ナタリー PowerPush - 石橋凌
「SHOUT of SOUL」な表現者人生を振り返る
「今年は1本でも多くライブをやりたいと思ってます」。2012年1月14日に東京キネマ倶楽部で行われたキャリア初となるソロライブで、そう話した石橋凌。公約通り、去年は俳優業と並行させながらも数多くのライブを行ってアーティストとしての表現活動を充実させたわけだが、その集大成的な意味で発表されるのが、12月16日の赤坂BLITZ公演の模様を収めた映像作品「SHOUT of SOUL」だ。
今回は石橋に、この1年を振り返ると同時に過去と現在と未来を存分に語ってもらった。
取材・文 / 内本順一 撮影 / 広川智基 衣装協力 / BLACK SIGN
今の時代に見合うものを歌っていきたい
──2011年12月に初のソロアルバム「表現者」を出されて、最初のソロライブが2012年1月の東京キネマ倶楽部。今回の映像作品のボーナストラックにその模様が収録されていますが、この公演のチケットは即完となり、オークションで数万円の値が付きました。
ああ、そうですか。そういうのが少しでもうちに回ってくるといいんですけどね(笑)。
──ははは(笑)。まあ、本当にひさしぶりのライブでしたし、ソロでは初ですからね。たくさんのファンが待ちわびていたわけですが、凌さんとしては大きな場所でバーンと派手にやるのではなく、あえてお客さんとの親密な関係が築けるあのくらいの場所を選ばれたわけですか?
うん。アルバムが形になる前からどういうふうにソロをやろうか、どういう会場でライブをやるのかというのは、ぼんやり模索していたんですね。で、キネマ倶楽部は僕の最初のソロシングル「カクテルトゥナイト」(2002年発売)のPVを撮影したところで、いい空間だなって思っていたし、自分が目指す音楽性もちょっと時代めいたものだったので、あそこがいいんじゃないかなと。キャパ的には、はっきり言ってまったく見えなかったんですよ。
──見えなかったというと?
どのくらいの人が来てくれるのか。それはもう、かなりのブランクがありましたからね。自分の名前と顔を、ミュージシャンとしてよりも俳優として認知されている方のほうが多い時代になっていたので、まずはどうやって「いや、私はもともと歌い手なんですよ」ってことを信じてもらえるのか(笑)。そこはけっこう模索したし、いろんな人の意見も聞きました。俳優業もやっているから、音楽業界のことは昔のバンド時代より疎くなってましたしね。その中で自分なりに思っていたのは、昔のバンドのネームバリューにすがってやるのは嫌だということ。まあ、そのネームバリューがこの時代においてどれだけのものかっていうのもあったしね。何しろ「昔こういうバンドをやってたんですよ」っていうふうに大仰には出ていきたくなかったんです。だからもっとちっちゃいジャズクラブみたいなところでもいいのかなと思ったし、いろいろ考えてあそこにしたんです。
──キャパと雰囲気の両方で、あの会場はピッタリだった。
うん。それとあとひとつ、どの場所でやるにしても椅子を置くということは決めてましたね。とりあえず中盤まではお客さんに椅子に座ってもらって、ゆっくり音と歌を聴いてもらいたい。それは強い希望でした。僕のお客さんの年齢を考えるとだいたい40代から50代なわけで、椅子を設けてじっくり聴いてもらうのが、まあ普通なのかなと。スタンディングっていうのは、これはもう若い人たちの祭りごとっていうかね(笑)。いつの時代からか最初からスタンディングっていうのが当たり前になりましたけど、僕が若い頃に観に行ってた外タレのコンサートなんかは、やっぱり椅子席があったんですよ。で、だんだんとステージ上が熱を帯びてくると、お客さんも次第に立ち上がっていくっていう感じだった。音楽って本来そういうものじゃないかって思うんですよね。
──そうやって座ってじっくり聴くと、これはアレンジによるところもあるでしょうし、自分が歳を重ねたこともありますが、かつてよく聴いていたARB時代の曲の歌詞のニュアンスがずいぶん違って響いてくるんですね。昔は気付かなかった言葉の意味にハッとしたり、または新しい意味が加味されたり。以前とは異なる歌の広がり方があったんです。
うん。旧曲に関しては、自分が歌詞と曲の両方を書いたものだけをリアレンジして歌っていくと決めたんですね。で、その中でも今の自分がもう1回歌って心地いいと思えるかどうか。そしてそれをお客さんに提供するにあたって、その言葉が今の時代にもちゃんと浸透するものなのかどうか。そこは考えます。この時代に歌う必要のないものなら、歌わなくていいわけですから。ただやっぱり僕の中でも非常に大きかったことですけど、震災によっていろんな価値観だとか人の気持ちが動いたわけじゃないですか。だからソロアルバムの曲にしても、録音したのは(「AFTER'45」を除いて)震災の前だったんですけど、震災の前とあとでは聞こえ方が違ってきてますよね。ですから、より慎重にもなります。特に言葉の選び方に関しては。旧曲にしても新曲にしても、今の時代に見合うものを歌っていきたいというのは強く思いますね。
お袋が「あんた、なんでいつも怒ってるの?」って
──それから、ソロで歌うようになってからの凌さんはステージ上でとてもにこやかですよね。かつてはいつも怒った表情で歌っていたものですが。
当時、音楽誌にこういうインタビュー記事とかで写真が載るでしょ。お袋がそれを見て言ってましたもん。「あんた、なんでいつも怒ってるの?」って(笑)。
──怒ってましたねえ。写真でも、ライブでも。
そうそう(笑)。まあ、そういう日常だったんですよ。それくらい余裕がないというか。デビューしてまず音楽業界の内情を見て、現実を知ったわけですよね。そこでもうぶち切れた。フェアじゃないと。ちゃんとしたモノ作りがなされてなくて、しがらみだとか政治力とかで動いてるってことを実感したし、臭いものには蓋をしろみたいな風潮があったし。それに対して「なんなんだ!」っていうところから始まって、で、自分たちは自分たちのやり方を行動で示そうということで当時の事務所を辞めてワンボックスカーで日本国中、ドサ回りして。とにかく余裕がなかったし、目の前の壁を壊すことで必死だったんですよね。
──今はステージ上で何度も笑顔を浮かべ、音楽を心から楽しまれている。本当に楽しそうに歌ってますよね。
うん。それもソロで音楽活動を再開させるときに決めたことなんですよ。もう昔みたいに使命感では歌いたくない。ストレスやプレッシャーを抱えて音楽をしたくない。それならやらないって。あの頃は音楽を楽しむどころか、自分が演奏できる土壌を作るために費やした時間とエネルギーのほうが大きかったんですよね。それはもう嫌だったし、また歌うのなら自分自身が楽しみたい。それまでの時間を自分の中で取り戻したかったんです。
──ARBを始める以前の自分を取り戻すということですね。
そうです。10代のときに九州でアマチュアでやっていたときのような音楽をしたい。だからアルバムのレコーディング前に、その当時聴いていた音楽をもう1回聴き直したんですよ。それは僕の土台になっている音楽ばかりなんですけど、やっぱりちっとも色褪せていなかった。今の時代にちゃんと通じるような普遍的な音楽ばかりだったので、自分もこれを求めていきたいなっていうふうに思って。
──今は心底音楽を楽しめているという実感がありますか?
ありますね。それを支えてくれているのが今のサポートメンバー(池畑潤二、藤井一彦、渡辺圭一、伊東ミキオ、梅津和時)で。名実ともに日本でも指折りのミュージシャンが集まってくれているので、余計な心配はぜんぜんいらないんですよ。リハーサルも短期間でバシッと決まるし、僕の思った通りというか、それ以上のリアレンジをしてくれるし。
──バンドとしても観るたびにこなれていってるのを感じます。3月末に渋谷CLUB QUATTROで行われた「青春ラプソディ」というイベントに凌さんも出演されましたが、キネマ倶楽部から1カ月半のあの時点でもう見違えるほどのグルーヴが出ていた。バンドは生き物だなあと、それを観て強く思ったんですよ。
ああ、ホント? まあ、それぞれがすごいバンドをやってる人たちなんでね。バンドのグルーヴというものを心得ているから。ただ、僕はバンドを組んでるつもりはないんですよ。あくまでも僕が歌い手で、それを支えてくれる人たちっていうところでお願いしているので。そういう意味で、歌い手に専念できるっていうのが大きいんですよね。やっぱりうまい人たちの演奏で歌うのは楽だし、楽しい。だからもっと自在に歌いたいっていう気持ちになるしね。もっとフリーに歌いたい。あのバンドとは別に、去年は新宿PIT INNで梅津(和時)さんと板橋(文夫)さんと3人でやったりもしましたけど、サックスとピアノだけで完璧に世界を作ってくれて、そこに乗っかって自由に歌ったのも自分にとってすごく刺激的でしたね。
──歌うことの喜びと表現の自由度がどんどん増していっているようですね。
うん。本当にそうですね。
- ライブDVD / Blu-ray「SHOUT of SOUL」/ 2013年3月27日発売 / avex trax
- DVD 5250円 / AVBD-92028
- Blu-ray 6300円 / AVXD-91622
収録内容
Interview 1
- 魂こがして
- 乾いた花
- HIP,SHAKE,HIP
- Heavy Days
- 待合室にて
- Just a 16
- 淋しい街から
- 最果て
Interview 2
- 形見のフォト
- TOKYO SHUFFLE
Interview 3
- いい事ばかりはありゃしない
- Dear My Soulmate
Interview 4
- 抵抗の詩
- ダディーズ・シューズ
- Do it! Boy
- 喝!
- 我がプレッジ
Interview 5
- 縁のブルース
- ピカドンの詩
- R&R AIR MAIL
- SOUL TO SOUL
- AFTER'45
- パブでの出来事
BONUS TRACK~DVD version
- PALL MALLに火をつけて
- RESPECT THE NIGHT
BONUS TRACK~Blu-ray version
- 最果て
- PALL MALLに火をつけて
- RESPECT THE NIGHT
- 我がプレッジ
総尺:DVD 146分、Blu-ray 156分
~現在進行形の熱きソウルの共鳴!!!~
2012年12月16日に赤坂BLITZで行われた、石橋凌のソロライブ「SHOUT of SOUL」を収録。アルバム「表現者」のレコーディングメンバーでもある最強のバンドメンバー(池畑潤二、渡辺圭一、伊東ミキオ、藤井一彦、梅津和時)に加え、スペシャルゲストとして出演した仲井戸麗市との“魂と魂のコラボレーション”も含めた全23曲と、石橋凌本人がたっぷり語った貴重なインタビューを本編に収録。特典映像として、2012年1月に開催された「東京キネマ倶楽部」での初のソロライブ映像が追加収録され、総尺150分にもおよぶ“表現者”石橋凌の今の姿を余すことなく捉えたドキュメント作品。
石橋凌(いしばしりょう)
1956年生まれ福岡県出身のミュージシャン、俳優。1977年に結成され、数々のアーティストに影響を与えて2006年に解散したロックバンドARBのボーカルとして知られる。また、1990年から現在まで並行して役者としての活動を行っている。2011年12月にアルバム「表現者」を発表して音楽活動を再開。その後ライブ活動も精力的に展開し、2013年3月には赤坂BLITZ公演の模様を中心としたライブDVD / Blu-ray「SHOUT of SOUL」をリリースした。