古市憲寿が語る「中島みゆき『夜会工場 VOL.2』劇場版」|何度観ても発見があるダイジェストコンサート

中島みゆきは安易な励ましは一切しない

──「夜会工場 VOL.2」をご覧になっての感想もお伺いできますか?

リアルタイムで劇場で観たときは、思った以上に中島さん以外のキャストが歌うんだなと感じたんですけど、観返してみたらあまりその違和感がなかったです。うまくこれまでの「夜会」の総集編になっているというか、マッシュアップした作品になっていて楽しめました。

「夜会工場 VOL.2」劇場版のワンシーン。

──何回でも観られる作品だったと。

そうですね。歌の強さってそこですよね。ストーリーものの作品はよほど好きじゃないと何度も観ないと思うんですけど、歌にパワーのある映画って何回でも観られるじゃないですか。「ラ・ラ・ランド」とか、最近だと「ボヘミアン・ラプソディ」とか。「君の名は。」も、歌を全面に打ち出していなかったら、あそこまでのヒットになったかわからないですよね。

──確かにそうですね。

しかも初めて観るときよりも2回目以降のほうが「この『夜会工場』という作品で過去作をマッシュアップした意味ってなんだろう?」と考えながら観られるので、見方は変わっていくと思います。

──「夜会工場 VOL.2」の中で印象に残った曲は?

「あなたの言葉がわからない」ですね。この曲はDVDでは聴いていたんですけど、リアルタイムで観たことはなかったんです(※1996年上演の「夜会 VOL.8 問う女」で披露された)。すごく好きな歌だったのでそれを再び観られたのでよかったです。この曲が最後のほうに配置されていたことからも中島さんのメッセージを感じることができました。

──中島さんが共演者やバンドメンバーの紹介を終えたあと、ライブでいうアンコール1曲目のような形で披露されていました。

古市憲寿

「夜会」ってもともと「言葉の実験劇場」を謳っていましたけど、この曲はまさに言葉の限界と可能性について歌った曲ですよね。いくら伝わってると思っていても相手には伝わっていないこともあるだろうし、逆に違う言語を話していても言葉は通じる可能性がある。この曲を新しいバージョンで聴けたのはよかったです。

──そして続く「産声」でフィナーレとなります。

この曲も中島さんの“生まれ変わり観”を表してますよね。「もう一度産まれることが もう一度あったとしても 時は戻らない」と歌っていて。

──「続きを編むだけ」と。

そうなんです。嫌なことを全部チャラにして、さもゲームをリセットするみたいに生まれ変わるという考え方もあると思うんですけど、そうじゃなくて生まれ変わるかもしれないけどやり直しはできないよっていう。あと劇場版には収録されていないんですが、実際の「夜会工場」では曲を始める前に「世界中どこの国でも、生まれて最初に泣く声の高さは同じAの音なんだそうです」というMCがあったんですね。男の子でも女の子でも、肌の色がなんであろうと、世界中の子が同じAの音階の産声で泣く。だからこの曲もAコードで始まる。すごく普遍的なテーマに挑もうとしたことが伝わってくる曲ですよね。

──中島さんがステージから退場する際の演出もどことなく転生を感じさせるようなものでした。ほかに印象に残った曲はありますか?

「我が祖国は風の彼方」は出演者全員で集まって歌うステージが圧巻で、「夜会 VOL.13『24時着 0時発』」で披露したときよりも進化している感じがしました。ただ再現しているんじゃなくて、ちゃんとバージョンアップしているというか、新解釈も見どころだと思います。あと中村中さんが歌っていた「Maybe」は発表されてから30年近く経ってるけど全然古くない。この国で働く女性の大変さが、その間あまり変わらなかったということでもありますけど、今の時代にも通用する曲だと思いましたね。

──「Maybe」では「夢見れば人生はつらい思いが多くなるけれど夢見ずにいられない」と歌ってますけど、中島さんはいかに逆境に立ち向かっていくか、挫折してもどう立ち上がるかを表現してきた方ですよね。

デビュー2曲目の「時代」からして「今日は倒れた旅人たちも 生まれ変わって歩き出すよ」と歌ってますからね。「重き荷を負いて」という曲に「がんばってから死にたいな」って歌詞があるんですけど、大前提としてがんばらなきゃいけないんですよ。中島さんの歌詞には「絶対大丈夫」とか「全部うまくいく」とか安易な励ましはない。あくまでがんばってるけど報われない人に対する応援歌なんですよね。

中島みゆきは実は振り幅が大きい

──ほかに「夜会工場」の見どころは?

中島さんのことをあまり知らない人からすると、こんなに振り幅の大きい人なんだなっていうのはびっくりするでしょうね。特に今回の「夜会工場」の場合はいろんな役をもう一度演じながら歌っているので。

「夜会工場 VOL.2」劇場版のワンシーン。

──「LA-LA-LA」でのファンシーなパジャマ姿だったり「EAST ASIA」での巫女の格好だったり、各作品を彩ってきたさまざまな衣装で歌っていましたね。

普通のライブだと衣装を変えてもせいぜい3着くらいだと思いますけど、「夜会工場」はかなり頻繁に変わりますよね。だから生身の人間がやる総集編ライブって大変だなと思いました。映像の総集編だったらこれまでのシーンをつなぐだけでいいけど、実際にやるとなると衣装も変える必要があるし、セットも曲ごとに用意しなきゃいけないし。「旅人よ我に帰れ(幸せになりなさい)」の竹林も、この曲でしか使われなかったですからね。

──そういう凝った衣装やセットの細部も、映像作品だとよく見えますよね。

そうなんですよ。「夜会」は舞台の性質上大きなスクリーンがないので、細かいところまでわからないじゃないですか。「実はこんなことしてたんだ」っていうちょっとした動作や表情も見えるし、セットのこだわりもわかるし。今回はそれを劇場の大きな画面で、いい音で体感することに意味があると思いますね。

中島みゆきの歌詞は何度でも意味を考えたくなる

──改めて中島みゆきさんの魅力はどんなところだと思いますか?

古市憲寿

一見すると、すごくわかりやすいんです。メロディはキャッチーだし、歌詞も、わかりやすい言葉でわかりやすいことを歌ってる。だけどそこには余白があり、テーマがある。だから何回でも聴いて歌詞の意味を考えてみようと思えるんですよね。しかもその歌詞が人生のさまざまなステージで意味が違うように響いてくる。

──最後に、「夜会工場 VOL.2」を映画館に観に来る人たちにメッセージをお願いします。

「夜会工場」は「夜会」の入門編として一番適した作品だと思います。これまで「夜会」はVOL.20まで続いていて、過去のDVDを観るにしてもどれを観ればいいのか迷うと思うんですよ。なのでまずはこの「夜会工場」を観て、それで「この曲いいな」とか「この世界観いいな」と思ったらその作品のDVDを観ればいいのではないでしょうか。初めて聴いても「この曲素敵だな」とか「この曲自分のことを歌ってるみたいだ」って感じる歌がたくさんあるはずです。それを聴きに行くだけでも意味があると思います。本当の「夜会」に比べて、チケット代もリーズナブルだし、上映される場所も多いんですよね。

──「夜会工場」は4都市開催でしたが、劇場版は全国で上映されますね。

実際に鑑賞してる人も、細かい表情などを確かめるっていう意味でもう一度観ても十分楽しめると思います。中島さんはご自身で「この曲の意味はこうだ」ってあんまり解説しないから、大画面で細部をチェックしながら「ここにどんな意味があるんだろう」って考えてもいいし。友達を誘って観終わったあとにいろいろしゃべり合ってもいいと思います。

※特集公開時、「南極大陸」のタイトルに誤りがありました。お詫びして訂正します。

「中島みゆき『夜会工場 VOL.2』劇場版」
2019年5月3日(金・祝)新宿ピカデリー / 丸の内ピカデリーほか、全国ロードショー

現在演出の都合上東京でのみ開催されている「夜会」の雰囲気を楽しんでもらうため、過去19作品の名場面をダイジェストコンサートにした「夜会工場 VOL.2」。2017年11月から2018年2月にかけて東京、大阪、愛知、福岡の4都市にて計18回開催された「夜会工場 VOL.2」が劇場の大スクリーンに甦る。

中島みゆき(ナカジマミユキ)
中島みゆき
1975年にシングル「アザミ嬢のララバイ」で歌手デビュー。続く2ndシングル「時代」で世界歌謡祭グランプリを受賞する。その後も「わかれうた」「悪女」「空と君のあいだに」「地上の星」など数々のヒット曲を産み続け、1980年代から2000年代まで4つの時代でオリコンシングルチャート1位を獲得。さらに提供曲では2010年代も加えて5つの時代で1位獲得の記録を持つ。1989年には原作、脚本、作詞作曲、演出、主演のすべてを中島が務める舞台「夜会」をスタートさせ、2019年1~2月には「夜会VOL.20 リトル・トーキョー」を開催した。5月には、2017年から2018年にかけて上演した「夜会工場 VOL.2」が劇場上映される。
古市憲寿(フルイチノリトシ)
1985年1月14日生まれの社会学者。「情報プレゼンター とくダネ!」「ワイドナショー」といった番組にコメンテーターとして出演するほか、「絶望の国の幸福な若者たち」「保育園義務教育化」など著書多数。2018年に上梓した最新刊「平成くん、さようなら」は第160回の芥川賞候補に選ばれた。

2019年5月7日更新