夏代孝明|スタートラインから放つボカロシーンへのメッセージ

夏代孝明が7月25日に新曲「ジャガーノート」「エンドロール」をビクターエンタテインメントのAndRecから配信リリースした。

この2曲のうち「ジャガーノート」はまずニコニコ動画でVocaloidバージョンが公開され、その後自身がセルフカバーの形で歌唱を担当した楽曲だ。曲名の由来は「抵抗できない圧倒的な力」だと言う。音楽ナタリーでは「ジャガーノート」「エンドロール」の配信に合わせて夏代本人にインタビューを実施。曲の背景にあった思いを語ってもらった。

取材・文 / 柴那典

初めてボカロ界隈に向けて曲を書いた

──「ジャガーノート」のモチーフはどんなきっかけで生まれたんでしょうか?

これまで僕はずっとVocaloidの界隈を“歌ってみた”のシンガーという立場から見てきたんですけれど、昨年からは僕もVocaloidで作品を投稿するようになって。そうした中で、界隈の空気感に触れて思ったことを曲にしてみたいと思ったんです。

──そうしたことは以前にもありましたか? それともこの曲が初めて?

何かのテーマを持って曲を書いたことはありますけど、この界隈に向けてというのは初めてですね。

──夏代さんの中で何が大きかったんでしょう。

僕はVocaloidも、その文化もすごく好きなんですけど、今はそこに対してプラスな意見だけではなくなってきたと思うんです。一番盛り上がってた時期を振り返るような話が増えたり、昔と比べて今はちょっと盛り下がりつつあるんじゃないかと言われるようになったり。ニコニコ動画は僕が関わってきた故郷でもあるんで、そんなふうに言われていくのは悲しいと思ったのが一番のきっかけですね。

──夏代さん自身がニコニコ動画に投稿し始めたのは、いつ頃のことなんですか?

今とは名前は違うんですけど、最初は2008年ですね。ryo(supercell)さんの「メルト」が出てちょうど1年経ったくらいかな。中学のときからバンドが好きでコピーをしていて、高2のときに、ryoさんの「メルト」と、halyosyさんが投稿したその曲の“歌ってみた”に出会ったんです。僕もギターボーカルだったんで同じような活動をやってみたいと思ったんですけど、実家暮らしの高校生だったんで歌うタイミングもなくてすぐに投稿できなくて。それで1年後に僕も「メルト」の“歌ってみた”を上げたんです。たくさん聴いてもらえるわけじゃなかったんですけど、確かにそこに人はいて、コメントを書いてくれる人がいるのも楽しくて。それからちょこちょこ続けている感じでした。

──そこから歌い手として活動していた。

そうですね。どちらかと言うとVocaloidのシーンというより“歌ってみた”の界隈に身を置いていました。そうすると、歌い手側ではVocaloidの文化をないがしろにしてるんじゃないかっていうような空気が流れた時期があったんですよ。原曲を大切にしてない、みたいな。歌い手とVocaloidのシーンが相反する空気になったりするのを感じたこともあって。最初はお互いに協力し合って文化を作っていたはずなのに、徐々に作品に対してのリスペクトがなくなっていったり薄れていったりするのを不思議に感じてました。

──Vocaloidやニコニコ動画に関して「昔はよかった」ということが言われるムードは確かにありますよね。

halyosyさんが「メルト」の“歌ってみた”を投稿した頃って、本当にみんな衝動的だったと思うんですよ。ただ音楽を楽しみたいという思いだけがあって。そういう時期を「よかったな」って思う心は僕にもあるんですけど、それと今とは違いますからね。よくなっていった部分もあるじゃないですか。単純にみんなが切磋琢磨した結果、曲のクオリティも上がっていったし、Vocaloidの調整を突き詰めてる方もたくさんいらっしゃって。それも新しい音楽の可能性だし、大事にしていくべきだと思うんです。

音楽活動のチャンスをくれた世界がなくなってほしくない

──夏代さんは2017年にアニメのテーマソング(「弱虫ペダル NEW GENERATION」)を手がけたり、今回作品をビクターエンタテインメントというメジャーレーベルに所属して発表したりと、活躍の幅を広げていますよね。でも「ジャガーノート」の曲の成り立ちも、まずVocaloidバージョンをニコニコ動画に投稿したことも、夏代さんのスタンスが10年前と変わっていない、地続きであるということを示していると思うんです。

はい。ありがとうございます。やっぱりメジャーデビューしてからニコニコ動画に投稿をしなくなった方も多いし、それを僕は本当に寂しく思っているんです。僕にとって“歌ってみた”やVocaloidの文化は、音楽活動のチャンスをくれた世界だし、すごくクリエイティブで楽しい場所なんで、やっぱりそういうものがなくなってほしくないんですよね。僕のあとに続く人たちがもっと存在してほしいと思うんですよ。僕は音楽ってつながってると思うんです。例えば、僕が最初にコピーした曲はBUMP OF CHICKENの「天体観測」なんですけど、その曲があったからこそ僕は音楽を始めたわけだし、同じように「メルト」も僕にとっては大きな存在の曲だったんです。だから、今インターネットに投稿されている曲も必ず何かにつながると思ってて。もし「ジャガーノート」を聴いてVocaloidで曲を作りたいと思ってくれる人がいたら、この界隈もより先に続いていくと思うし。僕の音楽もその後につながっていくのかなって思うんです。

──YouTubeには自分で歌ったバージョンを公開しましたが、それぞれの動画メディアの選び方についてはどうでしょう?

さっきの話につながるんですけど、僕はVocaloidと“歌ってみた”の2つの文化を大事にしたいなと思っていて。ニコニコ動画にVocaloidバージョンを上げたあと、同じ場所にセルフカバーを上げるっていうのは1つの正解を示してしまってるような、答えを絞ってしまっているような気がしたんです。だからニコニコ動画にはVocaloid版だけを公開して、Vocaloidや“歌ってみた”の文化を楽しんでいる人たちにより自由に楽しんでもらいたいと思って。でも、シンガーソングライターとして、僕自身のメッセージを僕の声で届けたいという気持ちが芽生えたところもある。音楽をやってる人間としてはそこも大事にしていきたいなと思って。そこでYouTubeがいいかなって思ったんです。

──YouTubeに関してはどう捉えていますか?

同時期にスタートしたサービスの中で、僕はわりとニコニコ動画のほうに寄り添い続けていたんで、YouTubeのカルチャーがどんなふうに築き上げられたかはあんまり理解できてないんですけど。でもYouTuberの動画とか、最近のVTuberの動画を観ていると、本当に自由だなと思って。カテゴリーもなく、自分が表現したいものをただ好きなように表現する。そういう移り変わりの激しい自己表現が飛び交ってると感じます。だからこそ音楽もより自由に、表現したいものを投稿していくのがいいと思いました。

夏代孝明「ジャガーノート」
2018年7月25日配信リリース
Victor Entertainment / AndRec
夏代孝明「ジャガーノート」
夏代孝明「エンドロール」
2018年7月25日配信リリース
Victor Entertainment / AndRec
夏代孝明「エンドロール」
夏代孝明(ナツシロタカアキ)
大阪出身、2月25日生まれのシンガーソングライター。中学生のときにバンド活動を始め、2000年代の邦楽ロックをコピーしながらライブハウスに通い詰める日々を送る。2008年よりニコニコ動画に“歌ってみた”動画を投稿し、2011年11月にオリジナル曲「星の歌」を発表。2014年には東阪で自身初となるワンマンライブツアーを開催し、両公演共にソールドアウトさせる。2015年1月に1stアルバム「フィルライト」を、2016年5月にはテレビアニメ「フューチャーカード バディファイト トリプルディー」のタイアップソング「クロノグラフ」を初のシングルとしてリリース。2017年2月には2ndシングル「ケイデンス」、同年5月には3rdシングル「トランジット」といずれもテレビアニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION」とのタイアップ曲を発表した。2018年7月にビクターエンタテインメントのAndRecより新曲「ジャガーノート」「エンドロール」を配信リリース。