音楽ナタリー Power Push - 坂本美雨

子守歌と鎮魂歌をつなぐもの 祈りを超えた日常の歌

坂本美雨が、アンドリュー・ロイド・ウェバー作曲のレクイエム「pie jesu」(ピエ・イェズ)をカバーし、配信限定でリリースした。

「坂本美雨 with CANTUS」名義で発表されたこの曲は、聖歌隊CANTUSによる荘厳なコーラスとharuka nakamuraが奏でる透明感のあるピアノが重なり合う美しい仕上がりに。さらに13歳のボーカリストうららの歌声が、楽曲に絶妙な彩りを与えている。

坂本にとって第1子誕生後初となるこの楽曲は、いったいどのようにして生まれたのか。本人に話を聞いた。

取材・文 / 大山卓也 撮影 / 須田卓馬

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子供との日常にいつも歌がある

──産休明け初のナタリー登場ですね。お子さんは今何カ月ですか?

あっという間に7カ月です。

──子供が生まれて生活は変わりました?

坂本美雨

やっぱりすごく変わりましたね。彼女の生活や機嫌が私の中で最優先になって、仕事のスケジュールを組むときもなるべくそれを尊重してもらって。でもやっぱり1人のときとは生活のリズムも全然違うし、疲れ方も違うし、そういう意味では180°変わっちゃったって感じがする。

──大変なことも多いですか?

大変だけど、でも毎日すごく楽しいです(笑)。ラジオの仕事にも一緒に連れていってるし。それが許される環境なのはありがたいですよね。

──生活の変化が歌に与える影響もありますか?

歌が日常的なものになったっていうのが一番大きいかな。彼女とコミュニケーションするときは、なんでもかんでもでたらめな歌にして、「♪うんち漏れたー」とか「♪おしめ替えようー」とか、そういうのを日常的に歌ってるから。「よし歌うぞ」とかではなく、普段からしゃべるように歌うのが癖になってる。彼女が笑う顔を見るためだけに、毎日歌ったり踊ったりしてますね。

──いわゆる芸術とか自己表現っていうものとは、少し違う感じがしますね。

違うと思う。ちょっと思い出したんだけど、ずっと昔シベリアに行ったときに、ブリヤートっていう馬に乗る民族がいて、その人たちはいつも歌を歌ってるのね。あるとき「その歌はどういう意味の歌なんですか?」って聞いたら「馬を呼ぶときに歌う歌だよ」って言われて。

──それを歌うと馬が来る?

わかんないけど(笑)、そういう日常の歌なんです。今、私が歌ってる歌も同じで、自己表現じゃなくて実用的なツールなのかなって思う。「鬼のパンツ」の歌を歌ったら子供が笑ってくれる、みたいな。そういうふうにみんなの日常の中にいっぱい歌があったらいいなって思うようになりました。

子守歌と鎮魂歌

──今回リリースされた「pie jesu」は、静謐で美しく、子守歌のように聞こえますね。

ありがとうございます。染み込んでいくような曲だから、聴いてくれた人が知らないうちに寝ちゃってたらうれしいかも。

──でも子供を産んですぐに子守歌を歌うというのは、だいぶストレートな気がしますが。

坂本美雨

そう、そのまんまなんです(笑)。でもこれが今一番やりたいことだからしょうがない。いつもベース弾いてくれてる村田シゲも「あんたはホントにそのときの人生がそのまま音楽に出るタイプだからね」って言ってました(笑)。

──この「pie jesu」という曲はもともとレクイエムとして作られた曲ですよね。リリース日を3月11日にしたのはそうした意味も込めてるんですか?

震災のことが最初にあってリリースを決めたのではないんですけど、このタイミングで発表するわけですから、そういった思いも込めています。亡くなった方に対しての鎮魂歌としても、今生きているすべての人への子守唄としても歌いたかったんです。鎮魂歌っていうのはやっぱり宗教や神様の存在と切り離せないもので、亡くなった方に対して「安らかに眠ってください」って歌う祈りの歌だと思うんですけど、でも今の私の気持ちとしては、ただ祈るだけじゃなく、私たちが幸せに日常を続けていくことが鎮魂だと思っていて。

──子供と過ごす日常が、祈りのような意味を持つということ?

新しい命を育んで、次の世代につなげていくこともそうだし、私たちが起こったことを忘れずに、健やかに暮らしていかなければいけないなって思うんですよね。子守歌と鎮魂歌は私の中ではつながってるものなんです。

坂本美雨(サカモトミウ)

1980年生まれの女性シンガー。1997年1月に「Ryuichi Sakamoto featuring Sister M」名義でデビューし、1998年から本名での音楽活動を開始する。透明感あふれる歌声が高い支持を集め、1999年発表のシングル「鉄道員」は映画「鉄道員(ぽっぽや)」の主題歌としてヒットを記録。2010年からはエレクトロポップ路線のサウンドを追求し、同年5月にアルバム「PHANTOM girl」、2011年5月に「HATSUKOI」を発表。2012年8月のアルバム「I'm yours!」ではKREVAとのコラボレーションでも話題を集めた。2013年6月に15年間のキャリアをたどる初のベストアルバム「miusic ~The best of 1997-2012~」を発表。2016年3月に坂本美雨 with CANTUS名義で「pie jesu」を配信リリースした。現在はおおはた雄一とのユニット「おお雨」としても活動中。父は坂本龍一、母は矢野顕子。