過去の「ネクター」、今の「パートナー・イン・クライム」
──ここまでのお話の中でたびたび名前が出ているミニアルバムの2曲目「パートナー・イン・クライム」は、やはり「バンドの歌」という感じがすごくするんですけど、作詞作曲を手がけたナオトさんの中から、この曲はどのように生まれたんですか?
ナオト 1曲目の「ネクター」が10代の青春、過去の青春の曲だとしたら、「パートナー・イン・クライム」は“今の曲”という感覚で書きました。10年後くらいに今の自分を振り返ったときに、「青春だったな」と思えるように書いた曲というか。例えば歌詞の中にある「ディストーションフルテンノド」というフレーズは、最近、ユウスケが喉を壊していたことを受けて出てきた言葉で。そんな感じで、本当にリアルタイムで思ったことを日記みたいに書いた歌詞なんです。10年後にこの「パートナー・イン・クライム」を聴いたら、今日のこの風景も思い出せるような、そんな曲になればいいと思って。
──「未来から今を見て書いた」とも言える曲なんですね。「ネクター」があったからこそ書けた曲なんでしょうか?
ナオト いや、対比を意識したわけではなかったんですけど、この「ナイフ」というミニアルバムを作っている間は、青春とか、10代の頃のことを思い出してセンチメンタルな気持ちになることが多かったんです。というか、ずっとうっすらと「昔に戻りたいなあ」みたいな気持ちが僕の中にはあるんですけどね。そうやって昔を思い出したときに、昔が眩しすぎて今の自分が嫌にならないように「曲にしてしまおう」と思う部分が自分の中にはあって。それで「ネクター」は過去のことを鮮明に思い出せるように書こうと思ったし、「パートナー・イン・クライム」は、いつか今を思い出したときに寂しくならないようにと思って書いた。ミニアルバム全体を通してそういう意識があったから、あえて対比させたわけじゃないけど、「ネクター」と「パートナー・イン・クライム」には内容として似ている部分があるんだと思います。
──今になって特に強く10代の頃のことを思い出すようになったのは、なぜなのだと思いますか?
ナオト 自ずとっていう感じですね。さっき言った、今バンドをやっていることへの不安も原因としてはあるし。16歳の夏らへんなんて、そんな不安は一切なかった。そこにずっとしがみついている感覚もあるのかもしれないです。俺、10代の頃のことが夢にも出てくるんですよ。そういうのもあり、「書きたい!」となった感じです。
──「ネクター」は確かに、「パートナー・イン・クライム」のような今を描写したリアルさとは違う、過去を追想するような曲ですよね。ただ美しいだけの過去というわけでもなく、10代特有の不安も刻まれているし、今の地点から過去に向けて語りかけているような部分もある。過去を振り返りながら「たくさんのことが変わったし、同じくらい何も変わっていないんだ」と言っているような、そんな曲だなと感じます。「ネクター」は、そもそもどのようにして生まれた曲なんですか?
ナオト そもそも飲み物のネクターが好きで、ずっと飲んでいたんです。だから「いつかネクターという曲を作りたい」と10年以上考えていたんですが、「書くなら今だ」と思ったんです。そこから、いかに10代の景色が見える音像や歌詞を描けるか?ということを考えながら広げていきました。
──「ネクター」は、結果として、ナオトさんご自身で聴いたときにどんな感情が沸き上がる曲になりましたか?
ナオト 「ネクター」を聴くと、昔のことを思い出すようになっちゃって。記憶を塗り替えたというわけではないんだけど……「また動き出した」みたいな感覚はあるかもしれないです。あのときの青春が、今になってまた動き始めた感じがします。この曲を書いたあとは寂しくなくなりました。
──そういう感覚って、バンド内で共有しているものですか?
ナオト 言葉で共有したわけではないんですけど、僕が10代の頃の曲を書いていることは知っていたし、みんな、どこか懐かしい気持ちでこの曲には向き合っていたと思います。The ドーテーズの再録をやっていたのもあるし、言葉にせずとも、みんな10代の頃の気持ちにはなっていたんじゃないかな。
ユウスケ 確かにね。俺はこの歳になって、「ナオトの言葉がすごく響いてくるな」と思っていて。それは「ネクター」に限らずほかの曲もそうなんですけど。言霊ってあるんだなと思いましたね。言葉は生きてるんだなと思った。「ネクター」も、ほかの曲も、歌いながらいつもと違う新鮮な気持ちになりました。「パートナー・イン・クライム」なんて、「これ、俺のこと歌ってるんじゃないか?」と思うような曲なんですよ。歌詞に出てくる「ジャスコの屋上」も思い出があるし、「ふらりふらり、2人はこのまま」っていう部分とか、「俺とナオトのことじゃん」みたいな。
ナオト 「2人」っていうのは、もちろんここ(ユウスケとナオト)でもあるし、ゆっきーとゆりとでもあるし、ユウスケとゆっきーでもありえるし。「メンバーの中の2人」というイメージで書いてましたね。この曲は、ほんとバンドのことを書いた歌だと思う。
──ユウスケさんは、ナオトさんと「ネクター」の関係のように、10代の頃の記憶が今の自分に作用していると感じることはありますか?
ユウスケ 俺はあまり影響されないです。昔の青春を曲にすることもあまりないし、曲には最近のことを書くことが多くて。昔のことを曲にするって難しいことだと思うんですよ。だから、それができるナオトはすごいなと思う。俺はシンプルな歌を作りたいなと思うし、だからこそ現在のことや身近な生活を切り取って曲にすることが多いから。
──確かに、本作でのユウスケさん作の楽曲「彼女が髪を巻いている」や「献立」は、今のリアルなユウスケさんの年齢感の中から出てきていた曲たちという感じがします。そのうえで、「ロンリーローリングスター」のような生き様を歌っていると言える曲はどのように生まれているんですか?
ユウスケ それはさっき言ったような、バンドに対しての怖さや不安から出てきていると思いますね。やっぱり、俺もそう感じている部分はあるんです。さっきはカッコつけて「怖くない」って言ったけど、本当は怖い。「がんばってるのに、なんでなんだ」と悔しく思うこともあるし。後輩がガンガン売れていくのを見ても悔しさはあるから。
──そういうユウスケさんの感覚は、曲からメンバーに伝わるものでもありますか?
ナオト そうですね、ユウスケが「ロンリーローリングスター」のようなバンドらしいサウンドの曲を持ってくるときは、だいたいそういう内容だし。
ユウスケ ハズいなあ(笑)。
ナオト なので、音を聴けばわかりますね。心が叫んでるんだなって。カッコいい曲だなと思います。UKロックっぽいというか、Oasisっぽいところもあるし。
ゆっきー こういうユウスケさんの「暗い部屋で歌詞書いているんだろうな」っていう曲は今までもあったけど、今回のミニアルバムには特に効いている気がしますね。「ネクター」はナオトの脳みそを覗いているみたいですごくいいなと思うし、ほかの曲もわかりやすい曲が多いけど、「ロンリーローリングスター」はちょっと自暴自棄になっているような感覚がある。そこが僕はいいなと思います。歌詞の「少々無理してでも」という部分が僕はすごく好きですね。“少々”なんだ?っていう(笑)。
一同 (笑)。
突き刺すような作品にしたい
──「ナイフ」という言葉がミニアルバム全体を象徴するにふさわしいと思ったのは、なぜですか?
ナオト メンバーとスタッフさんで何個かタイトルの候補を出したんですけど、その中から「ナイフ」がいいなとなりました。「突き刺すような作品にしたいね」っていう話はしていたし。「ボウイナイフ(Bowie knife)」というナイフがあることをあとから知ったんですけど、最後に収録されている「Bowie」という曲ともつながっているし、これはいいぞって。
ユウスケ ミニアルバム4作目で「ナイフ」っていいですよね。長いタイトルじゃないのがいい。
──ちなみに最後の「Bowie」のつづりが「Boy」ではなくて「Bowie」なのは、「ボウイナイフ」という言葉が先に浮かんでいた、ということではないんですか?
ナオト そういうことではないんです。深い意味もなく、半分ふざけて「BoyじゃなくてBowieだったら面白いな」と思って付けたんですよね。
ユウスケ デヴィッド・ボウイ(David Bowie)もあるし。
ナオト この曲は歌詞も落書きを描いているような感覚で書いたんですよ。ノートにうんこの落書きを描いてケラケラ笑ってるみたいな感じで、「なんだこの歌詞?」と思いながら1人で書きました(笑)。
ユウスケ 「いつだって心にはロケンロー」とか、「貧乏神や悪魔だって俺の目つきに逃げていく」とか、いいよねえ。
ナオト ダサさを目指したんだよね。よりダサいほうへ、ダサいほうへ、という感じで書いていました。
スマイル直人に勝てるように
──「夏服」のレコーディングでThe ドーテーズ時代の楽曲に向き合うのは、皆さんにとってどのような経験でしたか?
ユウスケ 音やアレンジもそこまで変えていないし、The ドーテーズ時代の頃を忠実に再現できたんじゃないかと思います。聴き比べたら声もそんなに変わっていなくて。そういうことに気付いたうれしさや面白さもあった。当時はないお金をはたいて自分たちでレコーディングしていたんですけど、それが今回こうやって2枚組で世に出させてもらえるというのはありがたいなと思います。聴きたい人もいっぱいいると思うし。
ゆっきー 練習せずともできちゃうくらい体に染み込んでいる曲なんだなと俺は思いました。
ナオト そうだね。頭で考えないで、体に染みついているものに操られながら演奏できた。「よりいいものにしたい」と思うわけでもなく、「できるだけ原曲に近いものにしよう」という気持ちでやったんです。昔の曲は思い出になっている分、それが変わっちゃうのも嫌だし。僕は懐かしい気持ちにもなりましたね。「この曲、あのスタジオで録ったな」みたいな思い出と触れながらのレコーディングでした。
ゆりと もともとThe ドーテーズはナオトがドラムを叩いていたんですよ。僕は最初、ファンとしてライブを観ていた側なので、今回再録した「エブリデイ・ロックンロール」も「十人十色」もステージ上で演奏しているのを観たことがあるし、それを観て「かっけえなあ」と思っていたのが、この曲たちの第一印象としてあって。そう思うと、憧れのバンドに入って、ドラムをやらせてもらって10年経って、あのとき聴いていた曲の再録を自分がやるって、「今すごいことやってんな」と思いましたね。スマイル直人(バンド最初期のナオトのステージネーム)に勝てるように、今回叩きました。
──当時、観客として観ていたゆりとさんは、The ドーテーズのどんな部分に惹かれたんだと思いますか?
ゆりと ユウスケさんのストパーかけたばっかりの前髪です。
一同 (笑)。
ゆりと ずっとそこばっかり見てました。「かっけえ!」って。
ユウスケ カッコよくないだろ!(笑)
ゆりと 当時、ユウスケさんはマリオの衣装でステージに立っていたんですけど、そういうところも好きだったんですよ。ふざけているのか本気でやっているのかわからなくて。でも、曲はカッコいいっていう。「エブリデイ・ロックンロール」なんて、高校生の頃、自分の地元の先輩たちと一緒にラジカセで聴いて大騒ぎして、マンションの下の部屋の人に「うるせぇぞ!」って怒られたりしてましたね(笑)。「夏服」に入っているのは、そういう思い出がある曲たちです。
──10月に始まるツアーのタイトル「ふたりで聴いた唄をまたうたう日」は、「夏服」収録の「死ぬほど好き」の歌詞から取られていますね。ライブでバンドとお客さんとの間に生まれるコミュニケーションは、キャリアを経るにつれて変化してきていると思いますか?
ユウスケ そうですね、変化していると思います。去年のツアーに比べて、今年の春のツアーでも変化は感じたし。自分たちの意識も変わっていると思います。前まではライブの空気がおとなしかったと思うんですけど、最近はいろいろなものを取っ払って、いい意味で好きなようにやらせてもらえている感覚があって。それがうまくライブの原動力になっている感じがしますね。僕自身、前はキャラを作ってやっていた部分もあるんですけど、今はもう隠すこともないし、嘘でおべんちゃらのライブをしたくもないっていう気持ちがあって。ダサい自分たちも出していきたいし、自分たちの素直な部分だけを見てほしいなと最近は思っています。それで「カッコいい」と思ってもらえたら、とてもうれしいので。
公演情報
オレンジスパイニクラブ ワンマンツアー2025「ふたりで聴いた唄をまたうたう日」
- 2025年10月2日(木)福岡県 BEAT STATION
- 2025年10月10日(金)北海道 SPiCE
- 2025年10月26日(日)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
- 2025年11月19日(水)東京都 LIQUIDROOM
- 2025年11月27日(木)宮城県 仙台MACANA
- 2025年12月11日(木)大阪府 梅田CLUB QUATTRO
プロフィール
オレンジスパイニクラブ
スズキユウスケ(Vo, G)、スズキナオト(G, Cho)、ゆっきー(B, Cho)、ゆりと(Dr)からなる4人組バンド。作詞作曲はスズキユウスケ・スズキナオトの兄弟が担当している。2019年1月にバンド名をThe ドーテーズからオレンジスパイニクラブに改名。2020年1月に初の全国流通1stミニアルバム「イラつくときはいつだって」をリリースし、収録曲の「キンモクセイ」がSNSを中心に話題となる。2021年10月にワーナーミュージック・ジャパンからリリースした1stアルバム「アンメジャラブル」でメジャーデビュー。2025年9月に4thミニアルバム「ナイフ」をリリースした。10月から12月にかけてワンマンツアー「ふたりで聴いた唄をまたうたう日」を開催する。
オレンジスパイニクラブ (@orangespinycrab) | X