「これからも真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐ」そう長渕は叫ぶ
再びバンドメンバーがステージに戻ってきた。昼田のサックスが高鳴り「ひまわり」が始まると、客席に多くのひまわりの花が咲く。原曲はオリエンタルとフォルクローレの香りがするサウンドだが、ライブにおいては重心をグッと低くしたアンサンブル、このメンバーならではアレンジが絶品である。平歌での名越が弾くブリティッシュなボイシングのアルペジオが、和情緒のメロディと混じって無国籍な雰囲気を醸す。間奏でのツインギターのリードも圧巻。アウトロでのまくし立てていく性急なアンサンブルの気迫はすさまじく、ソロアーティストとバックバンドの関係性ではない、長渕剛擁するロックバンドの真髄を見た。
河野が弾くエレクトリックピアノの音色に乗せて長渕が歌う「Myself」。「STAY DREAM」と同じく、シングル曲ではないが幅広く愛されてきた曲である。1990年にリリースされた楽曲だが、90年代後半から大きく注目を浴びた。「『夢は何ですか?』と聞かれる事が この世で一番怖く思えた」というフレーズを筆頭に、その1節1節が聴き手の心に突き刺さってくる。サビでは「だから真っ直ぐ 真っ直ぐ もっと真っ直ぐ生きてえ」というオーディエンスの叫びが長渕の歌声とともに会場に繰り返しこだました。
「これからも真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐ……どうもありがとう広島!」
そう言葉を残し、長渕はステージを降りた。
長渕剛の真骨頂を見せつけるアンコール
バンドメンバーの奏でる音が、折り重なるようにドラマチックなイントロが鳴ったアンコール。「Success」は長渕バンドの大きな見せ場、真骨頂というべき曲だ。重戦車のごとき重厚なアンサンブルが突き進み、鬼気迫る長渕のボーカルがオーディエンス1人ひとりの心に向かって揺さぶりをかける。そしてオーディエンスは、その声に猛烈な熱量で応える。熱を受け、長渕はさらに大きな声で叫んでいく……情熱のスパイラルだ。そんなお互いが一歩も引かない闘い、せめぎ合う緊張感こそ、長渕のライブの醍醐味でもある。
「プーチン、トランプ、習近平、石破さんに金正恩、お暇なら明日 俺の家に遊びに来てくれねえか!」──これまでも時の各国首脳の名前を詞に入れて歌い続けてきた「親知らず」。長渕の両脇を名越とバッキーが構え、トリプルアコースティックギターで披露された。「この歌は30年くらい前に書いた歌です」と、「親知らず」を初披露した1990年の「NHK紅白歌合戦」のことをアウトロで語る長渕。紅白初の海外中継で、ドイツ・ベルリンでこの歌を歌った。「親知らず」をはじめ、紅白で3曲歌ったことは当時さまざまな波紋を呼び、「NHK出入禁止」という不名誉をもらったエピソードをリズムに乗せて語った。余談だが、本来は別の曲を歌う予定だったものの番組側からNGが出てしまい、長渕は急遽この「親知らず」を書いた。
「わずかな抵抗をみんなと一緒にしてきたわけだ。これからも然りです。面白い世の中を作っていこう!」。参議院選挙投票日直前でもあったこの日、世の中に対して常に声を上げ続けてきた長渕はそう訴えた。
長渕は名越、バッキーとともに、その言葉から一変してアコースティックギターで優しく「二人歩記」を奏でる。途中、長渕が歌に入りそびれてしまう場面もあり、思わず声を上げたオーディエンスに向かって彼は「喜ぶねえ、間違えると(笑)」と会場を和ませた。鹿児島公演のレポートでもつづったが、この曲のアレンジを務めた徳武弘文が5月に亡くなった。長渕が初めてバンドでライブを始めたときのギタリストであり、バンドマスターでもあった。
次の曲は「勇次」だ。青春をともにした友への歌。「撃鉄がおとされ」のあとにオーディエンスが手にしたクラッカーが盛大に鳴らされる。充満する火薬の匂いがこの楽曲の青春のノスタルジーをさらに色濃くする。1985年のリリース以来、最もライブで歌われてきた楽曲の1つであるため、思い入れは長渕にとってもファンにとっても大きいのである。
長渕が見つけた幸せとは
呼び寄せたスタッフに耳打ちし、「もう1つ、いこうかな」。そう言って、長渕がギブソン・J-200をかき鳴らして歌い出したのは「GOOD-BYE青春」。思わぬ選曲に客席からどよめき混じりの歓声が沸く。唐突に懐かしいレア曲が披露されようとも大合唱を起こすのが長渕ファンの常だが、音源にかけられていた歌のディレイ部分「ジグゾーパズルのようさ(……ようさ……ようさ)」まで合唱で完璧に再現する様はさすがである。これぞ長渕本人が絶対的な信頼を寄せるファンの姿だ。
懐かしい弾き語りのあとは、大地を揺らす鼓動を思わせる矢野のリズムから「桜島 SAKURAJIMA」が始まる。一丸となったアンサンブルがずっしりとした重いサウンドを鳴らし、長渕の歌が轟く。客席からは無数の拳が突き上がり、全力の掛け声がステージに向けられる。ステージ後方にはオープニングと同じ燃えるような太陽のフレアが再び現れるも今度は赤く染まり、会場の熱気を視覚的に体現した。
曲が進むにつれ、熱気を帯びていくバンドの演奏。これほどまでにダイナミックレンジを表現できるロックバンドはそういないだろう。バンドの音、長渕の歌、オーディエンスの熱、そのすべてがうごめくエネルギーとなり、大きな爆発を生む。のっけから最高潮というべき盛り上がりを見せていたこの日のライブではあったが、ここで絶頂を迎えた。さらに追い討ちをかけるよう長渕が「名越ーッ! いけえええー!」と叫ぶと、名越のギシギシに歪んだファズギターがむせび泣く。ハウリングを起こしながら弦が切れるようなピッキングでソロをキメる。そしてバッキーが旋律を引き継ぎ、昼田のサックスが吠えまくる。こうしてライブは盛大なフィナーレを迎えた。
鳴り止まぬ剛コール。場内の客電が点き、終了のアナウンスが流れるも誰1人として帰ろうとしない。むしろ、その声は大きくなっていく。
再びステージに現れた長渕が口を開いた。
「もうこのツアー、思い残すことはないです。広島のみんなとファイナルを迎えたこと、心から幸せに思います。あの日の母の言葉を思い出して、ずーっと今日歌いながら考えてた。答え、わかったよ。今、幸せ。『今、幸せを作っていく』ことなんだ。ありがとう広島!」
そう言って、最後の最後に贈られたのは「西新宿の親父の唄」。“66の親父の口癖”である「やるなら今しかねえ」という言葉は、どれだけの人の背中を押し続けてきたのだろう。この曲が世に出た1990年当時、66歳を超えた長渕がこの歌を歌うなど、ファンをおろか本人ですら考えていなかったはず。長渕に向かってしわがれ声で怒鳴ってた西新宿の親父……そして現在、今度は長渕が我々に向かって覇気のある声で怒鳴った。
「“68の剛の口癖”は、『やるなら今しかねえぞ!』」
最後の節をそう替えて歌い切ると長渕はステージから颯爽と去っていった。
こうして「TSUYOSHI NAGABUCHI HALL TOUR 2025 "HOPE"」は幕を閉じた。47年のキャリアからまんべんなくレア曲も織り交ぜた、オールタイムベストではない選曲を通して、長渕楽曲の魅力を改めて感じた。希望の狼煙を掲げ、全国を一気に駆け抜けたツアーだったが、まだこれで終わりではない。10月にはアリーナツアー「TSUYOSHI NAGABUCHI 7 NIGHTS SPECIAL in ARENA」が始まる。キービジュアルも先日公開された。ホールツアーを経て、さらにパワーアップした長渕と、バンドと、制作チームが創り上げるツアーに期待は高まるばかりだ。
セットリスト
「TSUYOSHI NAGABUCHI HALL TOUR 2025 "HOPE"」2025年7月17日 広島文化学園HBGホール
- SAMURAI
- 黒いマントと真っ赤なリンゴ
- HOPE
- STAY DREAM
- 俺たちのキャスティングミス
- LOSER
- 人間になりてえ
- 明日へ向かって
- 交差点
- 走る
- 俺らの家まで
- BLOOD
- ひまわり
- Myself
- Success
- 親知らず
- 二人歩記
- 勇次
- GOOD-BYE青春
- 桜島 SAKURAJIMA
- 西新宿の親父の唄
公演情報
TSUYOSHI NAGABUCHI 7 NIGHTS SPECIAL in ARENA
- 2025年10月1日(水)大阪府 大阪城ホール
- 2025年10月2日(木)大阪府 大阪城ホール
- 2025年11月8日(土)鹿児島県 西原商会アリーナ(鹿児島アリーナ)
- 2025年11月9日(日)鹿児島県 西原商会アリーナ(鹿児島アリーナ)
- 2025年11月15日(土)愛知県 ポートメッセなごや 第1展示館
- 2025年11月16日(日)愛知県 ポートメッセなごや 第1展示館
- 2025年11月28日(金)神奈川県 Kアリーナ横浜
チケットはこちら
プロフィール
長渕剛(ナガブチツヨシ)
1956年生まれ、鹿児島出身のシンガーソングライター。1978年にシングル「巡恋歌」で本格デビューを果たし、1980年にシングル「順子」が初のチャート1位を獲得。以後「乾杯」「とんぼ」「しあわせになろうよ」などのヒット曲を次々と発表し、1980年代前半には俳優としての活動も開始した。2004年8月には桜島の荒地を開拓して作った野外会場でオールナイトライブを敢行し、7万5000人を動員。さらに2015年8月には静岡・ふもとっぱらにて10万人を動員する野外オールナイトライブ「長渕剛 10万人オールナイト・ライヴ2015 in 富士山麓」を実施し、成功を収めた。2025年4月から7月にかけて全国ホールツアー「HOPE」を開催。10月よりアリーナツアー「TSUYOSHI NAGABUCHI 7 NIGHTS SPECIAL in ARENA」を行う。
長渕剛 TSUYOSHI NAGABUCHI | OFFICIAL WEBSITE