小林私がキングレコードの新レーベル・HEROIC LINEからメジャーデビュー。フルアルバム「象形に裁つ」が発売された。
「象形に裁つ」というタイトルは、なかなか難解だ。リリースに際して小林は「ある側面から見て、全てのモノは全ての象徴、形に裁っている、あるいは裁たれているわけですが、僕の楽曲のなかで特に裁ってるな~と思ったものを入れました。ではそれは健康を患っておらず、光を投げていないかというと、そういうわけでもありません」とコメントしているが、やはりわからない。
その真意を探るべく、音楽ナタリーでは小林本人にインタビュー。本作に込められた思いや、その根底にある哲学、人生観を語ってもらった。
取材・文 / 天野史彬
メジャーデビューしても変わらない“営み”
──こうしてソロインタビューでお話を聞くのは、約2年ぶりとなります。このたびリリースされるアルバム「象形に裁つ」はキングレコードの新レーベル・HEROIC LINEからのリリースで、いわば“メジャーデビュー”ということになります。この先の活動についてはどんな展望を持っていますか?
特に考えていないですね。将来のことをあまり考えられないんです(笑)。めちゃくちゃ直近のことと、すごく遠くのことしか考えられない。「道中は知らんけど、なんか、人生はよくなるだろう」と思っています。そういう希望的観測で生きています。
──小林さん、そういうところある気がします。
足元を見て絶望しているけど、道の先ではすごくいいことが起きるだろう、と思っている。歌詞にも、悲観と楽観の両方を書いている気がします。
──小林さんは根本的に“人が生きている”ということを肯定的に見ているのだろうなと感じます。
そうですね。営みはいいものだと思っているし、人間は美しいなと思ってます。家の近くに市が作った花壇みたいなのがあるんですけど、いつ見てもきれいな状態になっていて。「これを定期的にお世話している人がいるんだな」と思うと、すごく感動したりして(笑)。
──レーベルを移籍して、小林さんを取り巻く環境は大きく変わったかと思いますが、曲を生み出す原動力に変化はありますか?
そこは変わらないですね。基本的に暇なときや心穏やかなときにしか曲は作らないと決めているので。心が落ち込むことがあったときや失恋したときにそれを曲にするという人もいると思うんですけど、最終的にプラマイで見たら、それはプラスにはならないと思うんですよね。嫌なことがあって、それを原動力にして、いい曲ができちゃったら、この先ずっと嫌なことを求めて生きなきゃいけなくなる。そうなったらしんどいので、なるべくフラットな気持ちのときに曲を書くように意識しています。
──ポップミュージックにおいて、ミュージシャン自身の悲劇的な出来事が楽曲と紐付けられて語られることは多くあると思いますが、小林さんはそうしたものからは距離を置いていると言えますね。
単純に消費者の目線として、それは健全なことではないなと思うので。僕も消費される側として、気を付けたいなと。
──ご自身が消費される側である、ということは意識されますか。
顔を出して、ネットでやる以上、どうしてもコンテンツにはなっちゃうので(笑)。Twitterでも最近はなるべく面白くないことを言おうとしています。無理に変なことを言うのはやめようって。日常の延長線上で、趣味で音楽を作ってるよ、くらいの感じでいたいです。
──聴いた人の反応はどのくらい意識されますか?
どうなんでしょうね。普通に「よかったね」と言われたらうれしいし、「よくない」と言われたらムカつきますけど(笑)。そもそも、自分が「聴きたい」と思う曲がなかったから音楽をやり始めたというのもありますし。“いい曲”のイデアがあり、それを模倣しようとがんばっているイメージなんですよね。頭の中にある“最高の曲”という不定形なイメージがあって、その影を追い求めている。そういう作業をしている気がします。これは、みんなそうだと思うんですけどね。音楽だけでなく、生き方でもなんでも。
“四角”という無機物モチーフ
──今作の「象形に裁つ」というタイトルはどういった理由で付けられたんですか?
「可塑」という曲を作っているときによく考えていたことなんですけど、赤瀬川原平が「四角形の歴史」という本の中で、「外には地続きの風景があるけど、それを窓から見ることによって、窓の四角形の中の景色をひとつのワンシーンとして切り取っている。同じように絵画のキャンバスも、ひとつの窓として捉えることができる」ということを書いていて。それを読んで、大きな世界から自分が思う形をすくいとることが制作だよなと思ったんです。
──「四角」という曲もありますが、この曲もそうした気付きがモチーフとしてあったのでしょうか?
「四角」は書こうと思ったタイミングを明確に覚えていて。自分の部屋を見渡したときに、有機物がなさすぎて「この部屋、死んでるな」と思ったんです(笑)。四角いものばかりあるし、気持ち悪いなって。それで書き始めました。そのあと豆苗を育ててみたんですけどね。すぐ枯らしました。
──ある面では、小林さんは四角に惹かれ続けているのかなという気もします。
そうですね、スクエアは好きです。美大生の頃は、3年生からずっとレゴブロックをモチーフにした抽象画を書いていましたし。受験生の頃も、僕は無機物を描くのが得意で。あくまで絵の話ですけど、無機物は真剣に追えば追うほど面白く見えてくるんです。逆に有機物は追いすぎると味気がなくなってしまうモチーフで。
──「四角形の歴史」という本からインスピレーションを受け、曲にするに至ったきっかけなどはあったんですか?
ちょうど「WEBザテレビジョン」の連載(「私事ですが、」)で「あぶない言語化」というエッセイを書いたタイミングだったんです。そこで「四角形の歴史」に書かれていることを引用していて。そのとき書いた内容と近いことを、「可塑」では書いています。そもそも「言語化」という概念がもてはやされすぎなんじゃないか?という感覚があって。僕は「言語化がうまい」とよく言われるんですけど、それって素直に喜んでいいことなのかな?とずっと考えています。
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「めちゃくちゃにしてください」くらいの気持ち