これがindigo la Endにとっての“大衆音楽”、多彩な楽曲が織り成す「哀愁演劇」の舞台裏

indigo la Endがメジャー7thアルバム「哀愁演劇」をリリースした。

「哀愁演劇」はindigo la Endにとって約2年8カ月ぶりとなるフルアルバム。バイラルヒットした「名前は片想い」を含む15曲が収録されており、より磨き上げられたindigo la Endらしさと、これまでにない斬新さの両面を、シンプルなバンドサウンドで堪能することができる。

本作のリリースを受けて、音楽ナタリーはindigo la Endの4人にインタビュー。「大衆に寄り添うこと」を意識したという本作の制作背景や、バンドの現在のモードに迫っていく。

取材・文 / 森朋之撮影 / 入江達也

幅の広がりが出たアルバム

──メジャー7thアルバム「哀愁演劇」がリリースされました。前作「夜行秘密」から約2年8カ月ぶりのフルアルバムですね。

川谷絵音(Vo, G) だいぶ空きましたね。もうちょっと早く出すつもりでだったんですけど、タイミングを逃してたんですよ。武道館でのワンマン(参照:indigo la End、全25曲を届けたストイックな初武道館公演)もあったし、「ここじゃないよね」という感じが続いて。そのうちに曲数がどんどん増えていって、結局ここまで引っ張ってしまいました。

──じっくり制作できたという実感も?

川谷 そうですね。単純に制作期間が長かったので、「こういう曲がないから作ろう」みたいなこともできて。「名前は片想い」(今年1月リリース)が多少ヒットしたおかげで、若干、方向転換することもできましたし。

──バイラルヒットした「名前は片想い」はかなりポップに振り切った曲ですよね。

川谷 ポップな曲を作ろうと思ったわけではないんですけどね。武道館ライブのちょっと前くらいにキャッチーなメロディが降りきて、「これでいいか」という感じで作った曲なので。「武道館の最後に演奏して、そのあとにリリースするのはどうだろう」と思ってたら、想像以上にみんなが受け入れてくれたという。なので最初から「ポップな曲を作ろう」とは思ってなかったです。

──若いリスナーにも届いてるみたいですね。

長田カーティス(G) スタッフさんから「最近、若い人がindigoの曲を聴いてる」って言われたことがありますね。

川谷 そうなんだ。結果的にそういう、若いリスナーに届く曲になったのかも。

indigo la End

indigo la End

──アルバム「哀愁演劇」もすごく充実していて。indigoらしさをしっかり継承しつつ、新しいトライも感じられる作品だと思います。

後鳥亮介(B) ありがとうございます。シングルとしてリリースした曲もたくさん入ってるんですけど、アルバムを通して聴くことで改めて「いいな」と感じることもあって。新しい曲に関しては、制作に時間をかけた分、より幅広くなったんじゃないかなと。いいアルバムだと思います。

長田 ただ、個人的にはすでにちょっと飽きちゃってるんですけどね。まだ出す前なのに。

川谷 はははは。

長田 最近気付いたんですけど、僕は制作やレコーディングを積み上げていく過程が好きなんですよ。その楽しさを皆さんと共有できたらいいなって。

──では、今回のアルバムの制作で特に楽しかったのは?

長田 いろいろあるんですけど、一番面白かったのは「ヴァイオレット」と「春は溶けて」かな。もともと「ヴァイオレット」は原田知世さんへの提供曲、「春は溶けて」はFM802「ACCESS!」のキャンペーンソングで、2曲ともセルフカバーなんですけど、原曲との対比というか、いかにindigoらしさを出すかを考えて、いろんなパターンでアレンジして。

川谷 どっちも原曲は違うギタリストが弾いてるからね。

長田 「春は溶けて」は原曲のアレンジャーがトオミヨウさんだし。原曲のアレンジもすごく好きだったんだけど、それをindigoに落とし込むにあたって、かなり試行錯誤したんですよ。原曲を超えなくちゃいけないというプレッシャーもあったし、苦労しつつ楽しめましたね。

──全体を通してリズムも多彩ですが、佐藤さんはこのアルバムをどう捉えていますか?

佐藤栄太郎(Dr) さっきも話に出ていましたけど、メンバー個々の手札が増えたと言いますか。やれることが増えてバンドの幅が広がっているし、それが顕著に出ているアルバムだなと思いますね。

佐藤栄太郎(Dr)

佐藤栄太郎(Dr)

川谷 なるべく同じようなことはしないようにしているというか、違う種類の曲を作ろうという意識はあったかも。今回、弦や管楽器をほとんど入れてないんですよ。入ってるのは「春は溶けて」だけで。

──ありのままのバンドサウンドを体感できるアルバムですよね。

川谷 そうですね。そのうえで曲の幅を広げようとしていたので、そこは面白いところなのかなと。そうしないとこっちも飽きちゃうんで。

長田 そうね(笑)。

──そもそもストリングスやホーンを入れなかったのは、どうしてなんですか?

川谷 最初は入れようと思ってたんですよ。でも、バンドで録音したら「別にいらないか」と思って。今までは弦をかなり多めに入れていたので、そこからの揺り戻しみたいな感じもあるのかな。

佐藤 さっきも言ったように、バンドでできることが増えてますからね。人間は変化するものだから、演奏していて「前はこうだったけど、今はそうじゃない」ということもあって。それがいい方向に行くことが多いんですよね。このアルバムにもそれが出てるんじゃないかなと。

後鳥 うん。メンバーとそういう話をすることはあまりないけど、それぞれ幅が広がってると思います。

後鳥亮介(B)

後鳥亮介(B)

大衆に寄り添った音楽を

──「哀愁演劇」というアルバムタイトルはどのように決めたんでしょうか。

川谷 いつもそうなんですけど、アルバムを作るときはまずタイトルやテーマを決めるんです。そうすることで向かうべき方向がわかるし、やる気も出てくるので。前のアルバム(「夜行秘密」)を出したあと、もうちょっと大衆に寄り添った音楽をやりたいと思い始めて。“大衆”から“大衆演劇”を連想して、そこから「哀愁演劇」というタイトルになった感じですね。

──今までは大衆に寄り添ってなかった?

川谷 「夜行秘密」がわりと音楽的なアルバムだったので、ちゃんと受け入れられた曲が「チューリップ」くらいだったから、もう少しポップス然とした音楽をやらないとけないなと。

──「indigo la Endとしての大衆音楽」ということですよね。単に売れる曲という意味ではなくて。

川谷 そうですね。ただ、大衆音楽をやるには1回変わる必要があると思っていて。「何を出しても聴いてもらえる」という状態にならないと、結局好きなことはできないんですよ、大衆音楽の世界では。僕らは全然そこまで行ってなくて、「夏夜のマジック」とか「名前は片想い」以外はそんなに聴かれてないんで。いつもファンが聴いてくれて終わりというか。それもありがたいことなんですけど、このままだと長くやっているだけのバンドになってしまうんじゃないかなと。

川谷絵音(Vo, G)

川谷絵音(Vo, G)

──音楽的評価は伴っていると思いますけどね。

川谷 そう言ってもらえるのはうれしいんですけど、数字で見るとまだまだなんで。僕らとか、もっと上の世代のバンドは「ライブの集客はあるけど、曲はそこまで聴かれていない」という人たちが多くて。それはある意味、ラッキーな状態でもあるんですよね。今のバンドはTikTokでバーッと一気に聴かれたりするけど、ライブにはそこまで人が集まらなかったりするので。そう考えると僕らはどっちつかずというか(笑)、少なくとも大衆音楽でもなんでもない。そこはもうちょっとどうにかしないといけないと思ってます。「名前は片想い」がちょっとヒットしたくらいで喜んでるようではダメですね。

佐藤 上には上がいますからね。音楽的な評価をいただけるのはうれしいですけど、僕らよりも全然キャリアがない人たち、昨日今日音楽を始めたような人たちがすごい大衆性を獲得している状況があるので。もっとがんばらないといけないし、音楽家として精進しないと。

──音楽家としてやりたいことを追求しつつ、幅広く聴かれることも目指したいと。

佐藤 そのバランスを取れるのが理想なんじゃないですかね。それは僕らだけでなく、音楽をやっている人はみんな心の底で思っていることだと思いますよ。時間がかかるかもしれないですけど、がんばっていけばいい結果が出ると信じてます。

──長田さんはどうですか? 自分たちの音楽を大衆に届けるために、キャッチーなフレーズを意識することもありますか?

長田 いや、それはあまりないですね。自分がこのバンドでやるべきことは、スキルアップをしたり、目新しいフレーズや技法を取り入れたりして、より一流に近付くことなのかなと思ってるので。それが大衆性につながるかはわからないけど、バンドにプラスになることをやっていると思ってるし、より多くの人に知ってもらうための近道を歩んでいるつもりです。

長田カーティス(G)

長田カーティス(G)

──大衆性ということで言えば、歌詞も重要ですよね。

川谷 そうですね。「名前は片想い」が聴かれたのも、半分くらい歌詞の力があると思っていて。キャッチコピー的な要素もあるし、歌詞とミュージックビデオの相乗効果も含めて、今の10代の人たちにもある程度届いたのかなと。ただ、わかりやすい歌詞にしようとは思ってないんですよ。ふざけた歌詞は別にして、普段は聴いてる人がいろいろと想像できるものがいいなと思っているので。わかりづらいところもけっこうありますからね、僕の歌詞は。