大友良英|「いだてん」劇伴、CM楽曲、わらじまつり改革 最新プロジェクトに一貫する“パーツとしての音楽”の美学

大友良英が、大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」のサントラ盤「大河ドラマ『いだてん』オリジナル・サウンドトラック 前編」と、これまでの劇伴作品やCM提供曲を集めたアルバム「GEKIBAN 1 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-」の2作品を同時リリースした(参照:大友良英「いだてん」サントラ&「あまちゃん」テーマ収録の劇伴集を同時リリース)。

日本が初めて夏季オリンピックに参加した1912年から1964年に東京オリンピックが開催されるまでの歴史を、2人の主人公を軸に描き出して話題を集めている「いだてん~東京オリムピック噺~」は、オリジナル脚本を宮藤官九郎、チーフ演出を井上剛が手がけるNHK大河ドラマ。2013年にNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」を大ヒットさせたこのチームに、今回も同じく「あまちゃん」に参加した大友が音楽担当として抜擢され、このたびリリースされた「大河ドラマ『いだてん』オリジナル・サウンドトラック」は前後編の中の前編という位置付けとなる。

一方の「GEKIBAN 1」は、大友が1993年から作り続けてきた劇伴やCM提供曲から24曲をセレクトしたアーカイブ作。2作品を聴くことで、大友の劇伴作家としての歴史を俯瞰して楽しむことができる内容だ。

今回は大友に2作品についての話を起点に、現在の取り組みまでをたっぷり聞いた。

取材・文 / 加藤一陽 撮影 / 須田卓馬

自身の劇伴方面の歴史

──現在進行形の劇伴作品と、これまでの劇伴作品まとめ的なアルバムの同時リリースになりました。同時発表することになった経緯を教えていただけますか。

まずは「いだてん」のサントラの話が先にあったんですけど、大河ドラマのサントラって、普通4枚出すらしいんですよ。4枚出すとなったらそれはそれで理由が必要だし、そんなに聴きたいかな?とも思って。「いだてん」の内容を考えると、前・後編の2枚ってのがすっきりしていていいと思ったんです。それでビクターのスタッフと話していたら、「じゃあ『いだてん』だけで4枚出すんじゃなくて、これまでの大友さんがやってきた劇伴集を2枚出すのはいかがですか?」と提案してもらって。こういう機会でもないと過去のものを出すことなんてないから、とてもありがたい提案だなと。それで「いだてん」のサントラと「GEKIBAN」を2枚ずつ出すことになったんです。

──なるほど。

「GEKIBAN」については、かねてから映画音楽やCM音楽をまとめたものを出したいと思ってはいたんだけど、権利関係の許可取りとか、自分で音源を探したりするのがあまりにも大変だから、あきらめてました。それに年齢的にも、俺もうそんな先があるわけじゃないから。死ぬ前にこういうのをまとめておかないと、消えちゃうし、ジャケット写真も遺影に使えるようにベーシックに顔出しして(笑)。自分が表紙になっているこんなジャケット、撮ったことなかったですから。

──しかし大友さんの劇伴やCM楽曲は膨大なので、きっとご自身でも覚えていない曲もあったんじゃないかな、と。

ありましたねえ(笑)。今回改めて聴いてみて、覚えていないものもあった。依頼が来たら基本的に受けるって姿勢でやってきたから、すごい量で。でも今回、実は4分の1くらいマスターが見つけられなかった。Vシネマとかピンク映画とか低予算ものの音楽もけっこうやっていたんだけど、それらがどこにいったかわからなくなっていて。

──もったいないですね。

Vシネも宅録で3、4本やってたはずなんだけど、そういうデータって、コンピュータを変えると前のコンピュータに入ってたりしてデータが消えちゃったりするじゃない。

大友良英

セレクトはSachiko M

──とは言え、ここにまとまっている24曲は、大友さんご自身がセレクトしたものだと思っていいのでしょうか?

今回はね、Sachiko Mにかなり手伝ってもらったんです。具体的には選曲してもらったんですけど。時間的なこともあるし、自分ではどれを入れたらいいかわからないしさ。だから素材から何から全部Sachiko Mにお渡しして、ビクターのスタッフと彼女に許可関係をはじめ、何から何まで全部やってもらいました。俺がやれないことを全部お願いしたと言ってもいいかな。

──そうだったんですね。

今後リリースする「2」まで含めていろいろ選んでいるけれど、本当にいっぱい曲があるから大変で。絞りに絞ったものの中から、単純に音楽としていいってだけではなく、1枚のCDとして曲順的にも成り立つように選んでもらっていて。自分自身の劇伴方面の歴史ではあるから、なるべくいろんな方向のトラックが入るといいなと思いながらね。あとは単純に、聴いて面白いものにしたくて。最初は資料的なものにするならボックスセットがいいかなって思ったんです。映画音楽ってことで言うと、武満徹さんのボックスセットがすごい好きで。そういうものもいつかは作れたらとは思うけど、あまりにも量が多いのと、かなり散逸していて、やっぱりそれも1人じゃ無理だなと思いました。専従で取りかかる人がいないと無理。俺が死んだあとに誰かがやってくれたらいいかな……(笑)。

──いやいや(笑)。でもボックスセットをお作りになるのはいいですね。

以前テレビで、水木しげるさんが自分の本をまとめている書庫のようなマンションを紹介する番組を見たことがあって。そこには本棚があって山のように水木さんのマンガがあって。インタビュアーが「水木さんの本であれば、誰かが取っていてくれるんじゃないですか?」って質問をしていたんだけど、「いやいや、私が集めないと残らない」とはっきり言っていて。だから水木さんは全部取ってある。音楽も同じだなって思います。結局自分でケアしなければ消えてしまう。いずれにせよ、今回の「GEKIBAN」みたいな形で出せると、残ってくれるんです。例え廃盤になっても(笑)。

依頼されていないのに曲を作るなんてない

──いちアーティストとしてご自身の創作活動を続けながら、ここまでたくさんの劇伴やCM音楽を職人的に作っているという点において、大友さんの立ち位置は特殊ですよね。

なんでこうなってしまったんだろうね。別に目指していたわけでもなく、すべては成り行きなんだけど。ただ、この仕事が性に合っているんだと思う。俺、依頼されて音楽を作るのがすごく好きなんです。逆に依頼されないとほとんど作らない。普段から生きていて自分の中に“作曲する”ってないんです。即興やノイズなら誰にも頼まれなくてもやるけど、誰にも依頼されていないのに曲を作るみたいな、そんなにロマンチックなことしないもん。

──そう言われて大友さんの活動を振り返ると、確かに“作曲”はきっかけがあってのことが多いように思えます。

「このドラマにはこういう音楽が必要で」「小泉今日子さんが劇中でこういう曲を歌うから、こういう設定の曲が必要なんですけど」とか言われて初めて出てくる。そういう意味では、職人的だとは思う。たぶん自分の何かが必要とされてるなって思えると張り切るんじゃないかな。

──状況設定があって、そこに寄り添う。

うん、設定があってね。あと、普通劇伴をやる人ってスコアを書いて、ある程度完成度の高い曲をきっちり作ってくると思うんだけど、俺の場合は簡単な譜面を持って現場で即興で合わせて作ることが多いので、それも比較的特殊なやり方かな。

──そして現在進行形のプロジェクトである「いだてん」のサントラは、「いだてんのメインテーマ」を含む26曲入りになりました。

こっちの選曲もSachiko Mにお願いしているんですよ。「いだてん」ってものすごい曲数を作っていて、録音を始めるにあたって記録係が必要だと思ったんです。記録係って映画では“スクリプター”って呼ばれる役割で、ものすごく重要なんです。例えば映像だと、「シーン23はどういうふうに何カット撮った」とか「テイク3がOKカット」とか全部メモしている。それだけじゃなくて、「このシーンでこの人が着ている衣装はこれだから、次のシーンで衣装を変えたらつながりませんよ」とか、そういったことも見ていなければならなくて。

──とても重要な役割ですね。

で、記録係って普通は音楽にはいないんですけど、今回は量的に、さすがにいないとまったくわからなくなると思ったんです。例えばある曲のバリエーションが20種類あったとして、「ゆっくりしたバージョンどれ?」って聞かれたときにパッと答えられる人がいないとダメ。それをSachiko Mにお願いして、その流れでCDの選曲をお願いしました。

──1つの曲でも、それほどまでにバリエーションがあるんですね。

そうそうそう。例えば「メインテーマ」にもたくさんバリエーションがあるんで、その整理とラベリングがものすごく重要で。実は「あまちゃん」のときにもう限界が来ていて、後半はなんだかわからなくなっていた。Sachiko Mは演劇出身だから台本が読み込めるし、演劇でも効果音をやっていたからラベリングやファイリングもお手のもので。あと、記憶力が異常によくて、細部まで全部覚えてる。もう適役なんです。同時にいくつか作曲もやってもらってます。とにかく膨大にあるバージョンの中から、それぞれCDに収める曲をセレクトしてもらいました。録音したものの中にもドラマであまり使われていないトラックもあるから、使われる頻度が高かったものから選んでもらって。それと今回は、編曲の江藤直子さん抜きではまったく機能しないってくらい、彼女のオーケストラアレンジやストリングアレンジ、そして作曲に助けられています。彼女ともとても長いので、わたしの抜けている部分というか、盲点のような部分をすかさず埋める感じで、劇伴のピースを埋めていってくれてます。エリントン楽団のビリー・ストレイホーンのような存在です。