オレンジスパイニクラブ「Crop」インタビュー|人々の日常、バンドの変化を切り取った2ndフルアルバム

オレンジスパイニクラブが9月20日に2ndフルアルバム「Crop」をリリースする。

YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」に初登場し、「FUJI ROCK FESTIVAL '23」を含む夏の大型フェスに出演するなど、今年に入ってから着実に活動の規模を広げているオレンジスパイニクラブ。満を持してリリースされる約2年ぶりのフルアルバムは、配信シングル「君のいる方へ」「タイムトラベルメロン」「パピコ」「レイジーモーニング」「ハルによろしく」「洒落」を含む全13曲入り。収録曲のうち一部の楽曲はアレンジャーにトオミヨウを迎えて制作された。

音楽ナタリ―では、メンバーのスズキユウスケ(Vo, G)、スズキナオト(G, Cho)、ゆっきー(B, Cho)、ゆりと(Dr, Cho)にインタビュー。「Crop」の話題を中心に、トオミを迎えたことで起きたサウンドの変化、成長を続けるバンドの現状について話を聞いた。

取材・文 / 蜂須賀ちなみ撮影 / 大城為喜

初めての「THE FIRST TAKE」を経て

──少し前の話になりますが、「THE FIRST TAKE」での「キンモクセイ」素敵でした。収録当日は緊張しましたか?

スズキナオト(G, Cho) めちゃめちゃ緊張しました。「キンモクセイ」は今まで何度も演奏してきた曲ですけど、「THE FIRST TAKE」への出演が決まってから改めてめちゃめちゃ練習したんですよ。練習では1回もミスらなかったのに本番でミスって。あの空間の緊張感はヤバかったです。

ゆっきー(B, Cho) 僕も緊張しました。僕の場合、緊張すると周りの音が聞こえなくなるんですけど、収録当日はギリギリ聞こえていたという感じで。あとはもう感覚を頼りに演奏していました。だからやり慣れた曲でよかったですね。「キンモクセイ」じゃなかったらヤバかったと思う。

スズキユウスケ(Vo, G) 俺は全然緊張しなかったですね。ボイストレーニングの先生が過去に「THE FIRST TAKE」に出演したアーティストをたくさん見ているんですよ。先生に「やっぱりみんな緊張するんですか?」と聞いたら、「私がいれば大丈夫だから、楽しんでおいで」「緊張なんてほかのメンバーにさせておいたらいいんだよ!」と背中を押してもらえて。それで緊張せずに歌うことができました。

オレンジスパイニクラブ

オレンジスパイニクラブ

──最初のパートを歌い終えたあと、ユウスケさんが上を見ながら笑っているように見えました。あのときはどんな心境だったんですか?

ナオト 演出?

ユウスケ 演出もあります。「『とうとう来たんだ』って思ってるぞ」と思われたかった(笑)。

──ゆりとさんはどんなテンションで演奏していましたか?

ゆりと(Dr, Cho) 僕は友達の結婚式の二次会で「なんか1曲やってよ」と言われたときくらいのテンションでした。スーツを着てましたからね。緊張感もありつつ、高揚感や楽しさもありました。

──確かにずっと笑顔で楽しそうだなと思いました。

ゆりと そうですね。まあ、あの笑顔は演出ですけど(笑)。

ユウスケ 演出ね(笑)。

──「THE FIRST TAKE」での「キンモクセイ」はトオミヨウさんがアレンジをした特別バージョンで、ピアノやトランペットの音が入っていました。

ナオト トオミさんには今年4月にリリースした「ハルによろしく」以降、配信シングルとしてリリースしたすべての曲でアレンジをお願いしています。その流れで「THE FIRST TAKE」でも一緒に、という話になりました。「ストリングスを入れよう」とかいろいろな案があったんですけど、「青春感のあるアレンジがいいよね」ということで、あのアレンジにまとまったんです。

1stアルバムから2年、歌いたいことが変わってきた

──アルバム「Crop」にはトオミさんの編曲による曲が複数収録されているので、今思えば配信シングルや「THE FIRST TAKE」での「キンモクセイ」にアルバムにつながるモードが反映されていたのかと感じています。アルバムの制作はいつ頃まで行っていましたか?

ゆっきー 今年の夏はフェス出演と並行してレコーディングもしていたんですが、「FUJI ROCK FESTIVAL '23」出演までにはレコーディングを終わらせようという話を前々からしていて、実際にその日までに終わらせました。

ユウスケ なんとか食らいついて終わらせたという感じで、ギリギリだったんですよ。

ナオト 「アンメジャラブル」(2021年10月リリースの1stフルアルバム)をリリースしてからの2年間で歌いたいことが変わっていったので、そこをどう消化するかが一番の課題でした。

──歌いたいことが変わっていったんですね。

ナオト はい。今までは「こんな俺だけど誰か愛してくれよ」という感じで独りよがりな曲が多かったんですよ。だけど、自分から愛情をあげる……とまでは言わないけど、そういう方向性の歌詞のほうがオレンジスパイニクラブらしいんじゃないかと。「アンメジャラブル」を作っていたときは、「キンモクセイ」をきっかけに僕らの曲を聴いてもらう機会が増え始めたタイミングだったので、「俺らは『キンモクセイ』だけじゃないぞ」「もともとパンクバンドだし」という反動であえてトゲのある言葉やアレンジを選んでいました。だから尖っていてちょっと冷たいアルバムだったと思うし、当時はそういうアルバムを作りたかったけど、それは自分らのエゴだと気が付いて。「オレンジスパイニクラブのよさを伝えたい」という気持ちよりも、「自分たちの違う一面を見せたい」という気持ちが勝っていた中、この2年で「たぶんそうじゃないな」と思い始めたんです。

オレンジスパイニクラブ

オレンジスパイニクラブ

──作詞作曲を手がけるユウスケさん、ナオトさんは「オレンジスパイニクラブはこういう音楽を鳴らすバンドだから、そう考えると歌詞ももっとこうしたほうがいい」という感覚で曲にしたいことが変化していったのでしょうか? それとも、もっとシンプルに年齢を重ねるにつれて書きたいことが変わっていった?

ユウスケ 後者ですね。

ナオト 僕もです。

──では、「愛してくれ」と訴えるのではなく「人に愛情を与えられるようになりたい」と思うようになったのはなぜだと思いますか?

ナオト 「オレンジスパイニクラブにはどういう曲が求められているのか?」「どういうライブをしたらいいのか?」と、バンドについて話し合う機会がこの2年で増えたんですよ。バンドの未来について真剣に考える時間が増えた分、その積み重ねで変わっていったのかなと思います。自分は環境の変化にあんまり影響を受けないタイプだと思っていたんですけど、案外影響を受けていたのかもしれない。たぶんこれは俺だけじゃなくて、ユウスケも……というか4人ともそうだと思うんですけど。

ユウスケ うんうん。

──そうなると、ライブのやり方も変わっていったんでしょうか? 「アンメジャラブル」をリリースした2021年当時のオレンジスパイニクラブのライブは、「バンドはライブハウスでデカい音を鳴らしてナンボでしょ」という精神が感じられるものだったと記憶しています。

ユウスケ そうですね。

──一方、今はオレンジスパイニクラブというバンドの魅力や曲のよさをしっかり伝えたいと思っている。そのためには「もともとパンクバンドだし」と爆音を鳴らすことが最善の選択になるとは限らないので、曲の鳴らし方もまた変わってくる気がします。

ユウスケ それは確かに……。だからこのアルバムのツアーでどうなるかですよね。オレンジスパイニクラブのよさをどう発揮するか。

ナオト この前対バンツアーをやったんですけど、そこでハルカミライのライブを観て「この道では一生勝てないな」と思っちゃったんですよ。そう思ったということは、そっちは俺たちが進むべき道ではないんだろうし、ライブ経験を積み重ねることで「俺らはきっとこうしたほうがいいんだろうな」というものが徐々にわかってきているところで。ライブに関しては今でもちょっと模索中というか、まだ考えている最中です。

時間がかかっても納得のいくものを

──今回のアルバムには、2022年6月にリリースされた「君のいる方へ」以降のすべての配信シングルと初収録の新曲が収められています。「こういうアルバムにしたい」というビジョンが見えたのはいつでしたか?

ユウスケ 最初から見えてはいなかったと思います。もともと「1stアルバムの1年後に2ndアルバムを出そう」という話をしていて、2022年12月リリースを目指して曲をいくつか作っていたんですよ。だけど曲の完成度的にあんまり納得いかず、「それなら、時間をかけてもっといいものを作りたいよね」という気持ちがあったので、アルバムのリリースはもっとあとにしようということになって。

ナオト 2022年12月にリリースすることもできなくはなかったけど、妥協したくなかったんですよね。

オレンジスパイニクラブ

オレンジスパイニクラブ

ユウスケ 「君のいる方へ」をリリースした2022年6月にはアルバムのリリース日が一旦白紙になっていたので、そこから「アルバムは出せなかったけど、シングルで出せる曲は出していこう」ということで、すでにレコーディングを終えていた「タイムトラベルメロン」や「レイジーモーニング」を配信リリースすることが決まりました。「君のいる方へ」「タイムトラベルメロン」「レイジーモーニング」はアルバムの制作初期からあって、この3曲が入ることは決まっていたんですけど、アルバムのテーマが決まっていたわけではなくて。「とりあえず曲を作れるだけ作ってみよう」という感じでした。

ゆっきー でも「次のアルバムはキャッチーにいこう」という話はふわっとありました。ユウスケさんとナオトに1、2カ月に一度、1、2曲ずつデモを出してもらって。それをみんなでチェックして、配信シングルとしてリリースするということをこの1年でやっていたんですよ。たくさん作った曲の中から、キャッチーさや聴きやすさを踏まえて選んだ曲たちがこのアルバムに収録されていて。全部で13曲入っていますけど、候補曲は倍近くありました。

バンドの可能性を広げた、トオミヨウという存在

──アルバムに向けて曲をたくさん作る日々の中で、「ハルによろしく」以降、トオミさんと制作するようになったのはどういった考えからですか?

ゆっきー バンドの幅を広げたいなと思って。ずっと同じメンバーでやってきているので、バンドの幅を広げると言っても、4人の頭だけで考えるのでは難しいじゃないですか。それならアレンジャーさんに入ってもらうのがいいんじゃないかと。俺らよりも広い視野を持っている人と一緒に制作をしたかったというのもあるし、自分たちの曲にギター、ベース、ドラム以外の音を入れてみたいという気持ちも思いました。

ユウスケ 「ハルによろしく」より前にできた「パピコ」とか「さなぎ」は自分たちだけで作ったんですけど、なんなら全曲、トオミさんと一緒に作りたかったくらいで。

オレンジスパイニクラブ

オレンジスパイニクラブ

──トオミさんとの制作はそれほど実りのあるものだったと。

ナオト そうですね。アレンジはもちろん、それ以外の面でもかなり助かりました。

ユウスケ トオミさんはレコーディングでの判断とかもめちゃくちゃ速いんですよ。

ナオト 自分たちが「今のはダメだろうな」と思っていたテイクに対してトオミさんがOKを出して、次に進んでいったことがあったんです。だけど、あとで改めて聴いてみたら「あれ? めっちゃいいテイクじゃん」と思って。たぶん聴いているところが俺らと違うんでしょうね。自分たちの考え方もかなり広がりました。