初音ミク10周年が単なるアニバーサリーに捉えられなかった
──「ジャガーノート」は「止めることのできない大きな力」という意味ですが、どういう理由でこの言葉を選んだんでしょうか。
これは、界隈を見ていて何より感じたことなんですね。本当にどうしようもないような力が働いているんだなと思って。その文化を守りたい人もいれば、それをより広い世界に広げたい人もいるし、この界隈だけで楽しんでほしいと思う人もいる。それぞれの人の中に2つ以上の考えや感情がある場合もある。そういう人たちがたくさん集まって1つの文化を形成していると、盛り上がったりとか盛り下がったりするのって、やっぱり止めようのない力が働いているんだなと思って。
──音楽ナタリーでは初音ミク10周年のタイミングでいろんな特集記事を掲載しましたが、それもご覧になられましたか(参照:初音ミクの10年~彼女が見せた新しい景色~)。
全部読みました。
──いろんな人がいろんな立場でものを言っているのも刺激になった?
もちろん。やっぱり僕はクリエイターのことが好きだなって思ったんですよ。尊敬する方がたくさんいて、その方が当時どう思ってたかを知ることができた。例えばその当時の悩みを読んで「そういう気持ちもあったんだ」とも思って。だから、よりこの曲を書こうと思う気持ちが強くなりました。
──曲の最後には「『初めて出会ったんだ』『鏡の中の自分に』『巡りめぐる今日を』『溶かしていく温度』」というフレーズがあります。Vocaloidバージョンでは、それぞれキャラクターをちょっと変えて歌わせてますよね?
そうですね。Vocaloidの文化って別に初音ミクだけで作ったものじゃないじゃないですか。10周年のタイミングもあって初音ミクがすごいクローズアップされたけれど、巡音ルカが流行った時期もあると思うし、鏡音リン・レンが作ってくれたものもあると思うし。そこも忘れないでほしいと思って。あと、僕が最初に出会った曲は「メルト」だったんですよ。そのこともこの曲にしっかり込めたいなと思って。なので最後は「溶かしていく温度」になってるんです。そういう思いを込めて書いてますね。
──歌詞には「アダムとイヴ」や「林檎」というモチーフが出てきます。どこかヒップホップ的なマインドもあるように思いました。
それは少し考えました。やっぱり、噛みつく人がいなくなったら寂しいと思うんですよね。僕は、初音ミクの10周年というのが単なるアニバーサリーに捉えられなかったんですよ。アニバーサリーという見せかけのフィナーレになっちゃうんじゃないかって。誰も声を上げないまま、終わりに向かっていくような空気になってちゃっていいのかって。誰もが「うん」と言って肯定するだけだと、どんどん感情がぼやけていってしまう。それはそれで寂しいなと思って。僕はやっぱりそれが寂しくて嫌だったんで、自分なりのメッセージを込めた曲にしようと思ったんですよね。
──夏代孝明というアーティストのキャリアを踏まえたうえで、この「ジャガーノート」という曲はどういう意味合いのものになっていくと思いますか?
僕はこの曲がある意味でスタートラインになるんじゃないかと思っています。僕が自分自身の気持ちだけで曲を作ったのって、これが初めてなんですよ。例えば「誰かを応援したい」とか、そういう思いが最初にあって、そこから曲を組み立てたりすることはあったんですけど、この「ジャガーノート」という曲は、最初に「この界隈のことを歌いたい」という思いがあった。初音ミクの10周年のときに感じた寂しい気持ちを歌いたいっていうところから始まったんで。しかも、作っていく中で、この文化をここから盛り上げていきたいという思いも出てきた。それまでの曲とは自分の中の意味合いが違う感じがします。そういう意味でもスタートラインに近いんじゃないかな。ここから自分が作っていく曲は、今までとは違っていくんじゃないかと思うんです。
これからは、僕の人生の中で出会ったものを書いていくと思う
──もう1つの表題曲「エンドロール」は「ジャガーノート」のあとに作られたんですよね。これはどういうきっかけでしたか?
特にきっかけはなくて、ふとしたときに思いついたテーマで自分の気持ちを書いた曲です。そのときはテレビを観ていたんですけれど、テレビ番組のエンドロールって、スタッフの名前が流れていくじゃないですか。それを見て、もし自分の人生がこの番組だとしたら、どれくらいの人たちがこのエンドロールに載ってくれるんだろうって考えたんですよね。自分の人生でいったい何人の人を喜ばせてあげられて、何人の人を幸せにできたんだろうって。僕はまだ生きてますけど(笑)。そういうことを考えていくうちに、自分のマイナス面の感情も合わさって、これで1曲書けると思いました。
──この曲にある孤独感や厭世的なモチーフは、自分自身の思春期や過去と関わっていたりますか?
そうですね。自分自身は人と関わることがけっこう好きで。人と話をすることも、外で遊ぶことも好きなんですけど、その一方でどうしても膨らんでいく負の感情みたいなものもあったんですよね。これまで、そういうものを特に表に出そうとはしてなかったんですよ。いろんな人の背中を押したり誰かを勇気づける音楽を心がけていたし、特に去年はそういう曲ばっかり書いていたので。でも、「ジャガーノート」で一度自分の心を仕切り直して、自分の内面を書いた曲もあっていいんじゃないかと思った。今までやってなかった自分の暗い部分も出しちゃおうと思ったんですね。
──結果、どうでしたか。
言葉選びも、今までの自分が書いていた歌詞より鋭くてキツい言葉になっていったんですけれど、自分が思ってる不安や後悔を言葉にしてみると、考えが整理されるようなところもあった。救われたなと思います。「エンドロール」を書き終わったあとは考えが本当にスッキリしていて。誰かを励ましたいとか、背中を押したいというのは最初は自分の希望だったんですけど、だんだん義務になってしまっていることに気付いた。本当は音楽って自由だと思うんです。誰かを著しく傷つける内容は違うと思うんですけど、じゃなければ、何を書いてもいいし、何を歌ってもいい。そういう意味で僕の中の自由の解釈が広がったなって思います。
──「ジャガーノート」は夏代さんにとって1つの出発点とおっしゃいましたけれど、この曲と「エンドロール」の先にはどんな道程が広がっていると感じていますか?
より素直になれたと思うので、その時々で感じたことを曲にしていきたいなと思います。これからの僕の人生の中で出会ったものを書いていくと思うんで、よりリアルになると思いますね。あとは、自分自身の出すものが、どんどん新しいものであってほしいと思っています。家でたくさん曲を作る作業をずっとやってると、同じようなものばっかりになってしまったりするんですよ。そういう偏ったものにはしたくない。出会うたびに新しく感じてほしいし、そういう部分を大事にしてやっていこうと思うので。より面白いものを作っていけるんじゃないかと思ってます。
- 夏代孝明「ジャガーノート」
- 2018年7月25日配信リリース
Victor Entertainment / AndRec
- 夏代孝明「エンドロール」
- 2018年7月25日配信リリース
Victor Entertainment / AndRec
- 夏代孝明(ナツシロタカアキ)
- 大阪出身、2月25日生まれのシンガーソングライター。中学生のときにバンド活動を始め、2000年代の邦楽ロックをコピーしながらライブハウスに通い詰める日々を送る。2008年よりニコニコ動画に“歌ってみた”動画を投稿し、2011年11月にオリジナル曲「星の歌」を発表。2014年には東阪で自身初となるワンマンライブツアーを開催し、両公演共にソールドアウトさせる。2015年1月に1stアルバム「フィルライト」を、2016年5月にはテレビアニメ「フューチャーカード バディファイト トリプルディー」のタイアップソング「クロノグラフ」を初のシングルとしてリリース。2017年2月には2ndシングル「ケイデンス」、同年5月には3rdシングル「トランジット」といずれもテレビアニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION」とのタイアップ曲を発表した。2018年7月にビクターエンタテインメントのAndRecより新曲「ジャガーノート」「エンドロール」を配信リリース。