ディズニー映画「ミラベルと魔法だらけの家」サウンドトラック特集|ラテン満載の劇伴が世界的にヒットしたワケ

昨年11月に公開されたディズニー映画「ミラベルと魔法だらけの家」のサウンドトラックが大ヒットを記録している。

「ミラベルと魔法だらけの家」は、ディズニーが「モアナと伝説の海」「アナと雪の女王」に次いで世に送り出したミュージカル調の長編アニメーション作品。南米コロンビアを舞台に描かれた本作の劇伴には、サルサやレゲトンといったラテン音楽の要素がふんだんに取り入れられている。中でも「秘密のブルーノ(We Don't Talk About Bruno)」は全米シングルチャートで1位を獲得するなど、大きな反響を呼んだ1曲だ。

さらに「第94回アカデミー賞」では「歌曲賞」「作曲賞」「長編アニメーション賞」の3部門にノミネートされ、まだまだ話題を集めそうな「ミラベルと魔法だらけの家」。この作品の音楽がここまで人々の心を惹き付ける理由はいったい何なのか。この特集では「ミラベルと魔法だらけの家」を鮮やかに彩る音楽のヒットの秘密を紐解いていく。

文 / 栗本斉

不安定な世相と家族の絆

ディズニーのアニメーション映画「ミラベルと魔法だらけの家」のサウンドトラックアルバムが大ヒットを記録している。2021年11月、映画公開の数日前に発表された本作は、米国ビルボードのアルバムチャートでは初登場197位、翌週が110位とそれほど大きな動きではなかった。しかし、急激に得票を伸ばし、今年1月15日付のビルボード200では、アデルの最新アルバム「30」を抜き、ついに首位を獲得。翌週はガンナの「DS4Ever」とザ・ウィークエンドの「Dawn FM」とう強豪2作品のリリースがあったため3位にランクダウンしたが、それでも1月29日付で再び1位に返り咲いた。そしてその後も首位を独走し、本稿執筆時の最新チャートである2月19日付でもキープし続けて5度目の1位となっている。いくらヒット映画とはいえ、これだけの強豪がひしめく中で、首位を長く記録し続けていることは相当異例のことである。また、映画は「第94回アカデミー賞」の歌曲賞(「2匹のオルギータス」)、作曲賞、長編アニメーション賞の3部門でもノミネートされており、こちらの受賞状況によっては、チャートアクションはさらに加熱するかもしれない。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。

「ミラベルと魔法だらけの家」は、いわゆるミュージカルの体裁を持つディズニーらしい作品だ。近年でいえば、「アナと雪の女王」(2013年)や「モアナと伝説の海」(2016年)などからつながるディズニーらしい作風といってもいいかもしれない。ただ、本作には現代社会を反映したかのようなさまざまなメッセージが隠されている。主人公のミラベルは、魔法を使える一家に住む、1人だけ魔法を使えない少女だ。裏を返すと、ほかの家族と違ってハンディキャップを持った存在の比喩とでも解釈できる。また、家族にはあるが自分にはないという家庭内における疎外感が、カラフルな映像の背景に通奏低音のように描かれている。まんまるメガネをかけたミラベルは、ディズニーがこれまで作り上げてきた主人公のキャラクターにはなかったタイプだし、麻薬やギャングといった一般的にはあまりいいイメージを持たれていないコロンビアが舞台というのも新鮮だ。そして、崩壊しかけている家を、家族の絆で取り戻そうとする様子を描くストーリーも、今の不安定な世相を反映しているといえる。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。

作品を彩るリン=マニュエル・ミランダとコロンビアのスターたち

音楽面を担当したのは、今もっとも売れっ子といってもいいリン=マニュエル・ミランダだ。過去にディズニー映画作品では「モアナと伝説の海」の作曲を手がけ話題を呼んだ彼は、ニューヨーク生まれだが、プエルトリコやメキシコにルーツを持つヒスパニック系である。そのため、彼が作る作品にはメインストリームのポップスやヒップホップを軸にすることも多いが、サルサやレゲトンといったラテン音楽を取り入れるなど自身のルーツを反映した楽曲も多数ある。ミュージカル「イン・ザ・ハイツ」で注目を浴び、「ハミルトン」や「チック、チック…ブーン!」などで高い評価を得てきたが、いずれもラテンの要素が濃厚な傑作ばかりである。

リン=マニュエル・ミランダは「ミラベルと魔法だらけの家」では8曲を書き下ろしている。そのうち、メインテーマ扱いとなっている「愛するコロンビア(Colombia, Mi Encanto)」はコロンビアを代表するベテランのトップスター、カルロス・ビベスが歌唱を担当している。この曲は、アコーディオンが特徴的なコロンビアの大衆音楽であるバジェナートの様式を取り入れながら、現代的なビートをミックスした斬新な作風となっている。中盤でレゲトンの要素を取り入れるあたりは、単に民族的な意匠を取り入れたというよりは、今の時代に合ったラテンポップと言ったほうがいいだろう。また、第2の主題歌といえる「2匹のオルギータス(Dos Oruguitas)」も同じくコロンビアの若きスター、セバスチャン・ヤトラが歌っている。こちらはアコースティックギターで始まるミディアムバラードに仕上がっていて、ノリのいいラテンポップとはひと味違う繊細で優しいナンバーだ。なお、この曲はナオト・インティライミが「マリーポーサ ~羽ばたく未来へ~」というタイトルで日本語カバーしており、日本語吹替版のエンドソングに起用されている。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。

ツッコミどころの多い「秘密のブルーノ」

そのほかの楽曲は、基本的に劇中の登場人物が歌うミュージカルならではのナンバーで、いずれもコロンビアの伝統的なリズムが特徴のバンブーコから最新のレゲトンまでを巧妙に取り入れ、リン=マニュエル・ミランダにしかできないラテンテイストが貫かれている。これらの楽曲の中で、特に注目したいのが「秘密のブルーノ(We Don't Talk About Bruno)」だ。この曲は、未来を予知する魔法を持ったため姿をくらましてしまったミラベルのおじ・ブルーノのことを歌った楽曲で、ミラベルを含む家族のメンバー複数人で交互に歌われる。いわばミュージカルらしい1曲といえるだろう。音楽ジャンルとしては、キューバ音楽のグアヒーラの要素を取り入れた、少しダークな印象のラテンポップとなっている。

本来ならば劇中歌の1曲として片付けられてしまうような楽曲なのだが、なぜかこの曲が大ヒットしている。米国ビルボードの「Hot 100」で「秘密のブルーノ(We Don't Talk About Bruno)」が初チャートインしたのは、映画公開から2カ月近く経ったあとの1月8日付で50位。そして、2月5日付で初の1位となり、2月19日付のチャートまで3週連続で首位を獲得している。先述の通りアルバムもトップを独走しているため、チャート上ではまさに“ミラベル祭り”状態なのだ。これには、劇場公開でのヒットというよりも、ディズニープラスで配信が始まったことによる影響が濃厚だと思われる。

ではなぜ、主題歌扱いのポップな「愛するコロンビア」や「2匹のオルギータス」ではなく、いかにもミュージカルの劇中歌という印象の「秘密のブルーノ」が突出してヒットしているのだろうか。この曲の歌詞を見ると、「ブルーノの話はしない」と歌っているにもかかわらず、全員がブルーノについて語っているという逆説的な面白さがある。加えて、ミュージカルならではのツッコミどころの多いフレーズがそこかしこに多数登場する。こういったセリフ的な面白さが受け入れられ、TikTokなどのSNSで盛んに使用されたことがきっかけのようだ。その効果もあって、Spotifyを始めとするストリーミングサービスのバイラルチャートが急上昇し、ビルボードのチャートにも伝播していったというのが大方の流れと言えるだろう。「秘密のブルーノ」は、いわばノべルティソングとしての機能があり、「とにかく面白いから聴いてみよう、使ってみよう」というような意識で親しまれているのである。

しかし、それだけでは「ミラベルと魔法だらけの家」のサウンドトラックのヒットは成り立たないのではないだろうか。この映画のテーマの大きな柱は“家族の絆”である。崩壊しそうな家と家族を守るために、ほかの家族のような能力がないのに情熱と信念を持って奔走するミラベルの姿には誰しも心が熱くさせられる。コロナ禍で、今まで以上に人と人との絆の大切さを実感する世の中になったからこそ、彼女の生き様は多くの人々に共感を与えたのだ。そのうえでリン=マニュエル・ミランダの秀逸な音楽が全編を彩るとなると、ヒットするのは必然だったといえるし、SNSで拡散されていく図式も納得できる。「ミラベルと魔法だらけの家」は、映画のテーマ、キャラクターのユニークさ、そして音楽の素晴らしさが一体となってヒットした作品なのである。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。

映画「ミラベルと魔法だらけの家」より。