ナタリー PowerPush - まらしぃ

「音楽、あんまり聴いてないです」新世代ピアニストの異色すぎる生い立ち

ソロなら以前の目立ちたがり屋に戻れる

──で、今回3rdアルバム「V-box」をリリースするわけですけど、個人名義の前々作、前作ではストリングスやバンドと共演していたのに対して、今回は完全にピアノ1本、ソリストとしてのアルバムになっています。

レコーディング写真

素晴らしいプレイヤーさんとセッションさせていただいたり、アレンジャーというか、サウンドプロデューサーの方にディレクションしていただいたりしたこともあって、1枚目、2枚目ももちろん自信を持ってリリースできるものになったんですけど、僕は元々、ひとり家でピアノを弾いている動画を評価していただいてデビューしている。だから「いずれはソロで」とは思っていたんです。

──やっぱり、セッションとソロでは心持ちやプレイって変わりますか?

1枚目、2枚目の頃って、ほかの方のプレイのことを考えすぎちゃって、僕のプレイがちょっとおとなしくなっている面もあったみたいなんですよ。子供の頃は目立ちたがり屋だったんですけど、ニコニコ動画の投稿を始めて家からあまり出なくなってから、どうも人と一緒のときには前に出られない性格になっちゃったみたいで(笑)。プロデューサーさんやDMEのスタッフさんからも、しょっちゅう「もっと前に出てこい!」「目立ってこい!」って言われてましたし。でも、ソロなら以前の目立ちたがり屋に戻れる。全部自分で好きなようにノリノリで弾けて、すごく気持ちいいんですよね。緊張感や一体感のあるセッションもすごく楽しいんですけど、ソロはソロで「自分はこうやりたいんです」っていうことを好き勝手に全部できるし、後始末も自分でつけられるから、気もラクなんです。

──自分で後始末をつけたり、責任を負ったりするほうがラクなんですか?

誰にも何も言われないからラクですよ(笑)。「この曲をこういうアレンジにするには、どう着地させればいいんだろう?」っていう道筋を自分で探せるのも面白いですし。

──今作ではボカロ系クリエイターの楽曲を10曲カバーしていますけど、このラインナップになった理由は?

単純に僕が弾きたかったものと、ピアノアレンジしたら面白そうなものや合いそうなもの。それとニコニコ生放送で視聴者の方にリクエストを募って、要望の多かったものを中心に構成してみました。

──ピアノアレンジしたら面白そう、合いそうっていうのはどういう基準で判断するんですか?

……うーん。ピアノっていう楽器の性格上、まずバラード系は合いそうだなっていうのはもちろんあるし、聴いている時点である程度全体の構成や、落とし込み方をイメージできる曲も当然「ピアノに合う曲」って言えるでしょうし……。あとは、僕自身、どちらかというとガガガッと叩くように弾くタイプなので、ゴリゴリのバンドサウンドみたいな曲をピアノ一本で弾いてみても楽しいだろうな、っていうのもありますし……。言葉にするのは結構難しいかもしれませんね。

音ゲーをやるとリズム感が良くなりますよ

──今おっしゃっていたとおり、プレイスタイルはガガガッというか、エモいし、音もデカいですよね。とてもリチャード・クレイダーマンが好きな人とは思えない(笑)。

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それは多分ピアノを再開したあとに出会った音楽の影響ですね。ほら、それまでは音楽という存在自体を完全にシャットアウトしていたので(笑)。

──どんな曲やアーティストに影響を受けました?

それこそ東方であったり、あとはKONAMIの音楽ゲームの「beatmania」だったり。あそこらへんの楽曲、とりわけトランスが大好きなんですよ。トランスってキックがバリバリ入っていたりして、アタックが強いじゃないですか。ピアノアレンジするにあたって、あのサウンドにいくぶんか影響を受けているとは思います。

──ホント、音楽遍歴が面白いですよね。ピアニストに影響を受けた楽曲を訊いて、まさか「beatmania」って答えが返ってくるとは思わなかった(笑)。しかも実際、カバー曲にせよ、オリジナル曲にせよ、その話に納得できるアレンジをしているし。

僕自身、最近気付いたんですけど、左手でリズムや低音を構成しつつ、右手でリードを弾く僕のプレイスタイルやアレンジって、実はすごくトランスやハードコアっぽいんですよね。ただ、オリジナルについては、その弊害みたいなものもあって……。東方や「beatmania」の楽曲って9割方インストじゃないですか。そればっかり聴いてきたから、曲は書けるんですけど、歌詞を書けないんですよ。最初に作ったボカロ曲も詞は流星PさんっていうボカロPの方に書いていただいてますし、今も「曲ができました。じゃあ、この曲は何をイメージした曲なんですか?」「で、タイトルは?」って言われると、とりあえず黙ってしまうという(笑)。そういうこともあって、今みたいに「影響を受けた音楽は?」って訊かれるとホント困っちゃって。「beatmania」の楽曲とか、ボカロとか東方とかは日常的に聴いてますけど、一般的な音楽ファンの方に対しては「すみません! 音楽、あんまり聴いてないです!」って謝るしかないですから。

──あはははは(笑)。でも、みんなが思春期にハマっていたロックなんかを華麗にスルーしたおかげで今のプレイスタイルを獲得できているし、プロミュージシャンにもなれたわけじゃないですか。

まあ、そうなるんですかねえ。あっ、あと、音ゲーをやるとリズム感が良くなりますよ(笑)。僕自身、実際そうでしたし。例えば、さすがに「DrumMania」出身のドラマーさんっていうのはいないとは思うんですけど、ドラマーさんが「DrumMania」をやれば絶対にリズム感は鍛えられると思います。

──確かに常にクリックを聴きながら叩かされているようなもんですからね。

しかも、1音1音「Good」だの「Bad」だのって判定されて、点数までつけられるわけですから。

──そうやってインスト、しかもダンスミュージックを中心に聴いてきたと言う割に、どの楽曲も単純にアタックが強かったり、ダンサブルだったりするだけじゃなくて、メロディアスでもありますよね。どのカバー曲も原曲以上にメロディラインが際立っています。

それはピアノっていう楽器の性質もあるんですよ。ギターってオープンチューニング(変則チューニング)で弾くことで、なんの音だかわからない和音を鳴らすこともできるんですけど、ピアノの場合、調律さえしておけば、鍵盤を押したら絶対に決まった音が出る。逆に言えば、どんな和音を押さえても絶対にコードの中に収まってしまうというか、説明できる和声しか鳴らせないから、響きがキレイになるんだと思います。そのピアノならではの強みであり弱みをいかに活かすか、ということは常に考えていて。原曲はもっとノイジーなんだけど、僕のバージョンではあえてキレイに聴かせてみたり、といった試行錯誤は繰り返してますね。あと今回、グランドピアノともう1台、Rolandの「V-Piano GRAND」っていうスゲー電子ピアノを使ってるんですけど、それはピッチを調整できるので、あえてピッチを狂わせてオモチャっぽい音を鳴らしたりもしていますし。

H ZETT Mさんのような自分の世界を持ったピアニストになりたい

──先程作詞が苦手っておっしゃってましたけど、いずれはまたボカロ曲を作ったり、または歌モノを書いてみたりする予定ってあるんですか?

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ええ。今回収録した5曲のオリジナルのうち、2曲(「空想少女への恋手紙」「blackbox」)は新曲なんですけど、近々ボカロバージョンを投稿してみようと思ってます。それ以外にも具体的な予定があるわけじゃないんですけど、トランスみたいな一切手弾きナシ、完全打ち込みっていう曲も作ってみたいし、レコーディングの休憩中もずっとやってるくらいゲームが好きなんで、ゲーム音楽もやってみたいですし。

──ピアニストとしての目標は?

H ZETT Mさんみたいになりたいんですよ。

──ああ、なるほど!

ホンットに失礼な話なんですけど、正直な話をしますと、お会いするまでは東京事変でキーボードを弾いていた方っていうこと以外、何も存じあげてなかったんですけど……。

──PE'Zのキーボーディストであることなど、露知らず(笑)。にもかかわらず、なぜ共演することに? そしてなぜ憧れのプレイヤーに?

共演したのは、DMEにH ZETT Mさんの所属なさっているプロダクション(World apart ltd.)さんとのコネクションというか、お付き合いがあったことがきっかけです。紅い流星さんと一緒に弾いた「群青日和」の映像をニコニコ動画に投稿してみたり、東京事変のライブの楽屋にごあいさつさせていただいたりしたら、そこから一気に話が進んだって感じで。H ZETT Mさん自身、お茶目な方というか、動画投稿サイトの文化にも肯定的で、ご自分でも「弾いてみた」動画を投稿なさっていたりしたこともあって、こちらの提案に乗ってくださったみたいです。

──一緒にプレイしてみていかがでした?

ホントにすごかったですね。おそらくH ZETT Mさんってクラシック畑のご出身なんですよ。で、僕も「同じ」と言っては失礼になるかもしれないんですけど、クラシックに片足突っ込んだのち、いろいろなことをやらせていただいている。だから、ちょっと通じるところもあるような気がするんですけど、プレイからピアノに対する姿勢は全然違う。全部がブッ飛んでいる上に、H ZETT Mワールドが完全に完成されていた。だから、H ZETT Mさんは、好きなプレイヤーなんてものじゃない。目標です。セッションした方全員に対してビビりまくって「よろしくお願いします」すら言えなかった僕が、H ZETT Mさんにだけは、思わず「このフレーズって、どうやって弾いてるんですか?」って質問しに行っちゃうくらい、衝撃的でしたから。ホントに勉強させていただきました。

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ニューアルバム「V-box」 / 2012年10月31日発売 / 2000円 / dmARTS / DGSA-10051
ニューアルバム「V-box」
DISC1(曲名/オリジナルアーティスト)
  1. 千本桜 / 黒うさ
  2. パンダヒーロー / ハチ
  3. からくりピエロ / 40mP
  4. 想像フォレスト / じん(自然の敵P)
  5. 六兆年と一夜物語 / kemu
  6. アマツキツネ / まらしぃ
  7. pianissimo / まらしぃ
  8. 初音ミクの消失 / cosMo@暴走P
  9. cat's dance / まらしぃ
  10. カゲロウデイズ / じん(自然の敵P)
  11. ハロ/ハワユ / ナノウ
  12. 空想少女への恋手紙 / まらしぃ(新曲)
  13. blackbox / まらしぃ(新曲)
  14. アンハッピーリフレイン / wowaka
  15. ゴーゴー幽霊船(ボーナストラック) / 米津玄師
DISC2(初回プレス分のみ)
(曲名/オリジナルアーティスト)
  1. cat's dance feat. 初音ミク / まらしぃ
  2. からくりピエロ feat. 初音ミク / 40mP
  3. アマツキツネ feat. 鏡音リン / まらしぃ
まらしぃ V-Livebox TOUR
  • 2013年1月25日(金)東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
    OPEN 18:30 / START 19:00
  • 2013年2月10日(日)大阪府 心斎橋Soap opera classics
    OPEN 17:30 / START 18:00
  • 2013年2月11日(月・祝)愛知県 名古屋中電ホール
    OPEN 17:30 / START 18:00
まらしぃ

2008年よりニコニコ動画の「弾いてみた」動画などで活動しているピアニスト。ボカロPとしてもオリジナル曲を投稿している。2010年にDMEから1stアルバム「V.I.P(Marasy plays Vocaloid Instrumental on Piano)」をリリース。その後H ZETT M、紅い流星とのコラボでアニメソングをカバーするアルバム「3D-PIANO ANIME Theater!」を発表したり、クレモンティーヌとのライブ競演、武部聡志&鳥山雄司とのセッションなどピアニストとして幅広い活躍を見せている。2012年10月には初の全編ピアノソロアルバム「V-box」を発表。