加藤ヒロ|52歳、M&Aで成功を収めたビジネスマンが音楽の世界へ

1つひとつ小さな階段を登って

──今年の3月には立ち上げに関わったGCAを退社され、フリーになられたんですよね。音楽を主軸に置くという決断をされた今、ご自身の未来に対してはどんなビジョンを描いていますか?

ミュージシャンとしてのゴールや夢みたいなものは当然ありますけど、たぶんそれを叶えることは、ここから一生かけても無理だろうなという気持ちもあるんですよ。この年齢になると、生きている間に何か1つのことを完成させるのはなかなか難しいですからね。とはいえ、会社員と違って音楽には定年がないわけで。その中で僕にできることといったら、とにかく続けていくことしかないなと思っています。好きな音楽を続けていけること自体が、僕にとっての幸せでもあるので、少しでも自分の成長を感じられる限りは音楽を続けていくつもりです。あきらめることはいつだってできるわけですから。

加藤ヒロ

──続けることで叶っていく夢もきっとあるはずですしね。

そうそう。1つひとつ、小さな階段でもいいから着実に上っていければ、それで全然いいなって思ってます。

──加藤さんの表情を見ていると、音楽をやれていることが楽しくてしょうがないという気持ちが伝わってきます。

誰かにやらされているわけではなく、自分の意志で好きなことをやれているのがやっぱり大きいですよね。何よりもそれが根本にあるから、ハングリー精神を持ってがんばれるというか。昔は苦手でしたけど、地道に歌やギターの練習をするのも今はまったく苦じゃないですからね。ギターに関してはなかなかうまくならないんだけど(笑)、ここ1年くらいで俄然楽しくなってきたところもあります。

──曲作りはどうですか?

正直、曲作りは一番しんどいです(笑)。今もわからないことだらけですから。でも、完成したときの充実感はほかの何と比べても桁違いなんでね、ホントに楽しくやれています。

青春時代の音楽から受け取った個性

──今回リリースされたアルバム「雨上がりの朝に」は、どんなふうに作り上げていったんですか?

今回は、曲のストックが増えれば当然アルバムという1つの作品になるであろうと最初から意識して、1曲ずつ積み上げていきました。これまでの活動で形作ってきた世界観はもちろん、それ以外の表情も新しいチャレンジとして表現したいという思いもあったので、結果的に1つのアルバムとしてバランスの取れた作品になったかなと。これまでリリースしたアルバムはできた曲をすべて収録するというスタイルだったんですけど、今回は若干曲のストックに余裕があったので、アルバムに入れたい曲を選りすぐることができたのも充実感を得られたポイントでした。

──加藤さんがナビゲーターを務めているラジオ番組「MIDNIGHT RUNWAY」(愛知ZIP-FM)内には、与えられたテーマをもとに楽曲を書き下ろす「マンスリーソング」というコーナーがありますが、今作には「スタートライン」「幸せなレイディオ」「ラスト・ワン・マイル~明日に向かって走れ~」など、そこで生まれた曲が複数収録されています。

はい。その企画がなかったら、たぶんコンスタントに曲を書けなかったような気がします(笑)。だから、自分としてはいい宿題を出していただいたなと思っています。僕としてはテーマをいただくことで曲作りがしやすくなることもわかったし、これまではそういう書き方をあまりしたことがなかったので、いい勉強になりました。

──ご自身の経験や記憶をもとにゼロから曲を生み出すことが多いとおっしゃっていましたもんね。

はい。ただ、それも今回のアルバムを作り終えたことで、尽きてきたような感覚もあるんですよ。なので、今後は新たな曲の作り方を見つけていかないといけないなと。今までのようなスタイルで書き続けても、新鮮味のない曲しか生まれないような気がしていて。

──なるほど。

仕事を辞めてみて改めてわかったことなんですが、これまでは自分の経験を反映して、働いている人に向けたメッセージを込めた曲が多かったなと。でも、せっかく音楽をメインにしようと新しい世界に踏み出したわけなので、今までの自分に縛られることなく、これまでとは違った視点で曲を作りたいなと思っています。

加藤ヒロ

──本作の楽曲も、年齢関係なく幅広い世代が共感し得る曲だなと思います。

そうですね。少しずつですけど、徐々にそういった変化を積み上げられているのかなと。

──今作のアレンジはすべて、テレビアニメや映画の音楽制作や、DedachiKentaさんの楽曲などで手腕を発揮されているサウンドプロデューサー・KOSEN(Colorful Mannings)さんが手がけています。どれも1980年代のテイストを感じられる楽曲で、個人的にすごくヒットしました。

ありがとうございます。アレンジに関しては、デモの段階でなんとなくの方向性を相談することはありますけど、基本的にはKOSENさんにお任せしているんです。僕は自分をよく見せたり、自分を売り込んだりするのが苦手な人間なので(笑)、あくまでも僕は素材として存在していようと。ただ、仕上がったアレンジを聴くことで、自分の曲が持つ個性や、それに似合うスタイルみたいなものを客観的に感じられるところがあって。僕自身も1980年代の音楽の世界観はものすごく好きなので、それを自分の曲で表現できているのはうれしいですね。

──映画「渋谷行進曲」の主題歌として書き下ろされた「赤い薔薇」は、メロディからして懐かしい歌謡曲テイストだなと感じました。

昭和ですよね(笑)。さっき少し話したラジオ番組に「温故知新カバー研究所」という企画があるんですが、そこで1980年代、場合によっては1970年代の曲を中心にカバーしているんですよ。その経験を通して、新たに自分の中に取り込まれたものがこの曲には出ている気がします。もちろん実際に1980年代に自分が聴いていた音楽から自然と受け取った影響もあると思いますが。

──アルバム表題曲「雨上がりの朝に」もすごく素敵でした。この曲はコロナ禍に書かれたものだそうですね。

恋愛モノの歌詞や、今までになかった曲調、そしてアコースティックな雰囲気を生かしたKOSENさんのアレンジも含め、1人で仕事を続けながら音楽を作っていた以前の僕には作れなかったと思いますね。この曲のテーマは“閉塞感からの脱却”なんですが、コロナ禍の中での状況が反映されていて。ステイホーム期間中、たくさん曲を書いたのにどれもいまいちパッとしない状況が続いたんですが、そんな停滞感に対してサビの「グッバイ」という歌詞が出てきたのかなと。このフレーズを思いついたとき、大きな手応えを感じましたし、ひさしぶりに自分でも「いいな」と思える曲ができてすごくうれしかったです。

──曲中で歌われている新しい旅立ちというメッセージは、今のご自身の境遇にも当てはまるものでしょうし。

そうですね。何かから抜け出したいという強い思いがあの曲を作ったんだと思います。

音楽、ビジネス、農業の3本柱で描く未来

──8月には本作を引っさげて東京、愛知、広島、大阪を巡る全国ツアーも開催されると伺いました。

ライブそのものがひさしぶりなので、すごく楽しみです。自分で言うのは恥ずかしいですが、この1年半ほどの活動を通して、歌やギターに対して密かに手応えを感じてる部分があって。なので、それを今回のツアーにぶつけられたらいいなと思っています。過去に僕のライブを観てくれた人に、「全然違うじゃん!」と言ってもらえるようなライブにしたいですね。

──きっとこのツアーで得た手応えが、またご自身の未来につながっていくわけですね。

そうだったらいいなと思っています。ここからは音楽人としての加藤ヒロを主軸にして、これまで自分が見たことのない新しい世界に踏み込んでいきたい。もちろん職業人としての活動も続けますし、M&Aなどといった今までの経験をもって、広く皆さんのお役に立てたらいいなと。あと自分のビジョンとしてはもう1つ、“自然人”としても生きていきたい思いもあるんですよ。

──Twitterを拝見すると、加藤さんは野菜を育てたり田植えをされたりしていますよね。

そうなんですよ。自然に触れることがとても楽しくて。ゆくゆくは農業を始めて、トラクターを運転したいんです(笑)。自分の人生において音楽が中心であることは間違いないんですが、僕の場合、音楽だけで勝負できる才能があるとは思っていない。だからほかの人との差別化を図る意味でも、ここからは音楽、ビジネス、農業の3本柱でやっていきたいんです。それらをミックスすることで新たに生まれるものもきっとあるはずだし、それが自分なりの個性になったらいいなって。そんなことを今は考えていますね。

ライブ情報

加藤ヒロ CONCERT TOUR 2021「雨上がりの朝に」
  • 2021年8月15日(日)東京都 下北沢CLUB251
  • 2021年8月21日(土)愛知県 sunset BLUE
  • 2021年8月28日(土)広島県 Yise
  • 2021年8月29日(日)大阪府 umeda ALWAYS
加藤ヒロ