「優しい嘘」の裏側
──アルバムには「ドラマのあとで」のアンサーソングとして「恋を脱ぎ捨てて」が収録されています。代表曲として広く聴かれている「ドラマのあとで」に関連する曲を書くというのは、相当のプレッシャーがあったのでは?
佐々木 プレッシャーはあったけど、「できない」とは思わなかったです。ただ今の形にたどり着くまではけっこう紆余曲折あって、4曲くらい書いてみた段階でも木田からのOKがなかなか出なくて。
木田 おかわりさせてもらいました(笑)。
佐々木 その結果、最後に書いたのがこの「恋を脱ぎ捨てて」。
木田 最初にバラードっぽい曲を書いてもらったんだけど、できれば「ドラマのあとで」と同じテンポ感で対になるような曲にしたかった。サビも同じで四つ打ちにしたかったし。
佐々木 木田が求めていたような対になる要素ももちろんありますが、「恋を脱ぎ捨てて」はシンプルにいいメロディが書けた手応えがあって。実はレコーディングの時期が先に決まっていて、そこに向けて何曲も作っていたから仕上げまで時間がなく、歌詞も含めてかなりスピーディに仕上げました。
──「ドラマのあとで」は失恋した男性目線で、そのアンサーソングである「恋を脱ぎ捨てて」は女性目線で作られています。佐々木さんの書くラブソングは男性目線のものがほとんどでしたが、この女性目線の描写はどう書きましたか?
佐々木 後悔ばかりしてしまう、自分にも共通するような弱さをそのまま出すことをせず、この曲では“女性の強さ”をかなり意識しました。僕がイメージしたのは、いつかは結婚したいと思っていたのに、付き合っていた男性からなかなかプロポーズの言葉をもらえずに20代後半を迎えてしまった女性。毎日一緒にいて楽しいし、仲がよくて嫌いではないけど、このままだと先に進まない。だから女性のほうから別れを切り出して、別の道に進むことを決意した、という背景ですね。女性の強さはサビの最後に出てくる「次の誰かと紡ぐから 身軽になるよ」という1文に濃く表れていると思います。
──「ドラマのあとで」には「君のほうが優しい嘘をついて 僕はそれを見つけてしまうんだ」と書かれていて、「恋を脱ぎ捨てて」では「初めて 嘘ついたよ “他に好きな人が出来たの”」と書かれています。つまり男性側は別れ話の理由が嘘であることに気付いていた、ということですよね?
佐々木 はい。「恋を脱ぎ捨てて」を書くうえで男性側が見つけた「優しい嘘」がなんだったのか、それを書きたかった。どういう優しい嘘であるべきかは相当考えました。別れ話において「ほかに好きな人ができました」と言われたら、もう次に進むしかない。それが嘘だということに気付いているならなおさら。きっとお互いの将来のためを思って嘘をついていることまでわかったら、追求することもできないかなって。ただ、それは男性にとってはショックなことだから、「ドラマのあとで」の主人公はなかなか“次のこと”を考えられないでいる。でもこの嘘は女性からの「次に進んでね」というメッセージでもあるんですよね。それに早く気付いてほしい、と「恋を脱ぎ捨てて」の主人公は思っているはずです。
女性だけど男らしい、をサウンドに
──「恋を脱ぎ捨てて」はサウンド面でもかなり「ドラマのあとで」を意識されていますよね。
木田 はい。例えば「ドラマのあとで」のイントロが階段を下っていくようなコード進行であるのに対して、「恋を脱ぎ捨てて」だと上がっていくような進行になっていて。これは恋を経て前に進んでいくという女性の内面を表現する意図もあります。最初にワンコーラスのアレンジを作って佐々木に聴かせたら「もっと女性らしい要素を入れたほうがいいんじゃない?」と言われたんですが、この曲の主人公は女性だけど男らしいんですよね。だからゴリゴリのバンドサウンドでいくのがいい、と返して。
佐々木 「ドラマのあとで- retake」はレフティさん(アレンジャーの宮田‘レフティ’リョウ)にお願いして華やかなストリングスを入れてもらったから、確かにちょっとフェミニンな感じなんですよね。だから「ああ、なるほど」と思って。
大野 ドラムの叩き方も「ドラマのあとで - retake」と「恋を脱ぎ捨てて」でちょっと変えています。ちょうどレコーディングのタイミングが一緒だったのもあり、「恋を脱ぎ捨てて」のほうがちょっとシャープに叩くように意識していたかな。具体的には「ドラマのあとで - retake」の16分と「恋を脱ぎ捨てて」の16分だと、後者のほうが細かく刻んでいる印象になっていたり、2サビ終わりのドラムが目立つところではあえてガツンと聴かせてみたり。基本的にはシャープさを意識しているけど「ドラマのあとで - retake」よりも上下が激しい、ちょっと感情の起伏なようなものはあっていいのかな、と思って。
──こういう細かいニュアンスはレコーディング時に相談があるんですか?
大野 大きな方向性に関して話すことはあるけど、細かいことはないよね?
佐々木 そうだね。細かく具体的に話し合うようなことはなくて、ほとんど宏二朗の感性に任せています。デモの音源と歌詞からここまで汲み取ってもらえるのは心強いですね。
「Loopy」で見せる荒々しい側面
──ベスト盤の冒頭2曲の話を先に聞きましたが、3曲目以降の選曲に関してはどのように決めましたか?
佐々木 メンバーそれぞれが考えるベスト盤の選曲と、事務所、レーベルが考える選曲にほとんど違いがなくて。入れたい曲に関してはみんなが一致していたのですんなり決まりました。曲順に関しては最終的に僕が提案したものになったのかな。「ドラマのあとで」で始まって、そのアンサーソングがあって。3曲目に「Loopy」を入れてバンドの荒々しい側面を見せることでアルバムの幅を感じてもらって……というように決めました。
──「ドラマのあとで」と「恋を脱ぎ捨てて」で作り上げた空気感をあえて壊すような「Loopy」が3曲目にくる流れはなかなかインパクトがありました。
佐々木 「Loopy」はライブで演奏していても面白い曲で、ベスト盤にも欠かせない1曲だなと考えていました。そもそもベースで始まるブッタの曲があまりないんですよ。
木田 そんなに少ないかな? 「所心表明」と「Yadorigi」もベース始まりだし。
佐々木 でもベスト盤には「Loopy」しか入ってないよね。「Loopy」の話で言うと、自分の中にある暗い部分とか、触れないようにしている部分を開き直って歌にしてみた挑戦的な楽曲で、ブッタのディープな部分を感じさせる1曲だと思います。
──「Loopy」はレフティさんと初めてコライトで作った楽曲だと、以前のインタビューでも話していましたね(参照:リアクション ザ ブッタ「酸いも甘いも、好きも嫌いも」特集|コロナ禍を経て新境地に到達)。
佐々木 いつも通り自分1人で作っていたら内面をさらけ出した歌詞は書けなかったと思います。音に引っ張られる形で言葉が出てきたから、そういう側面でも「Loopy」は面白い曲ですね。
──ベスト盤の特徴として、バンドサウンド然とした楽曲が多くセレクトされていますよね。ブラスを取り入れた「クッキーアンドクリーム」や、打ち込みの要素がある「Wet & Dry」のような、バンドとして挑戦的な曲調の楽曲は選ばれていない。
佐々木 いろんなブッタを知ってほしい思いももちろんありましたが、ブラスを入れたアプローチの楽曲などは最近の楽曲だから、というのもあります。
木田 「ベスト2」みたいなものがあったら間違いなく入る楽曲だと思います。
佐々木 そうだね。それか2枚組のベスト盤にできるのであれば、もっとバンドとしての表現の幅広さを見せる曲は入れていただろうね。ベスト盤に入っている中で言えば比較的新しい「一目惚れかき消して」には、バンドとして挑戦的なギミックは入れられているかな。
大野 個人的にはCDのボーナストラックとして「ヤミクモ」のライブ音源を入れられたのがうれしいですね。やっぱりブッタの本質はライブにあると思っていますから。
──3月に東京・渋谷CLUB QUATTROで行われたワンマンの音源ですから、最新のライブ音源が入っているわけですよね。
大野 今の僕らがどういうバンドか、この音源でよくわかると思います。ライブレコーディングには僕らの音だけじゃなくて、お客さんのシンガロングも入っているので、現場でイヤモニを外して声を聞いたときの感動がよみがえってくるんですよね。あのシンガロングをどんどん大きくしていきたい、そういう決意をさせてくれた瞬間がベスト盤に入っているのはうれしいですね。
次のページ »
特別な場所に置きたかった「君へ」