HEY-SMITH特集|パンクバンドの1年が刻まれた初ドキュメントフィルムをレビュー

HEY-SMITH初のドキュメンタリー作品「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」がリリースされた。

HEY-SMITHは昨年、ジストニア治療と妊活のため現在はライブ活動を休止しているメンバー・かなす(Tb)の活動休止前ラストツアー「HEY-SMITH TOUR "Goodbye To Say Hello"」や、アメリカ、オーストラリア、韓国での公演を含む120本のライブを行い、数々の困難に直面しながらも全速力で1年を駆け抜けた。「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」は、そんなHEY-SMITHの2024年の活動に密着したドキュメントフィルムだ。

音楽ナタリーでは、HEY-SMITHの活動を追うライター・小林千絵のレビューを通して、「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」に生々しく刻まれたパンクバンドの生き様を紐解いていく。

文 / 小林千絵

バンドマンの日々に真正面から迫ったドキュメントフィルム

「俺は一生ヘイをやりたいんで、いろんな波乱とか問題があったとしても、それを乗り越えるだけ」

HEY-SMITH初のドキュメントフィルム「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」は、猪狩秀平(G, Vo)のこの言葉で始まる。

猪狩秀平(G, Vo)

猪狩秀平(G, Vo)

2024年3月、かなす(Tb)が2024年末をもってライブ活動を休止することを発表した。この年、HEY-SMITHは最新アルバム「Rest In Punk」のレコ発ツアーをはじめ、盟友SiM、coldrainとのスプリットツアー「TRIPLE AXE THE LAST TOUR」、恒例の主催イベント「OSAKA HAZIKETEMAZARE FESTIVAL」の開催に加え、各地フェスやイベントへの出演、アメリカツアー、初のオーストラリアツアー、かなす活動休止前ラストツアー「HEY-SMITH TOUR "Goodbye To Say Hello"」の開催と、例年にも増して多くのライブを実施。その数は120本におよんだ。このドキュメントフィルムは、そんなバンドの怒涛の1年を追ったもの。メインとなるのはアメリカツアーで、The Suicide MachinesやMad Caddiesといった現地バンドとのライブ、バンドワゴンでの宴の様子、束の間のオフにスケボーに興じるメンバーの姿などが収められている。Mad Caddiesとのライブで、HEY-SMITHが10年以上ライブの登場SEにしている「Villains」で急遽コラボすることになった場面では、メンバーだけでなく、レーベルの代表・MOPPYも感激した表情を浮かべる。しかし、「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」は、バンドが夢を叶え、日々を楽しく過ごす様子だけが収められたフィルムでは決してない。

HEY-SMITH、Mad Caddies、Ballyhoo!の集合写真。

HEY-SMITH、Mad Caddies、Ballyhoo!の集合写真。

「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」より。

「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」より。

「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」より。

「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」より。

かなすは2022年に局所性ジストニアの発症を公表しており、活動休止はその治療および妊娠活動のため。バンドは彼女がジストニアを発症した際、「うまくトロンボーンが吹けないことがあっても一緒にステージに立つ」ことを選んだ。HEY-SMITHにとって、“完璧な演奏を届ける”ことよりも、“メンバー全員でステージに立っている”ことのほうが大切なのだ。実際にHEY-SMITHはそれ以降も6人でステージに立ち、全国各地で気迫たっぷりのパフォーマンスを届け続けた。しかし、その裏でバンドはギリギリだった。本作には、かなすが「ジストニアをどれくらい理解してくれているのか?」とメンバーに問いかける姿も収められている。彼らは時に苦しみながら、時に夢を叶えながら、時にただただ飲んだくれながら、また次のライブの地へと向かう。そもそも1年間に120本という若手バンドのようなライブ数も、かなすが活動休止をするにあたり、できる限り多くの土地を回り、ファンや仲間に挨拶をしたいという理由からだった。連日のライブ、深夜までの打ち上げ、そして早朝からの移動。猪狩は言う。「朝起きて『またか』と思うこともある。だけどこれが、俺がやりたかったミュージシャンライフだ」と。同じ日々の繰り返しだったとしても、これが彼が求める生き方なのだ。

かなす(Tb)

かなす(Tb)

仲間と本音でぶつかり、それができないときにはともに苦しむ。酒を飲み交わし、バンドワゴンに揺られ、うまく演奏できた日もあれば、異国の文化にやきもきする日もある。そんな日々を経て、一時的にステージを離れる仲間を送り出す。ドキュメンタリーなので、ハッピーエンドが確約されているわけではないし、スーパーヒーローが助けに来るわけでもない。かといって、号泣するメンバーが映し出されているわけでもなければ、抱き合って現体制ラストライブを終えるといった場面もない。ただただ、バンドマンの日々を真正面から追ったドキュメンタリーなのだ。バンドマンだからこそ叶えられる夢もあるが、一方でバンドマンでなくても、誰しもが味わうような小さな苦しみや葛藤も映し出されている。バンドマンとて1人の人間なのだ。その前提のうえで、日常を生きる力をくれるのがパンクバンド──。本作は、改めてそう思わせてくれる作品だ。

「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」より。

「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」より。

「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」より。

「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」より。

HEY-SMITHは歩みを止めない

ここで改めてHEY-SMITHの遍歴を紹介しよう。2006年に大阪を拠点に活動を始めたHEY-SMITHは、2015年にオリジナルメンバーが2人脱退し、同年7月にかなす、YUJI(Vo, B)、イイカワケン(Tp)を迎えた現体制となった。旧体制の時点で、バンドの知名度と人気を一気に押し上げた2ndフルアルバム「Free Your Mind」をリリースし、今やパンクシーンの1つの象徴になったHEY-SMITH、SiM、coldrainによるスプリットツアー「TRIPLE AXE」もスタートしており、野外での「HAZIKETEMAZARE FESTIVAL」も行われていた。人気、実力ともにシーンのトップにいながらのメンバーチェンジ、しかもツインボーカルのうちの1人が変わるという、大きな変革だった。メンバーの脱退は2015年2月に発表されたものの、前年9月に行われた「HAZIKETEMAZARE FESTIVAL」以降はライブがなく、事実上の活動休止状態にあったことも伴い、ファンは当時大きな不安を抱えていたことだろう。そんな中、彼らは再始動する際、欠けたメンバーの穴を埋めるどころか、人数を増やし、2管から3管へとパワーアップして戻ってきた。当時、猪狩は「メンバーが半分変わって、しかもボーカルが変わって成功してる日本のバンドって俺は見たことがないんですよ。だからまだ誰もやってないウルトラCを決めてやりたい気持ちもあります」と語っていた(参照:HEY-SMITH「STOP THE WAR」インタビュー)。HEY-SMITHとは、そういうバンドなのだ。「いろんな波乱とか問題があったとしても、それを乗り越えるだけ」。しかも、乗り越えるときにはより強くなってくる。

YUJI(B, Vo)

YUJI(B, Vo)

イイカワケン(Tp)

イイカワケン(Tp)

インディーズレーベルに所属しながらさまざまな大きな会場でのライブも行ってきたHEY-SMITHだったが、「タイアップをやりたい」「もっと売れたい」という理由から2023年にメジャーレーベル・ポニーキャニオンに所属。実際に「東京リベンジャーズ」“天竺編”のエンディング主題歌(「Say My Name」)や、「『ケンガンアシュラ』Season2 Part.2」のオープニング主題歌(「Feel My Pain」)などアニメのテーマソングも担当した。キャリア的にも年齢的にも「今の規模感で」と言ってもよさそうなところ、いつまでも全速力でさらに上のフィールドを目指し続ける。

かなすが活動休止に入った2025年から、バンドはサポートメンバーに彼女の師匠的な存在でもあるUME(Tb / Kill Lincoln)を迎え、相変わらず精力的にライブ活動を展開している。猪狩のYouTubeチャンネル「猪狩秀平の大阪のバンドマンチャンネル」では、4月から開催中のツアー「WELCOME TO "CAFFEINE BOMB" TOUR」を前に、数年ぶりにスタジオに入るHEY-SMITHのメンバーの姿も届けられた。もちろんUMEとの呼吸を合わせるためだが、数年ぶりにスタジオに入り、練習後には若手バンドのようにみんなで酒を飲み交わす。そんな日々を経てツアーへと挑む彼らは、きっとまたさらにパワーアップしていることだろう。

満(Sax)

満(Sax)

Task-n(Dr)

Task-n(Dr)

音楽を鳴らし続ける理由

「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」はBlu-ray / DVD化に先駆け、3月に全国6都市の映画館で上映された。チケットがソールドアウトする劇場もある盛況ぶりで、HEY-SMITHの音楽やライブパフォーマンスだけでなく、生き様や人間性までもがファンから愛されていることがよくわかる。なおパッケージ版には、映画館では上映されなかった映像が特典として収録されている。こちらはシリアスな本編から打って変わって、“とある場所”で“とあるもの”を熱心に見つめる猪狩の姿を目撃したというYUJIのタレコミや、ツアーのアンコールで彼らが観客とコミュニケーションを取る様子など、明るくオモロい“いつものHEY-SMITH”の姿を見ることができる。……と堅苦しく真面目に書いたが、20分弱の特典映像、めちゃめちゃ面白いから観たほうがいい! 友達と「あの特典もう観た?」と盛り上がってほしい。

HEY-SMITH

HEY-SMITH

HEY-SMITH

HEY-SMITH

以前、猪狩に「バンドを15年間やってきて、一番変わらないもの、変えたくないと思っているものは?」と聞いたことがある。猪狩の答えは「音楽はお酒のつまみくらいに思っていること」というものだった。「なくても死なないけど、なかったら嫌」くらいに考えていればずっと楽しくやっていられるから。ライブで自分の本能を表現したい気持ちはもちろんあるが、それよりもライブ終わりにメンバーと酒を飲み交わしながら「楽しかったなー。あそこがよかったけど、あそこはよくなかった」と言い合って、またいいライブを目指すという感覚が理想だという。そうやってHEY-SMITHを一生やるために、メンバーは今日もまた、音を鳴らし、酒を飲み、苦悩しながら、進むのだ。「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」は、そんなHEY-SMITHの、とある1年のお話。

公演情報

HEY-SMITH Presents OSAKA HAZIKETEMAZARE FESTIVAL 2025

  • 2025年10月25日(土)大阪府 泉大津フェニックス
    OPEN 9:00 / START 10:30
  • 2025年10月26日(日)大阪府 泉大津フェニックス
    OPEN 9:00 / START 10:30

<出演者>
HEY-SMITH(両日出演) / 04 Limited Sazabys / 10-FEET / Ballyhoo!! / coldrain / Crossfaith / dustbox / ELLEGARDEN / ENTH / GOOD4NOTHING / HERO COMPLEX / Ken Yokoyama / KOTORI / KUZIRA / Mad Caddies / THE ORAL CIGARETTES / Saucy Dog / SHADOWS / SHANK / SiM / SIX LOUNGE / Wienners / キュウソネコカミ / ハルカミライ / ヤバイTシャツ屋さん
MC:R藤本(両日出演)
Performance:team GOOD SKATES(両日出演)

プロフィール

HEY-SMITH(ヘイスミス)

猪狩秀平(G, Vo)を中心に結成されたパンクバンド。メンバーチェンジを経て、現在は猪狩、YUJI(Vo, B)、満(Sax)、Task-n(Dr)、かなす(Tb)、イイカワケン(Tp)の6人体制で活動している。2006年に大阪を拠点にライブ活動を開始し、2009年に1stミニアルバム「Proud and Loud」でCDデビュー。2011年にリリースした2ndフルアルバム「Free Your Mind」は、オリコン週間インディーズランキングで1位を記録した。2010年より自主企画イベント「OSAKA HAZIKETEMAZARE FESTIVAL」を主催し、2014年9月には大阪・泉大津フェニックスにて初の野外開催を成功させた。2023年10月発表のシングル「Say My Name」でポニーキャニオンからメジャーデビュー。2024年11月には最新アルバム「Rest In Punk」を発表した。2025年5月にはバンド初のドキュメント映像作品「HEY-SMITH Document Film -Goodbye To Say Hello-」がリリースされた。