ナタリー PowerPush - まらしぃ
「音楽、あんまり聴いてないです」新世代ピアニストの異色すぎる生い立ち
音楽活動再開は「ぷよぷよ」対戦がきっかけ
──なのに、その後に音楽活動を再開していますよね。
高校時代は、たまーに母親に「弾いてよ」って言われてチョコチョコ弾くくらいで、本当になにもしていなかったどころか、音楽を聴いてすらいなかった。ゲームをしている最中に流れる「ポケモン」のBGMを聴いて「ボス戦の曲、カッコいいね」なんて言ってるくらいしか、音楽的な体験はなかったんですけど、「ぷよぷよ」っていうゲームがあるじゃないですか。僕、あれがちょっと得意で、周りの友達をあらかた倒しちゃった頃、ちょうど高校3年生だったんですけど、その頃に「ぷよぷよ」のオンライン版、ネット上で見ず知らずの人と対戦できるパソコン用のソフトを見つけてしまいまして……。
──えーっと。今のところ、音楽の世界に戻ってくる気配がまるでないんですけど……。
大丈夫、戻ってきます!(笑) で、オンラインゲームって、毎晩遊んでいると、顔見知りというか、知った名前が増えてきて、そいつらとゲームだけじゃなくて、チャットなんかもするようになるじゃないですか。僕もそんなぷよぷよ仲間が何人かできたんですけど、ある日、そのうちのひとりが「最近ハマっている曲がある」と。それが「東方Project」の曲で、そいつが「この曲のピアノは絶対に人間には弾けない」みたいなことを言っていたので、ちょっとピアノを弾いていた身としては「ホントかね?」と思って、聴いてみることにしたんです。
──ちょっとお店で弾いて、ちょっとメディアに取り上げられたこともある身としては、その曲のピアノはいかがでした?
「確かにムズいけど、がんばればなんとかなるな」って感じでした。しかも、いい曲だったので「ちょっと弾いてみようかな」ってことでピアノを再開して、その曲をカバーしてみたんです。だから、音楽の世界に戻ってきたきっかけは「ぷよぷよ」(笑)。高校3年生の僕が「受験に支障がない程度にしか遊ばないから」って、反対する親を押し切って「ぷよぷよ」を買ってなかったら、ピアノなんて弾いてなかったと思いますから。まあ、おかげで、肝心の受験の結果はあまりよろしくなかったりもしたんですが……。
──あはははは(笑)。その「東方Project」の楽曲のカバー音源はどこかで発表したんですか?
ええ。練習して、ある程度形になったら、やっぱり誰かに聴かせたいじゃないですか。でも弾いたのを録音したファイルを、その東方を勧めてくれたヤツに投げつけるだけだとつまらなくて。で、当時「ぷよぷよ」の対戦動画をニコニコ動画で漁っていたこともあって「弾いてみた」動画のことは知っていたので、弾いている様子を撮影した映像を投稿して、そのURLをそいつに教えることにしました。
──その人のリアクションはいかがでした?
「マジで投稿したのかよ、スゲー!」と。僕もそれで満足していたんですけど、その後、予想以上に皆さんから反応もあって。元々目立ちたくて、ホメられたくてピアノをやっていたこともあって(笑)、再生回数が伸びたり、コメントをたくさんいただけたりすると、やっぱりうれしいんですよね。「うまい」だの「ヘタだ」だのっていう反応がくること自体すごく新鮮だし、中には「○○の曲も弾いてくれ」なんて言ってくれる人もいて。それで東方を中心に、ネットで流行っているいろんな曲を聴いてはピアノアレンジして動画を投稿するようになったんです。
だから「ショパンをバカにしてる」って怒られたのか!
──「東方Project」の楽曲にせよ、今回のアルバム「V-box」でもカバーしているボカロ系の楽曲にせよ、打ち込み主体ですよね。「鍵盤楽器も弾けることだし、打ち込みをしてみよう」という気にはならなかった?
のちにボカロ曲も投稿しているし、今回のアルバムにもその楽曲を3曲収録(初回生産分のみ)していたりするんですけど、投稿を始めたばかりの頃は「打ち込みで」とは考えなかったですね。というのも、さっきお話したように、みんなが一番楽器やバンドにハマる中高生の頃に、全く音楽を聴いてなかったし、楽器に興味を持つという経験をしてこなかったので。その頃にもしもピアノ以外の何か別の楽器をいじっていれば、もっと早くから打ち込みをしてみたり、バンドアレンジをしてみたりしたのかもしれないんですけど、東方のカバーを始めた当時の僕の中では、楽器を演奏する=ピアノを弾くっていうことだったんです。
──そういうブランクがありながらも、ドラムがあってピアノがあって上モノの楽器があって、その上にボーカルが乗る、いわゆるポピュラーミュージックのピアノアレンジができたのは、やっぱり小中学生の頃の経験のおかげだったりします?
そうですね。子供の頃、母親からよくリチャード・クレイダーマンのCDを聴かされて「この曲弾いて」って言われてたんですけど、家にその譜面はなかったんですよ。だから「どうしよう」って言いながら、ピアノの先生に手伝ってもらって、音源を聴きながら音を拾うっていうことはやっていたので、東方のときも耳コピはそこまで苦じゃなくて。それにお店でJ-POPを弾いていた影響や、ジャズをかじっていてコード理論を多少は知っていたこともあって、アレンジを考えることについてもそれほど問題ありませんでしたし。あと、ショパンの先生に習ってた頃「ここは弾きにくいから変えよう」「だいたい同じように聞こえてればいいじゃん」って言っては怒られていたりと、曲のフレーズをいじるのは昔から結構得意だったんです(笑)。……あっ! だから「ショパンをバカにしてる」って怒られたのか!
──十数年の時を経て恩師の言葉の真意を知りましたか(笑)。ニコニコ動画での活動を始めたのは何年頃なんですか?
4年前だから、2008年ですね。
──じゃあ、2010年、そのわずか2年後には1stアルバム「V.I.P(Marasy plays Vocaloid Instrumental on Piano)」をリリースした、と。
そんなに短いのか。東方の曲を弾きはじめてから、あまりに密度の濃い時間を過ごしてきたから、長いとか、短いとかっていう実感があんまりなかった。
遊んでただけで、こんな話に発展するなんて思わなかった
──「密度が濃かった」ということは、ニコニコ動画での活動を始めてから、ご自身を取り巻く状況は変わった?
友達がいなくなりました!
──いきなり「密度が薄く」なってます!
いや、動画を投稿して反応があると、次の曲も投稿したくなって。また反応があると、また次の曲も、そしてまた反応があって、次も、って繰り返していたら、大学に行く頻度がだんだんと少なくなり……。しかも、ニコニコ動画文化に染まるにつれ、だんだん周りと話が合わなくなり、だんだん家から出なくなり、だんだん高校の同窓会なんかにも誘われなくなり、だんだん友達もいなくなる、と(笑)。ただその一方で、ネットで知り合った人たちとは密度の濃い関係を築けていて。「歌ってみた」の人から「今度『弾いてみた』にギターの動画を上げてる○○さんと、ベースの××さんとライブをやるんだけど、キーボード弾いてくれない?」なんてお願いされて、ライブに出たり、スタジオでセッションしたりとかしてましたから。メンバーとはそのセッションやミーティングが初対面になるんですけど、お互いプレイヤーだから音楽の話ができる上に、ニコニコ動画っていう共通の話題もあるから、すぐに仲良くなれる。ライブが終わってからも一緒にごはんを食べに行くような友達になれるんですよ。僕はバンドをやったことがないから間違ってるのかもしれないんですけど、バンドマン同士、ウマが合うのもこういう理由なんじゃないですか。
──100%そうでしょうね。で、先程触れたとおり、2010年にデビューします。きっかけは?
今もそうなんですけど、動画を投稿するたびにTwitterに「○○って曲を上げましたよ」って告知していたら、それをニコニコ動画の運営の方が見ていたらしくて。その人とやり取りしている中で「CDリリースに興味はないですか?」ってお話をいただいて、DME(ドワンゴ・ミュージックエンタテインメント)を紹介してもらったんです。
──そのオファーをもらったときの心境は?
そりゃもう、うれしいに決まってますよね(笑)。動画を投稿して「あれも弾いて」「これも弾いて」なんて言われたり、たまに「ヘタクソ、死ね!」って言われて「うるせえ!」って返したりして遊んでいただけで、そんな話に発展するなんて思ってもみなかったですから。
──そして、まらしぃさん名義でのボカロ曲のカバーアルバム2枚と、「弾いてみた」出身の紅い流星さんと、PE'Zのキーボーディストで元東京事変のメンバーでもあるH ZETT M(ヒイズミマサユ機)さんという2人のピアニストとのアニソンカバーアルバム「3D-PIANO ANIME Theater!」をリリース。さらにはクレモンティーヌや武部聡志さん、鳥山雄司さんとの共演もしています。
一度完全に音楽を絶った身としては、もう一回がんばれる機会が巡ってきただけでもありがたいのに、恵まれてますよね。アルバムに参加していただいた方々も、共演させていただいた方々も、ホントに豪華メンバーですから。実際、最初の頃はどなたに対しても「よろしくお願いします」すら言えない、お会いするだけでビビっちゃってビビっちゃってしょうがなかったですから(笑)。
DISC1(曲名/オリジナルアーティスト)
- 千本桜 / 黒うさ
- パンダヒーロー / ハチ
- からくりピエロ / 40mP
- 想像フォレスト / じん(自然の敵P)
- 六兆年と一夜物語 / kemu
- アマツキツネ / まらしぃ
- pianissimo / まらしぃ
- 初音ミクの消失 / cosMo@暴走P
- cat's dance / まらしぃ
- カゲロウデイズ / じん(自然の敵P)
- ハロ/ハワユ / ナノウ
- 空想少女への恋手紙 / まらしぃ(新曲)
- blackbox / まらしぃ(新曲)
- アンハッピーリフレイン / wowaka
- ゴーゴー幽霊船(ボーナストラック) / 米津玄師
DISC2(初回プレス分のみ)
(曲名/オリジナルアーティスト)
- cat's dance feat. 初音ミク / まらしぃ
- からくりピエロ feat. 初音ミク / 40mP
- アマツキツネ feat. 鏡音リン / まらしぃ
まらしぃ V-Livebox TOUR
- 2013年1月25日(金)東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
OPEN 18:30 / START 19:00 - 2013年2月10日(日)大阪府 心斎橋Soap opera classics
OPEN 17:30 / START 18:00 - 2013年2月11日(月・祝)愛知県 名古屋中電ホール
OPEN 17:30 / START 18:00
まらしぃ
2008年よりニコニコ動画の「弾いてみた」動画などで活動しているピアニスト。ボカロPとしてもオリジナル曲を投稿している。2010年にDMEから1stアルバム「V.I.P(Marasy plays Vocaloid Instrumental on Piano)」をリリース。その後H ZETT M、紅い流星とのコラボでアニメソングをカバーするアルバム「3D-PIANO ANIME Theater!」を発表したり、クレモンティーヌとのライブ競演、武部聡志&鳥山雄司とのセッションなどピアニストとして幅広い活躍を見せている。2012年10月には初の全編ピアノソロアルバム「V-box」を発表。