ヒトリエ「PHARMACY」インタビュー|より自由に、新しい音を求めた新体制アルバム第2弾

ヒトリエのニューアルバム「PHARMACY」が完成した。

新体制での初のアルバム「REAMP」以来およそ1年4カ月ぶりとなる本作には、「3分29秒」「ステレオジュブナイル」「風、花」といったシングル曲に加え、7曲の新曲を収録。前作と同じくシノダ(Vo, G)、イガラシ(B)、ゆーまお(Dr)がそれぞれ作曲を手がけ、アレンジの幅も大きく広げるなど、バンドとしての新たな可能性が感じられる作品に仕上がっている。

音楽ナタリーではアルバムのリリースに向け、メンバー3人にインタビュー。前作「REAMP」以降のバンドの変化、「PHARMACY」の制作についてじっくりと語ってもらった。

取材・文 / 森朋之撮影 / 斎藤大嗣

自分たちの中に生まれた好奇心と義務感

──音楽ナタリーでのインタビューは、シングル「3分29秒」のタイミング以来となります(参照:ヒトリエ「3分29秒」インタビュー)。まずは昨年行われた前作アルバム「REAMP」のツアーについて聞きたいのですが、今振り返ってみると、ヒトリエにとってどんなツアーでしたか?

シノダ(Vo, G) 「どうやら俺たちのライブはいいらしいぞ」という実感がありましたね。ライブを観た知り合いづてに聞いて……。

イガラシ(B) “知り合いづて”なんだ(笑)。

シノダ (笑)。もちろん自分たちも「いい感じのライブができている」という手応えがありましたね。ライブアルバム(今年1月リリースの「Amplified Tour 2021 at OSAKA」)を出そうってことになったのもそういうことだろうし、「3人でやっていけるのかもしれない」という確信のようなものはありましたね。あと、「ここからもっとよくなっていく余地がある」という感じもあって。

シノダ(Vo, G)

シノダ(Vo, G)

──バンドとしての可能性が感じられると、それ自体が活動のエンジンになりますね。

シノダ そうですね。「よくなっていく」というのは、自分の足りてない部分が見えてきたということでもあって。俺の歌もそうだけど、「ここをがんばればよくなるじゃん」って、具体的に努力すべき箇所がわかってきたんですよ。これまでは「どうしたらいいんだろう?」というパニックの中でやっていたのが、どんどん整理されてきた感覚がありますね。

ゆーまお(Dr) うん。「やってみよう、作ってみよう」というところから始まって、実際にアルバムが完成して。ツアーを通して、「なるほど、こういう曲だったのか」と具体的になったのも大きいのかなと。一度止まったものを違う形で動かすにあたって、腰の重さみたいなものあったんですよ。でも、今の状態に至るまでに、自分たちの中に好奇心と義務感が生まれてきてたんです。「こうやったら面白くなりそう」という好奇心と「バンドを続けないといけない」という義務感。そうやってこれまでの経過を振り返れるくらいまでは進んできたのかなと。

──なるほど。イガラシさんは前回のインタビューで、「ベースを練習してうまくなりたい」「アルバムを出して、ようやくツアーを回り始めたことで、そこに取り組めそうな片鱗を感じています」とコメントしていました。

イガラシ ……ベースが飛躍的にうまくなることはありませんでしたね。

シノダ そうか~(笑)。

イガラシ というか、当時は3人でライブをやることに対して、良し悪しすら感じてなかったんですよ。でも、前回のアルバムのツアーで取っかかりはつかめたのかなと。自分たちの演奏を聴いて「今のはよかった」という部分が発生し始めたし、それを大事にしたほうがいいなと。あと、昨日のリハでもコツをつかみました。

シノダ え、そうなん?

イガラシ 3人になって音数が減ってしまったので、それを感じさせないようにがんばってたんですよ。でも、「隙間を大事にしたほうがいいんだな」という感じがちょっとわかってきて。それによって演奏に躍動感が出ることもあるし、ぜひ次のライブで試したいです。

シノダ その場で言ってよ(笑)。

ヒトリエ

ヒトリエ

ポップで明るい曲でもヒトリエというバンドを担保できる

──シングル「3分29秒」のあと、今年1月に新曲「ステレオジュブナイル」を配信、さらに5月にはシングル「風、花」をリリースしましたね。ニューアルバム「PHARMACY」に向けた制作も去年から続いていたんですか?

シノダ アルバムの制作は今年に入ってからですね。新曲を書き下ろすのはもちろん、ストックもかなりあったんです。「REAMP」に収録できなかった曲だったり、「今だったらやれる」という曲もあって。カードの山が目の前にあって、そこから「今、アルバムを作るんだったら」という感じで選んで、デッキを組んだというか。「REAMP」のときは「どうしよう」と迷っていたし、「とにかく正解を出さなくちゃいけない」という感じもあったんですけど、今回はもっと俯瞰できてた気がします。

──サウンドやアレンジも幅も広がって、自由度も増してますよね。

シノダ かなり自由にやりました(笑)。「風、花」が大きなきっかけだったんですよ。ポップで明るい曲でもヒトリエというバンドを担保できると思えたし、あの曲が生まれたおかげで、「この先、もっといろんな音楽が作れるな」と。実際、「こういう曲はどう?」って提示しやすくなりました。

──「風、花」は、ゆーまおさんの作曲ですね。

ゆーまお はい。「ポップなものを作ってみよう」というテーマがあったんですよね、実は。それをしっかり形にできたのは確かに大きかったかも。イントロのシンセも、デモの段階から入れてたし。

シノダ シンセの音色にもこだわってましたね。

イガラシ シンセのフレーズもそうだけど、めちゃくちゃ明るい曲ですよね。「REAMP」のときもそうでしたけど、ゆーまおのメロディはポップだし、ほかの誰にも出せないものがあって。それをシングルとして聴いてもらえたのもいいな、と。演奏はコクがあるというか、意外と古くさいことをやってるんですけど、そのバランスも面白くて。

シノダ 70年代のディスコみたいな感じで。

ゆーまお そう。ビンテージのドラムを使いたかったんですよ。

イガラシ ベースもいつもよりいなたい音にして。ドラムとベースを録った時点では、「これ、大丈夫かな?」って話してました(笑)。

シノダ いいものは録れてるんだけど……。

ゆーまお 「これはアリなのか?」って(笑)。ただ、完成した「風、花」を聴いて、古い印象を持つ人はいないと思うんですよ。

ゆーまお(Dr)

ゆーまお(Dr)

イガラシ うん。満足度が高い取り入れ方ができました。

──「ステレオジュブナイル」もゆーまおさんの作曲ですね。こちらもポップ度が高いですが、ゆーまおさんはヒトリエの中でポップ担当みたいになってるんですか?

ゆーまお 担当ではないですけど(笑)、短調ではなく、長調で曲を作ってしまいがちなんです。「ステレオジュブナイル」を作ったときは、明るくて速いギターロックをやりたい気持ちもありました。

やっとこういう曲もやれるようになった

──では、アルバム「PHARMACY」の新曲について聞かせてください。1曲目の「Flashback, Francesca」は、ダンスミュージックのテイストをバンドに取り込んだ楽曲です。どこか享楽的なところもあって、前作にはなかったタイプの楽曲なのかなと。

シノダ 「REAMP」のときは、とてもじゃないけどこういう楽曲をやる雰囲気じゃなかったんですよ(笑)。それからアルバムを出して、ツアーをやって、少しずつバンドのムードも変わってきて。「Flashback, Francesca」という曲自体は前回のアルバムのときからあったんだけど、やっとこういう曲も出せるようになったということですね。サウンドに関しては……普段からいろんな音楽を聴いてますけど、最終的には電気グルーヴとPrimal Screamなんです(笑)。「Flashback, Francesca」を作ってた頃はプライマルの「Screamadelica」をよく聴いていて。自分なりの解釈でレイヴを表現したいというところもあったし、シンセのストリングスとかコンガとか、入ってる楽器や音数を参考にしてるんですよ。それをバンドの歌モノとして成立させられたのかなと。

イガラシ 新しい音像を作りたいという部分もありましたね。これは完全に自分の興味なんですけど、最近、フィッシュマンズの柏原譲さんがビンテージのベースではなく、新しいタイプの5弦ベースを使っていたことを知って、自分も試してみたくなって。ドラムもかなり変わった音だよね。

イガラシ(B)

イガラシ(B)

ゆーまお うん。小さめのシンバルを合わせてハイハットの代わりにしたり。シノダが作ったデモがミニマルミュージックの雰囲気だったから、それを汲み取りながら、音だけ変えた感じかな。

──これまでのヒトリエらしさを逸脱している音かも。

イガラシ そうですね。シノダもヒトリエの音楽性を拡張しようとしてたし、演奏する立場としては、「面白く応えたい」という気持ちもあって。いつも通りの歪んだベースだと、喜んでもらえないかなと。ほかの曲でもいろいろやってるんですよ。「電影回帰」はフレットレスベースを使ったし、「Neon Beauty」では、踏めば音が歪むペダルを数年ぶりに外して。

シノダ ついにイガラシがベースを歪ませなくなった(笑)。俺としては「おもしれえじゃん」という感じですけどね。

イガラシ もちろん曲がそうさせてるんだけどね。