「みそくそな3年間でした」苦しい胸の内を吐露した長渕
長渕が「その昔『もっと銭が欲しい』と思った。そして『いかした女が欲しい』」と言い放つと、そのまま「人間になりてえ」に突入する。バンドの重厚なグルーヴがすさまじい。ライブを重ねたことで「HALL TOUR 2025 "HOPE"」とは比べものにならないほど強靭なものになっている。1音1音、迷いのないリズムを全身全霊で刻んでいく矢野一成のドラム、林由恭のベースの低音がうねりをあげ、会場の床を揺らす。ピートと、バッキーこと椿本匡賜のツインギターが、このツアーが初めてとは思えぬほどのコンビネーションで観客を魅せていく。昼田洋二のサックスは、リード楽器というより長渕のライブにおける“もうひとつの歌声”と言えるほどの存在感で響く。
「みそくそな3年間でした。苦しかったし、いろんなことを悩みましたね。“苦しいときに近付いてくる人は優しい人だからね”って、死んだ母親に言われてた。30数年前もそうだったかな……。だまされてもだまされても、すぐ人を信じるのよ。根こそぎ信じるんですよ。バカって言われるほど信じる。性分だな。でも近付いてきてくれた人も、最初はだますつもりじゃなかったのかもしれない。かもしれないけど結果として、そんな形になるのが悲しい」
そうやって、一連の事件のことを振り返った。「金取られたり、だまされたり、嫌なことを言われたり。そんなときはカラオケ屋に行くに限るよ」と、人生で初めてのカラオケ屋へ、男3人だけで行ったことを明かした。「銭が欲しいかそらやるぞ」と、「明日の風に身を任せ」を歌いながら「なぜかこの曲を歌ったな。ボロボロ涙が出たよ。それでつくづく思ったね。長渕剛って、すごくいい歌を書くんだなって」とはにかんだ。「お前たちも支えられたんでしょ? だって、俺は苦しいとき、悲しいときに歌を書いたんだもん」と、ツアー序盤4公演で倒れてしまった「LIVE'94 Captain of the Ship」以来、歌うことのなかった同曲の、童謡的で普遍的なメロディを丁寧に歌った。
「そのうち結果が出るよ。そんなことにかまってられないから、俺たちは前へ前へ向かいます。いいね?」
だまされたとて、くよくよしていられない強い気持ちを持つ。そうやって長渕はこれまでも突き進んできた。その気持ちを表すように「蝉」をバンドメンバーとともに力強く歌った。そして、今度は「交差点」をピアノ伴奏で優しく歌う。「もう離しはしないから」と最後の節を合唱するオーディエンスに向かって「本当だろうな?」と笑顔で語りかけ、後奏のハーモニカを優しく吹いた。
バッキーがアコースティックギターをかき鳴らし、ピートがエレクトリックギターを引っかくようにリードを弾く。そして、長渕が聴き慣れたメロディをハーモニカで吹き出した。「巡恋歌」である。何十年もギター弾き語りで歌われてきたデビュー曲。バンドアレンジなどで披露されたこともあったが、長渕がハンドマイクで同曲を歌うのは何十年ぶりだろうか。バッキーのストロークは徐々に激しさを増し、ピートのブルージーなソロが高鳴る。長渕のハーモニカがエモーショナルにいななき、テンポもどんどん加速していく。3人のデッドヒートを煽るように赤く照らす照明のトラスが降りてくる。躍動感と熱量がせめぎ合う圧巻のアレンジと演出だ。
熱を少し冷ますようにバックビートのリズムで始まったのは「ファイティングポーズ」だ。アコースティックなレゲエサウンドはソリッドで軽快ながらも重たい貫禄を感じさせる。血気盛んな20代に書いた曲を、69歳の長渕が今も闘志を燃やすアーティストとして歌い上げる。そして「かましたれ!」をギター弾き語りで颯爽にかました。
バンドアンサンブルが猛り狂い、昼田のサックスが吠える中、両手を広げてオーディエンスの熱を全身で受けるようなポーズをとる長渕。「青春」は、もともと2007年にTOKIOに捧げた楽曲だが、彼らに何かあるとエールを送るように歌っている印象も強い。男臭いワイルドさを持ちながらも気品に満ちあふれた楽曲だ。
そしてシンセサウンドと空間系エフェクトを帯びたエレクトリックギターが多角的に折り重なっていく。どの曲が始まったのかと、どよめきに似た声が上がる中で届けられたのは「自分のために」。無機的なサウンドの折り重なり方は、長渕が得意とする4ビートのフォークロックアプローチとは異なる、2010年代以降のインディーロックのサウンドだ。歌声のインパクトが強くて見落とされがちだが、時流を見越したサウンドプロダクトに取り組んでいるのも長渕の魅力。音源よりも人間味にあふれたビートで突き進む。普段であれば、とっくに脱ぎ捨てているであろうジャケットを終始羽織っていることで、ロックスターとしての硬派さを醸している。スーツでライブを行っていた30代のあの頃のシルエットを重ねた古くからのファンも多かったはず。ステージ上の至るところで噴き上がる無数の炎柱もそうしたニヒルな長渕の姿を強めていた。「自分のために」はアルバム「BLACK TRAIN」(2017年)の収録曲で、これまでライブで演奏されることは少なかったが、改めてその魅力を再認識させられた。
高まるライブのボルテージをさらに高めるかのごとく、続く「明日へ向かって」では青天井へ向かい、会場全体が一斉にジャンプした。
エレクトリックギターが悲壮感あふれる旋律をコードを絡めながら奏で、コーラス隊が美しいハーモニーを重ねる。ラストは「俺たちのキャスティングミス」である。1番を終えると、昼田がムーディなソロを吹き、ピートがギターソロでつないでいく。「HALL TOUR 2025 "HOPE"」では原曲に沿ったピアノアレンジだったが、長渕は大人の色香たっぷりのバンドアレンジで、若き日に書いたラブソングを披露した。ホール上空にきらめく銀色の星の吹雪が降り注ぐ。それは大きな線香花火のようでもあり、息をのむほどに美しい演出で本編は幕を閉じた。
鳴り止まぬ“剛コール”に見送られて──
アンコールは「勇次」で始まった。少し跳ねるリズムのギターにオルガンが重なる。大合唱の最中、2番の「激鉄が落とされ」のフレーズのあと、客席から無数のクラッカーが一斉に鳴らされた。会場に充満する火薬の匂いは長渕ライブの風物詩だ。
長渕は再びアコースティックギターを殴るように弾き始めた。歌い出したのはなんと「Success」だ。バンドアレンジでライブの着火点としての役割を果たしてきた同曲を、この日の長渕はギター1本で訥々と歌う。「石畳の隙間から咲いてる花も 踏んづけられても決してひるんだりしない」と、己を奮い立たせるように歌い、同曲の強さを改めて痛感させられる弾き語りだ。
「あと、1曲やります。最後はきれいな夜を作りたいから、スマホ出してくれる? 星作っちゃおうよ。そうそう、きれいだ。素晴らしい。これで歌いたい。めっちゃめっちゃきれいだぜ。1個1個が命の灯火のように感じるよ。はるか遠く向こうまで聞こえるように歌うから」
オーディエンスによるスマートフォンのライトで作られた夜空。無数の眩い光に照らされながら「ねえもう一度星を見に行かないか」と、12弦ギターでしっとり最後に贈られたのは「BLOOD」だ。
「家族」で始まり、「BLOOD」で終わる──。
オープニングで「殺したくなるような夕暮れの赤」と激しく歌っていた長渕は「僕の血が君に流れるなら、もう死んでも構わない」と優しく歌う。「BLOOD BLOOD BLOOD BLOOD 赤い血が流れている」……最後の節を歌い閉じると、ギターを叩く打撃音が脈々と会場に響いた。オープニングで聴いたそれとは異なる、優しい心音のようであった。
媚びることない生き方、現在の長渕剛というアーティストの生き様を提示したライブ、ツアーだった。「とんぼ」も「しゃぼん玉」も「乾杯」もないセットリスト。いま、長渕本人が本当に歌いたい歌を歌い切った。
「47年、一緒に歩んできたんだから。まずは目標、あと3年。50周年を一緒に作ろうぜ。来年は意欲的にツアーをやります。夏ぐらいにスタートかな。弾き語りをひさびさにやってみようかなと」
そう語ると、会場は大きな歓声と拍手に包まれた。
「横浜で1つのツアーが終わりましたが、この終わりは始まりです。ここから新しい目標に向かってみんなで生きていく。今日は本当にたくさんの皆さんに来ていただいて、本当に感謝します。ありがとうございました!」
最後に礼を述べると、一緒にステージを作ってきたバンドメンバーを1人ひとり紹介しながらステージに呼び寄せた。そして、「またお会う」と長渕は静かにステージを降りた。鳴り止まぬ“剛コール”に送られながら。
来年2026年、長渕剛は70歳を迎える。
セットリスト
- 家族
- HOPE
- 黒いマントと真っ赤なリンゴ
- 豚(BUTA)
- STAY DREAM
- 人間になりてえ
- 明日の風に身を任せ
- 蝉
- 交差点
- 巡恋歌
- ファイティングポーズ
- かましたれ!
- 青春
- 自分のために
- 明日へ向かって
- 俺たちのキャスティングミス
- 勇次
- Sucsess
- BLOOD
プロフィール
長渕剛(ナガブチツヨシ)
1956年生まれ、鹿児島出身のシンガーソングライター。1978年にシングル「巡恋歌」で本格デビューを果たし、1980年にシングル「順子」が初のチャート1位を獲得。以後「乾杯」「とんぼ」「しあわせになろうよ」などのヒット曲を次々と発表し、1980年代前半には俳優としての活動も開始した。2004年8月には桜島の荒地を開拓して作った野外会場でオールナイトライブを敢行し、7万5000人を動員。さらに2015年8月には静岡・ふもとっぱらにて10万人を動員する野外オールナイトライブ「長渕剛 10万人オールナイト・ライブ2015 in 富士山麓」を実施し、成功を収めた。2025年4月から7月にかけて全国ホールツアー「HOPE」、10月から11月にかけてアリーナツアー「TSUYOSHI NAGABUCHI 7 NIGHTS SPECIAL in ARENA」を開催した。




