マカロニえんぴつの音が生きている、ロックアルバム「physical mind」完成 (2/3)

ロックに対する信仰を深めたい

──「physical mind」の1曲目「パープルスカイ」はこのアルバムの方向性を示唆するような、豪快なロックチューンです。テレ東系の警察ドラマ「コーチ」の主題歌として制作されたかと思いますが(参照:マカロニえんぴつが唐沢寿明主演ドラマの主題歌担当、ひさびさのアップテンポナンバーに)、こだわったポイントなどは?

はっとり 最初、ドラマサイドからはミディアムテンポの曲をお願いされていたんですよ。でも、「あまり気にせず作ってください」ともおっしゃっていただけたので、こういう形になりました。制作の終盤、アルバム全体を見渡したときにライブでお客さんの腕が自然と上がるようなアッパーな曲があまりなかったから、底抜けに明るいロックチューンを作りたいなと思って、このアルバムの中で最後に完成した曲なんです。で、まずAメロの裏で鳴っているギターリフが最初にできて、そこにメロディを重ねて、イントロを作ってサビを考えて。加えて、ドラマーが気持ちよく叩けるテンポがよくて、「ドラマーにとって気持ちいいテンポってなんだろう?」と考えたときに、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの「リライト」のテンポってどれくらいだろうと思って調べてみたんです。

田辺 (BPMが)178ぐらいだっけ?

はっとり そう。それで「リライト」を参考に、ギターをミュートしながら弾く際に手首が追いつくギリギリのテンポに設定したら、こちらの作戦通りにドラムの高浦(“suzzy”充孝)がすごく楽しそうに叩いてくれて。

田辺 すげえフィルを叩いてたもんね。

はっとり 「すごく楽しいです!」と言ってくれたし、録り終わったあとのラフミックスを聴いたあとに「自分が叩いたのか信じられないぐらい、ドラムのフレーズやノリがすごくカッコよくて。うまく引き出してくれてうれしいです」ってLINEをくれましたからね。

田辺 よっぽど楽しかったんだね。でも、そういう顔してたもんなあ。

はっとり アジカン様様です(笑)。そのドラムが下地にあったから、俺らもそこにつられて荒っぽい演奏になったし。

高野 この曲、ベースはピック弾きだったんです。本来ならオルタネイト(ピッキング)のほうが演奏は安定するものの、高浦の右手の動きに合わせたくてAメロとかサビはずっとダウン(ピッキング)で弾いてます。実際、彼のテイクが引っ張ってくれてすごくノリやすくて、レコーディングも楽しかったですよ。

高野賢也(B, Cho)

高野賢也(B, Cho)

──「パープルスカイ」でライブが幕開けする絵が目に浮かびますし、そもそもアルバム全体がライブのセットリストのような流れですものね。

はっとり アルバムの構成はライブのセトリをかなり意識したので、そこも伝わっていてよかったです。

──歌詞に関してはいかがでしょう。「呪われて」というフレーズにドキッとさせられますが、これもドラマのストーリーが反映されたものなんですよね。

はっとり ドラマのネタバレになるからあまり詳しくは言えないですけど、唐沢寿明さん演じる主人公が実はすごく大きな悲しみを抱えたまま、いろんな人を救っていて。その正義感がどこから湧いてくるのか、それがだんだん紐解かれていく話なんです。その物語を自分に置き換えたりしつつ、悲しみを前向きなものに変換する。どんよりしていた心を空になぞらえて、その空が明るく晴れてきているのに、前向きな気持ちを物理的に相手に伝えられない悲しみとか歯がゆさのようなものも込めています。さらに、きっと俺の潜在意識の中では、ロックというものに呪われながらバンドをやっている、そういうメタ的な視点もあるのかなと歌詞を書きながら感じて。制作のときには自分が憧れているものに導いてもらうこともけっこうありますね。書き終わったあとに読み返してみるとさっきの高浦のドラムじゃないけど、自分ではなく別の人が書いたような感覚もありました。

──なるほど。

はっとり それは、ロックバンドの意地とかロックに対する自分の熱、だんだんロックのことを信じられなくなったり、ずっと大好きだと思ってたのにちょっと心が離れたり、こんなにロックとの距離が変わるなんて想像してなかった、でも「呪われている」ことで自分の中で踏ん切りがついて安心するという……今一度ロックに対する信仰を、自分の中で改めて深めたいという思いが、実はサウンドにも歌詞の裏側にも潜んでいる気がしていますね。

マカロニえんぴつ

マカロニえんぴつ

マカロニえんぴつ

マカロニえんぴつ

子守唄から激しいロックへ

──ロック色濃厚な作風の中で、「きみは天使で」はすごくいいフックになっています。作曲は長谷川さんですが、どんなイメージで作ったんでしょう。

長谷川 聴く人にとって癒しになればいいなと思って、子守唄のつもりで書いたんですよ。最近はSNS疲れとか、いろんな煩わしいことが世の中に蔓延しているじゃないですか。そういうストレスを抱える皆さんが寝る前に聴くことで少しでも癒されてほしくて。かつ、子供たちが年齢を重ねて聴き直したら、また違う聴き方ができるような深みも持たせたかったんです。

──童謡って大人が聴いたときにドキッとするような、裏の意味もあったりしますしね。ちょっと緩めのレゲエテイストといいますか、このテンポ感含めて非常に心地よいです。

長谷川 昔ながらの童謡も、よくよく聴いてみると16ビートでシャッフルだったりすることも多くて、その心地よさを求めた結果レゲエ調の緩やかなリズムにたどり着いたんです。マカロニえんぴつにはこういうタイプの曲がなかったのもあったし、はっとりくんの声を張らない歌い方も好きなので、そこをメインにした優しい曲調になりました。

はっとり デモ音源の段階で曲の音像が優しく歌うように作られていたから、それはもう言われなくても歌い方を変えないとな、とは思ってたよ。

長谷川 はっとりくんに何か伝える前に、「これって子守唄だよね」と言われましたし。

長谷川大喜(Key, Cho)

長谷川大喜(Key, Cho)

──「三つ目がひらく頃には四つ音が揃う」という歌い出しの歌詞もちょっと数え歌みたいですし。

はっとり そこも子供を寝かしつけるようなテイストですよね。デモ音源が意思を持っていたので、それを拡大解釈するだけだったんですが。よっちゃん(田辺)が作曲した「ロング・グッドバイ」もそうだけど、デモの段階で「最終的にはこういうふうにブラッシュアップしたいんだろうな」というのが見えていたので、認識の齟齬はなかったですね。

──その後、アルバムは「NEVERMIND」で再び空気がガラッと変わります。序盤のひんやりしたテイストから激しいロック調へと移行する展開、それでいてちょっとダンサブルという。

はっとり 全体的にライブ感重視でフィジカルを感じさせるロックの曲が中心ですが、普段の作品だったら1、2曲は入っている“キテレツ曲”が今回はないなと感じていたので、コロコロと展開が変わるスタジオライクで実験的なものもここでやってみようと。かつ、怪しげな雰囲気やちょっと狂気を帯びたものを作りたくて、そういう歌にしてみました。実は、デモの段階ではベースは入れてなくて。普通のコードのルートをなぞっちゃうと、まったく面白くないものになっちゃうので、スタジオで賢也と相談しながらベースラインを作っていったんです。で、結果的にベースのコードの聞こえ方がけっこう明るくなってきたから、じゃあギターや鍵盤は何を入れようかとアイデアを広げていって、連鎖しながら進んでいった感じですね。

──冒頭から鳴っているピアノのリフも印象的です。

はっとり あれはリズムともども打ち込みなんですけど、かっちりとクオンタイズした機械的なシークエンスと、そのあとで激しく展開する揺れのあるバンド演奏との対比を楽しんでもらいたくて。ピアノの音色に関しては、大ちゃんと相談しながら決めていきました。そこに、オルガンとかも重ねてもらって。「NEVERMIND」は今回のアルバムの中では一番音を重ねたほうじゃない?

長谷川 そうだね。今回はシンプルな曲が多いし。

田辺 ギターもちょっとLed Zeppelinっぽいダイナミックさがあって、それも厚みがあるよね。

──はっとりさんの歌唱に関しても、打ち込みパートでは個性的な文節の区切り方をしていて、ちょっと機械的な歌い方をしていますが、ハードな演奏になると伸びやかさが伝わってくる。その対比も面白かったです。

はっとり そこを含めて、ジャンルのカテゴライズが難しい曲ができました(笑)。

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田辺の得意技