ナタリー PowerPush - 星野源
宇多丸と語り明かす恥の美学
16歳から25歳まで書き溜めた暗黒の歌
──音楽制作はいつごろから始めたんですか?
星野 僕は16歳から25歳くらいまで、自宅でこっそりと暗黒の歌を作り続けていました(笑)。
宇多丸 あはははは(笑)。その暗黒の歌は録音物として残ってるんですか?
星野 実家にカセットテープとMDで残ってますよ。自分でカセットに「ファーストアルバム」って書いてあって。しかも、ちゃんとA面とB面で構成を考えて。本当に恥ずかしい(笑)。
──そのカセットに録音されているのは、全部暗黒の歌なんですか?
星野 基本的に。人の関係について歌ってるものが多かったです。あとは「死にたい」「死ねない」「涙が出ません」みたいな。実家にガサ入れが入ったら、かなりマズいと思います(笑)。
宇多丸 「どんなビジネスの要請があっても、これだけは絶対世に出してくれるな!」と家族に厳命しておいたほうがいいですよ。それが自分の死後、未発表曲としてリリースされたらキツいじゃないですか(笑)。
星野 確かに!(笑) そういえば僕、「エピソード」ってアルバムを作る前に暗黒の歌を全部聴き直したんですよ。過去の自分と一回向き合っておこうと思って。キツい修行でした。
宇多丸 あはははは!(笑)
星野 歌詞は本当にひどかったですけど、よく聴くとメロディにはちょっといいのがあったので、それはメモって(笑)。あと、さらなる修行として、「部屋」というイベントで、その暗黒の歌を3曲ライブで披露したんです。一番ひどい時期の曲と、ちょっとだけマシになった時期の曲と、現在につながってる曲とで。そのうち2曲は自分でフェードアウトするんですよ。当時はそういう録音機材も持ってなかったし、やり方も知らなかったんですよね。
宇多丸 自分でだんだん声と演奏を小さくするってこと?
星野 はい。その頃は、ちょっとでも本物っぽくしたかったんだと思います。自分でフェードアウトするのってすっごい恥ずかしいんですよ(笑)。
宇多丸 お客さんの反応はどうだったんですか?
星野 温かい雰囲気で爆笑してくれましたよ。本当にあのとき会場にいたお客さんには感謝してます(笑)。
自分たちの1stアルバムは知らない新人のデモテープだと思ってる
──宇多丸さんにはそういう恥ずかしい作品ってあるんですか?
宇多丸 僕の場合は、星野さんと比べると音楽をやり始めたのが相当後だから、星野さんが言うところの恥ずかしい作品がCDとして世に出ちゃってるんです。生き恥ですよ。しかも、生き恥の時期は自分が年齢を重ねるごとに常に更新されていくんです。ちょっと前までは、1stアルバム「俺に言わせりゃ」が生き恥中の生き恥だったんですけど、今はもう知らない新人のデモテープだと思えるようになりました(笑)。
──なるほど(笑)。
宇多丸 だから、ファンに「1stが好きなんですよ」とか言われると本気で「なめてんのか!? この野郎」って思います。1stアルバムのとき、俺はもうそこそこの年齢だったんです。よっぽど才能がある人じゃない限り、ほとんどの作品は生き恥になる可能性があるんですよね。
──そういう意味では、星野さんは早熟ですね。
宇多丸 うん。さっき星野さんが言ってた、友達のバンドを観て「ああいうの恥ずかしい」って思ったというエピソードが象徴的だと思うんですよ。逆にそれを観て「自分もやりたい」って思う可能性だってあるわけじゃないですか。でも、星野さんは「恥ずかしい」と思って、安直にバンドをやらなかった。音楽に関して言うと、「ああいうの恥ずかしい」って感覚がみんな希薄すぎると思う。表現したいという欲は、なんでも“良きもの”みたいな風潮があるけど、それは全然違うと思う。
星野 すっごいよくわかります。恥ずかしさに対して「見ないようにしてるな」ってよく感じます。そこに触れようとすると「邪魔するな」みたいな感じになる。それが嫌で。恥ずかしいものは恥ずかしいし、人前に出るってことは全て恥ずかしいことだと思うんです。でも「恥ずかしいから俺は嫌だ」と言って、何もやらないのもダサい。だから結局は「自分のフィルターをいかに持つか」ということが重要になってくると思うんです。歌に関しても「もっと早くから人前でやってればよかったじゃないですか」って言われるんだけど、「それは違うよ」と。初めからやってたら、とんでもないことに……。
宇多丸 暗黒テープとかMDが、作品として世に出るってことだからね(笑)。
──今回「フィルム」という前向きな楽曲ができるまでには、さまざまな苦労があったんですね。
星野 そうですね(笑)。
宇多丸 「フィルム」の発想は面白いなと思いました。実際だったら血が出たり、ゾンビに食われたりするのは嫌だけど、フィクションにするとそれがエンタテインメントになるっていう。
星野 あの曲は、辛いこともフィクションとしてならエンタテインメントとして許容できてしまう人間の懐の深さをイメージして書きました。でも本当に辛い出来事が起きてしまったときって、先が見えないような気持ちになっちゃうじゃないですか。そんなときに自分が生きている今現在を映画の1シーンと置き換えられたら、「まだこの後のストーリーがあるぞ」と思えたり、「ちゃんとこの先を作ろう」って思えるんじゃないかって。だから、フィクションや嘘って、人間にとってすごく大事なものだと思うんです。
宇多丸 ストレートな表現はインターネットや報道で増えてるけど、今のこの震災後の空気感をストレートに歌われたらちょっと辛い。せめて音楽ではメタファー的な表現とかが求められている気もするんです。だから、「辛いけど前にいこう」っていうのをそのまま歌われると、「お前、それ歌詞ノートの1行目に書いてあるやつだろ?」って思っちゃう(笑)。「上を向いて歩こう / 涙がこぼれないように」みたいな「うまいこと言うじゃない!」っていうのが重要だと思うな。
星野 まったくその通りだと思います!
星野源(ほしのげん)
1981年1月28日、埼玉県生まれ。シンガーソングライターであり、俳優。代表的な出演作はテレビドラマ「11人もいる!」、「ゲゲゲの女房」など。2000年には自身が中心となりインストバンドSAKEROCKを結成。2005年に自主制作CD-Rで初のソロ作品「ばかのうた」を制作し、2007年にはこの作品をベースにしたCDフォトブック「ばらばら」を発売。2010年に1stアルバム「ばかのうた」をリリース。翌2011年には2ndフルアルバム「エピソード」を、2012年には2月8日にシングル「フィルム」をリリースした。J-WAVE「RADIPEDIA」では水曜日のナビゲーターを担当。
宇多丸(うたまる)
1969年5月22日、東京都生まれ。RHYMESTERのラッパーとして、日本のヒップホップシーン黎明期から活躍しており、「B-BOYイズム」「リスペクト」「肉体関係 part 2 逆 featuring クレイジーケンバンド」「ONCE AGAIN」など多数の代表曲を発表している。さらに2007年4月からは、自身のラジオ番組「TBS RADIO ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」をスタート。2009年6月に同番組で、放送界で最も栄誉ある賞と言われる「第46回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞」を受賞した。ほかにもクラブDJや映画評論家、アイドル評論家としての顔も持つ。