんならではの音楽性ってことになるんでしょうね。

昔、メロディ譜とコードしか書いてないものをピアニストの方にお渡しして、「なんとなく悲しく、切ない感じで弾いてください」ってお願いしたことがあったんですよ。そうすると、もちろん素晴らしい演奏をしてくださるんですけど、やっぱり自分が思っているものとはどこか違っていたりするんです。そういった意味では、やっぱり自分で演奏すれば、そこには自分の感覚がしっかり出るものなんだと思います。今回の曲たちにしても、タッチの強弱とかには僕なりの解釈がやっぱり出ていると思うので、そこを感じてもらえたらいいなっていう思いはあるかな。まあ、そんな大層なものではないんですけどね(笑)。

──原曲とはまた違った景色が味わえる楽しい作品だと思います。

このアルバムが成立するのは原曲があるからこそって部分も大きいと思いますしね。これを聴いてくださる方はきっと無意識のうちに原曲を頭に思い描きながら聴くことで感情移入してもらえるんだと思うんです。さらに言えば、映像と共に記憶に残っている曲たちでもあると思うので、オリジナルだけで構成されたピアノアルバムよりはより感情移入してもらえる部分はあるのかもしれないですね。ただまあ、聴いた人は速攻で眠くなるんじゃないかなと思いますけど(笑)。

──いやいや(笑)。

3曲聴いたところで寝てもらったら、全19曲で1週間近くのルーティンが組んでもらえそうですね。「眠れない皆さんへ」みたいなキャッチコピーをつけるといいかも(笑)。めったに出せるようなアルバムではないと思うんですけど、[-30k]で公開している曲はまだまだあるので、「よく寝れるわ!」って評判がよかったらまた次があるかもしれないですね(笑)。

──今年も精力的な活動を見せてくれた澤野さんですが、来年の動きはどんな感じになりそうですか?

来年公開されるものに向けて今、すでに動いていたりはしますね。すでに発表されているものだとアニメ「群青のファンファーレ」。珍しく青春アニメに関わります(笑)。あとは荒木(哲郎)監督の「バブル」という新しい劇場作品も決まっています。他にも[nZk]の新しい曲であったり、それ以外のボーカル曲であったり、いろいろ用意はしているので楽しみにしていただけたらうれしいですね。

プロフィール

澤野弘之(サワノヒロユキ)

作曲家。「医龍」シリーズやNHK連続テレビ小説「まれ」、「進撃の巨人」「機動戦士ガンダムUC」シリーズなど、ドラマ、アニメ、映画など映像作品のサウンドトラックを中心に、楽曲提供や編曲をするなど精力的に音楽活動を展開している。2014年春にはボーカル楽曲に重点を置いたプロジェクト、SawanoHiroyuki[nZk]を始動。2020年4月に作家活動15周年を記念したベスト盤「BEST OF VOCAL WORKS [nZk] 2」をリリース。2021年3月に岡崎体育、優里、アイナ・ジ・エンドなどをボーカリストに迎えたSawanoHiroyuki[nZk]の4thアルバム「iv」、6月にアニメ「86―エイティシックス―」のエンディングテーマ2曲を収録したシングル「Avid / Hands Up to the Sky」を発表した。12月にキャリア初のピアノソロアルバム「scene」をリリース。