小林私の2ndアルバム「光を投げていた」が3月9日に自主レーベル・YUTAKANI RECORDSより配信リリースされた。
昨年1月に1stアルバム「健康を患う」をリリース後、ロックフェスティバル「VIVA LA ROCK 2021」への出演や、NHKの音楽番組「シブヤノオト」への出演など活動の幅を広げ、シンガーソングライターとして勢いを増している小林。新たに立ち上げたレーベルからリリースされた2ndアルバムには、清竜人が作詞・作曲・編曲したリード曲「どうなったっていいぜ」をはじめ、木暮晋也(ヒックスヴィル)、勝原大策、井上惇志(showmore)が演奏し、The Anticipation Illicit Tsuboiが大胆なピアノアレンジやヒップホップ要素を加えた1stシングルの「生活」のリアレンジバージョン、アレンジを浅野尚志が担当し、レコーディングにBOBO、奥野真哉(ソウル・フラワー・ユニオン)が参加した「冬、頬の綻び、浮遊する祈り」など全8曲が収録されている。
音楽ナタリーでは本作の特集として、小林と清へのインタビューに加え、音楽ライター・imdkmによるアルバムのレビューを掲載。インタビューでは小林が清にオファーした経緯を明かす一方、清はこのコラボで引き出そうとした小林の魅力や、音楽活動を続けるためのアドバイスを語っている。
取材・文 / 天野史彬撮影 / 草野庸子
スタイリスト / IORIヘアメイク / Seiya Ohta
小林私「光を投げていた」imdkmレビュー
注目を浴びる新人の2ndアルバムとして、「光を投げていた」は申し分ないクオリティに仕上がっている。とりわけサウンド面での充実によってポップソングとしての間口は一層広がっている印象だ。しかし、冒頭を飾る「生活(rearrange)」のインパクトはそれだけではない、ただものでなさを帯びている。
40秒を超える張り詰めたイントロと、ヘビーなブレイクビーツ。生々しい手触りを残しながらも丁寧に展開していくビートは、憂いをたたえてときに歪んでゆく小林私のボーカルを一層雄弁に響かせている。「生活(rearrange)」でプロデュース、録音、ミックスを手がけたのはThe Anticipation Illicit Tsuboiだ。1stシングル(のち、2021年のアルバム「健康を患う」に収録)としてリリースされたバージョンがクールで軽やかなタッチだったことを思うと、その大胆なアレンジに驚く。しかし、一番印象に残るのは、濃い目の味付けにも動じることのない小林自身の歌の佇まいだ。
小林は以前、インタビューで「力の入った歌詞があってそこに準ずるメロディがあれば、どんなアレンジメントが入っても大丈夫だろうと思ってるし、サウンドに負けないだろう」と頼もしい発言を残している。そうした確信と、確信に裏付けられた柔軟さは「健康を患う」にも表れていたと思うし、「光を投げていた」にも感じられる。
さらに清竜人を招いた「どうなったっていいぜ」では、編曲ばかりでなく作詞・作曲もほかのアーティストに委ねている。楽曲の展開も、歌詞の言葉選びも、清竜人のカラーが強い。しかし“提供された曲”だからといってアルバムの中で浮くことはなく、堂々と自らのレパートリーへ迎え入れているかのようだ(もちろん、小林に向けて的確なパスを渡した清の仕事がそれを支えていることも間違いないが)。
「光を投げていた」には、順調なステップアップにとどまらない小林の意欲と地力が滲む。自身のレーベルも立ち上げ、いっそう旺盛な活動に期待がかかる。
小林私×清竜人インタビュー
「インモラリスト」の衝撃
──このたび、小林さんの新作アルバム「光を投げていた」収録の「どうなったっていいぜ」を清さんが作詞・作曲・編曲、さらにミュージックビデオまで手がけられたということで、今日はお二人にお話をしていただけたらと。お二人が初めて会ったのはレコーディングのときですか?
小林私 そうですね。レコーディングで初めてお会いしたんですけど、緊張しすぎて全然覚えてないです(笑)。
清竜人 僕は、小林くんはジェームズ・ディーンに似てるなと思いました。それが初対面のときの印象(笑)。
──なるほど(笑)。そもそも、今回のコラボはどういった経緯で始まったんですか?
小林 僕がもともと、竜人さんを好きで。僕がアニメを見始めたきっかけの「ドラゴンクライシス!」という作品があるんですけど、堀江由衣さんが歌うオープニング曲「インモラリスト」を清竜人さんが書いていらっしゃったんですよ。それまで声優さんが歌う曲も聴いてなかったし、アニメやマンガにも触れたことがないくらいだったんですけど、いろんな意味ですごい衝撃で。「インモラリスト」は今でも聴きますし、ずっと頭にあって。今回のアルバムを作るにあたって、スタッフから「誰かと何かできたら」という話が出たときに、ホントにダメ元で「清竜人さんとかどうですかね」と提案したら、請け負っていただけました。
清 僕自身の楽曲提供のキャリア的には、ほとんど女性のアーティストの方に提供しているものが多くて。それはもともと、堀江由衣さんに曲を提供していたこともあるし、清 竜人25というアイドルグループをやっていたことのイメージも大きくあると思うんですけど。その中で、小林くん含めて3人くらいしか男性には曲を書いてないんですよ。しかも、小林くんのように自分自身で楽曲も制作するシンガーソングライターとコラボレーションするのは、本当に今回が初めてのことで。やっぱり、ボーカルディレクションするにしても、女の子とやったほうが楽しいじゃないですか(笑)。
小林 (笑)。
清 だから、男の子と一緒にというのは、そもそも発想としてなかったんだけど、キャリア的に13、14年くらいやってきて、かわいい女の子と仕事するのもちょっと飽きてきたところがあって(笑)。ちょうどそういうタイミングで小林くんサイドからお話をいただけたので、モード的にはニュートラルに向き合えたし、有意義に作品作りができましたね。
アンダーグラウンドよりもオーバーグラウンドに向けて
──清さんが作られた「どうなったっていいぜ」は、小林さんとしてはどのように受け取られましたか?
小林 やっぱり、自分じゃ絶対書かない歌詞だし、メロディや符割りも、もちろん自分からは出てこない感じで。僕自身、気持ちが根暗だから、こういう歌詞って自分では書けないと思うんですよ。
──タイトルからして「どうなったっていいぜ」ですもんね。
小林 でも、人に書いてもらうことで演じられるというか、ある種、無責任に乗っかれるところがあって。脚本や舞台があって、そこに「イチ役者として乗っかってください」と言われているような感じで向き合いました。
清 小林くんの声やビジュアルを自分の中で認識して咀嚼したうえで、どういうキャラクターの楽曲にするのがいいかを考えて進めたんですけど、僕としては、とにかく小林くんが色っぽく見える、カッコよく見えることを大前提に考えたいなと思っていて。男も、女の子も、パッと見て、パッと聴いて「カッコいいな」と感じてもらえるものを作りたかった。そう考えたときに、小林くんの今の年齢やビジュアル、スタイルとかを全部含めて考えると、若々しくてちょっと荒っぽい粗暴な匂いもさせつつ、それが色気につながっている世界観にできたらいいんじゃないかなと。そういう構成を目指しましたね。
──これまでの小林さんを知っている人ほど、新鮮に響く曲ですよね。
清 せっかくコラボレーションするので、彼の新たな引き出しを開いてあげないとな、とは思っていて。僕が関わることで、次のステージに行けるような、あるいは、新しいファンが付くきっかけになればいいなと。そう考えたときに、あまりナードな世界に向けての作品にしたくなかったんです。今後、今よりももっと多くの人に評価されるアーティストになってほしいと思うし、それは実際に携わってみて、より強く思いました。小林くんは未来があるアーティストだと思うので、マスに向けてというか、アンダーグラウンドじゃなくてオーバーグラウンドの人たちに向けて届くような作品にしたいという気持ちがすごくありました。その第一歩となるような楽曲にしようというところから作り始めましたね。
──小林さんの「光を投げていた」というアルバムタイトルは、どういったところから付けられたんですか?
小林 アルバムの中に入っている「光を投げれば」という曲から取っているんですけど、「光を投げれば」という言葉自体は、量子力学を調べていたところから出てきたんですよね。何かを見る、認識するということ……例えば、今目の前にあるコップであったら、僕がコップを見ているということは、コップに反射した蛍光灯とか太陽の光を目が知覚している状態なんですよね。で、そうやって何かを知覚する動作自体をすごくミクロに見ると、その物の位置感も変わるらしいんですよ。
──「コップを見る」という行為によって、実はコップの位置が変わっている?
小林 そう、超ミクロの話ですけど、「見る」という行為自体で、その物の位置が超厳密には変わっているらしくて。そうやって、自分が何かを見る、何かを行う、何かを発信する、そういうことから見える自分、あるいは他者や社会もあるのかなって。アルバムタイトルと「光を投げれば」という楽曲は、そういう意識で書きました。
清 今、量子力学の話が出たので思い出したことが。詳しくはわからないので全然違う話かもしれないけど、僕、酔っ払うと「僕らが見ている太陽って、8分くらい前の光を見てるんだよね……」という話を女の子に話し始めるんです。「厳密に言うと、もしかしたら僕は、君の残像を見ているのかもしれない。だから、こうして触れ合っているときだけは、本当なんだよね……」って、よく手を握っちゃうという。
小林 はっはっは(笑)。
清 それを思い出しました(笑)。
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小林私の「役者」としての魅力