音楽ナタリー Power Push - 坂本美雨

子守歌と鎮魂歌をつなぐもの 祈りを超えた日常の歌

歌うことで人の役に立ちたい

──レコーディングに参加しているCANTUSは女性9人組の聖歌隊なんですね。以前から交流があったんですか?

はい、私のライブにコーラスで来てくれたり、私がCANTUSのライブにゲスト出演したり。以前NHK-FMの企画ライブでディズニーの曲をCANTUSと一緒に歌ったんですけど、それがすごくよかったんです。奇をてらわず、きれいなハーモニーでいい曲を歌いたいなっていうのはそのときから思ってました。で、今たまたま友達も出産ラッシュで次々と子供が産まれてて、みんなそれぞれ育児してるんですけど、そんなとき自分が役に立てることはやっぱり歌だし、子供に安心してもらえるような歌を歌いたいって思ったんですよね。

──じゃあ自分の子供に向けて歌うだけじゃなく?

坂本美雨

そうですね。自分が子供を産んだら、身近な子供たち以外にも世界中の子供のことが他人事じゃなくなってしまって。例えばユニセフの募金の広告なんかで遠く離れた国の子の写真を見ても、自分の子供みたいに胸が痛くなるし、その気持ちが克明に想像できるんです。この子もきっと抱っこしてほしくて、当たり前にあったかい寝床も欲しいし、お母さんのおっぱいも欲しいし、一緒に遊んでほしいんだよなって。あと子供だけじゃなくて、お母さんの気持ちも想像できちゃって。例えば子供がおなかすいて泣いてるときになんにもできない状況とか、本当に死にたくなるほど無力でつらいと思う。

──美雨さんは以前から「歌を歌うことで人の役に立ちたい」と言っていましたが、子供ができたことでその気持ちが強くなったんでしょうか?

強くなりましたね。人の役に立ちたいし、子供が生きていく全世界をよくしたい。バカみたいだけど本当にそう思ってます。

うまく聞こえなくていいやって

──今回の曲はいつも以上に自然体で、美雨さんが気持ちよさそうに歌っているのが印象的でした。

別にそんなにうまく聞こえなくていいやって思って歌いました。今回はピアノのharukaさんと、中学生のうららちゃんと私の3人で、いっせーのせ!で何回か歌っただけで、音程とかそういうことも全然気にしてないんです。ほら、子守歌を歌うときにそんな歌い上げたりしないでしょ? なるべく邪魔にならず、体に染みこむように歌う。お母さんたちはみんな無意識にそうやってると思うんです。

──美雨さんがSister Mでデビューしたときは16歳ですよね。それが大人になって子供ができて、今は13歳の子と一緒に歌っている。

私もうららちゃんの歌を聴きながらSister Mのことは思いました。あのときの自分はきっとこういうピュアな歌声だったんだろうなって。

──haruka nakamuraさんのピアノも2人の歌声と溶け合うように鳴っていますね。すべてがきれいに混ざり合っていて、こんなに個人の自我が見えない音楽は珍しい気がします。

坂本美雨

ホントにそうですね。「私の歌を聴いて!」っていう自己顕示欲みたいなもの? 今までもないつもりだったけど、この曲は一番ないなって思います。

──前作はバンドと一緒に作った躍動感のあるアルバムでしたが(参照:坂本美雨「Waving Flags」インタビュー)、母親になった美雨さんはこのまま癒やしの方向に向かっていくんでしょうか?

あはは(笑)。そう思われるんだろうなー。でも大丈夫です! 私の中には世の中の人が思ってるより腹黒いところもあるしね(笑)。だから癒やしの歌を歌うのは、私じゃなくてもいいんじゃないかな。あとこういうのばっかりだと自分が飽きちゃうと思うし。

──スピリチュアルな祈りだけじゃなく、現実の世界でフィジカルに踏ん張っていくということですよね。

そうですね。歌は自分の物理的な身体を使って歌うものだから。スピリチュアル方面に行くと、歌も身体から離れちゃう気がしてるんです。

子供と一緒に楽しめるアルバムを

──今回は1曲だけの配信でしたが、次回作はどうなりそうですか?

坂本美雨 with CANTUS

これからCANTUSと一緒にアルバムを作るんですけど、今度はじっくり聴かせるっていうより、子供も一緒に口ずさんでくれるようなアルバムにしたくて。やりたいことのアイデアはけっこう飛び交ってます。

──制作はもう進んでるんですか?

今は選曲を考えてるところですね。カバー曲がメインになると思うんですけど、みんなが知ってるような歌ももちろんやりたいし、私自身が大事にしてきた曲を子供に引き継いでいきたいっていうのもあって。

──CANTUSが参加すると言うことは、コーラス主体のアルバムになるんでしょうか?

そうですね。コーラスってすごく楽しいんですよ。私、子供の頃は合唱団のCDばっかり聴いてて、声が重なったり、離れたり、きれいなハーモニーとか、ちょっとぶつかってるハーモニーとか、輪唱とか。そうやって声で遊んでるような曲が大好きなので。次は子供と一緒に楽しめるアルバムになるといいなって思ってます。

坂本美雨(サカモトミウ)

1980年生まれの女性シンガー。1997年1月に「Ryuichi Sakamoto featuring Sister M」名義でデビューし、1998年から本名での音楽活動を開始する。透明感あふれる歌声が高い支持を集め、1999年発表のシングル「鉄道員」は映画「鉄道員(ぽっぽや)」の主題歌としてヒットを記録。2010年からはエレクトロポップ路線のサウンドを追求し、同年5月にアルバム「PHANTOM girl」、2011年5月に「HATSUKOI」を発表。2012年8月のアルバム「I'm yours!」ではKREVAとのコラボレーションでも話題を集めた。2013年6月に15年間のキャリアをたどる初のベストアルバム「miusic ~The best of 1997-2012~」を発表。2016年3月に坂本美雨 with CANTUS名義で「pie jesu」を配信リリースした。現在はおおはた雄一とのユニット「おお雨」としても活動中。父は坂本龍一、母は矢野顕子。