GLAY・TAKUROインタビュー|「50代を迎えた今がピーク」リーダーが自負する最新モード (2/3)

HISASHIとのやりとりは大喜利?

──「Dead Or Alive」は純度100%の「終末のワルキューレ」の主題歌に聞こえました。「神VS人類」という壮大すぎる内容なのに、血湧き肉躍ってしまう結末の見えない物語を、不穏さを帯びたサウンドと、「終末のワルキューレ」からインスパイアされたであろう言葉で表現している。

アニメの制作陣からいくつかキーワードを受け取って、打ち合わせを経て、とにかく作品に寄り添うことを念頭に書いていきました。ただ、歌詞を読んでいただければわかる通り、決して戦いを讃歌する曲ではなくて。「終末のワルキューレ」の神と人類の戦いという斬新なアイデアは素晴らしいけど、この物語を自分の視点で書くとしたら、マンガには出てこない市井の人たちになるなと。どんなに高尚な理念を掲げたとて、争いの先にあるものは悲劇だから。戦火の少女が感じること、あるいはたくさんの戦火をくぐり抜けてきた老人のつぶやきがテーマとして浮かんだんです。マンガにもアニメにも出てこない市井の人たちの声を曲にしたいなと考えました。

──反戦歌的な側面もある。

そうです。どんなに大義名分があっても戦争は殺し合いですし、絶対悪ですから。もちろん戦いを描いているアニメにおいて、そういったメッセージを打ち出すのはデリケートなところもあって。でも、俺の考えを尊重してくれて、「『Dead Or Alive』という曲があることで、『終末のワルキューレ』の世界がより広がるし、物語のメッセージも打ち出せる」とアニメの制作スタッフに言ってもらえたんです。

──真面目なメッセージを内包する曲ではありますが、HISASHIさんがXで投稿されていた通り、ロッテルダムテクノを意識したハイボルテージなサウンドで、聴いていると否が応でも気持ちが沸き立つのが特徴です。

自分としては単にブレイクの「ダッ!ダッ!」というのを入れたかっただけなんだよね(笑)。イントロの「デデデデデデデデデ」っていうチェロのパートから作っていって、メロディを付けてアレンジのアイデアと一緒にデモをHISASHIに丸投げしたら、ほぼほぼ完成形の音源が戻ってきました。感覚としては、俺が上の句を送るとHISASHIが下の句を入れて戻してくる。何か1枚写真を送ると面白い大喜利の言葉が入ってくるみたいな。そういうやりとりをロスと東京間でしていて。

──ラリーをしながら作ってる。

そうですそうです。HISASHIも前に言っていたけど、物理的な距離ができたことで交換日記のような往復書簡のような、今までとは違うメンバー間のコミュニケーションが生まれた。俺がロスに引っ越しして以来、GLAYの音楽作りがより色濃いものになった気がします。

──90年代には定番であった、スタジオにカンヅメになって作るスタイルとは違うわけですね。

制作やレコーディングの場においては、HISASHIを筆頭に、JIROもTERUも自分たちの興味のあることにじっくり家で取り組むことができる。例えばライブのリハーサルは昔と変わらず、部室でワイワイやってる感覚だけど、曲作りはそれぞれの実験室にこもるイメージですね。それぞれのプロフェッショナルが論文を出し合って、真実にたどり着くような。The Beatlesが「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を作ったときのようなテクノロジーの変化がGLAYにもあったわけです。生楽器ではどうしたって「Dead Or Alive」は作れないですから。

HISASHI(G)

HISASHI(G)

──打ち込みだからこその面白さがあるサウンドですよね。HISASHIさんにデモを渡したときに何かリクエストはされたんですか?

「Dead Or Alive」は具体的に言わなくとも伝わりそうだったので、「いい感じにして」くらいしか言ってないかな。今回は100%、いや120%のものが返ってきたので、リファレンスは必要なかったですね。この10年くらい、メンバーにアレンジをお願いするときは「レベッカのあの曲とBOØWYのあの曲みたいなイメージ」「D'ERLANGERとZI:KILLを合わせて」とかイメージを伝えてますけど(笑)。

ちゃんと生きてきた自負やプライドが音に出る

──「Dead Or Alive」を聴いて、今のGLAYはアグレッシブなモードなのかなと感じたのですが、その点はいかがですか?

いや、単純に「Back To The Pops」(2024年リリースの最新アルバム)で得た手応えが大きかったので、もっと自分に素直になりたいなと思っているところですね。音楽に関わる人間としては、誰かの大きすぎる影響は仕事上あまりプラスではなくて。当たり前だけど、常に独創性のある過去にないもの、新しいものを求められるわけです。だけど、俺にとって曲を書くということは実はたいした意味はないんです。あくまでGLAYをやるためのことというか。

──そのことは以前からたびたびおっしゃってますね。

それがたまたま得意で、自分も言いたいこと、世の中に申したいこともあるから続いている。本来は自分の好きな感じの曲をGLAYのメンバーと一緒にワイワイ言いながら鳴らしたいだけ。それが自分にとってのスタートだから、「Back To The Pops」を作る前後から、「もういいんじゃない? GLAYここまでがんばったんだし、自由にやろうよ」というモードになってる。例えば今まではThe Beatlesのようなフレーズを自分たちの曲に入れるにしても、「やりすぎだから、ちょっとはごまかそうよ」と考えてたけど、今はそのルーツに対して素直な気持ちで向き合えるようになった。だから自分から出てくるメロに対して素直に感動するし、誰に何を言われても、自分の人生がしっかりしているから人の言葉には惑わされない。

──ルーツとなった音楽を自分のものとして形にできる技量がついたことも、その背景に関係していますか?

もちろんテクニックは付いたと思いますし、経験が自分に自信を持たせてくれるところはあります。でもそれ以上にまっすぐちゃんと生きてきた自負やプライドみたいなものがある。尊敬するミュージシャンたちはみんな、そういうものが音に出ているんです。五線譜とか音符の並びというのは俺にとってはさほど問題じゃない。その境地に30年かけてたどり着いた気がします。

──それは年齢を重ねないと至れない心境でしょうね。

途中でやめてたら、昔ちょっと人気あったバンドの元メンバーとして迷いの中で生きてるかもしれないですね。

GLAYの慰安旅行

──「Dead Or Alive」はミュージックビデオも作られていて、ニューヨークで撮影されたそうですね。そのニューヨーク滞在は30周年を完走したご褒美でもあったと伺いました。

1000%ご褒美です(笑)。事務所の社長という立場を利用して、マネージャーを含めもう本当に走るだけ走ったし、いくつかのプロジェクトも成功したし、メンバー全員が楽しめる場所に遊びに行こう!と。慰安旅行ですね。初日からメンバー全員で値段も気にせず、ニューヨークのレストランで舌鼓を打ち、大いに飲んで笑ってしゃべって。で、1日だけMVの撮影をした(笑)。

──メインは旅行だった。

そうです。9月に撮影したんですが、メンバーとは京セラドームが終わってから3カ月近く会ってなかったので、話も尽きず。これまでの思い出から未来への構想まで語り合いましたね。

──MVの舞台にニューヨークを選んだ理由は? GLAYがニューヨークで撮影したMVというと、「BE WITH YOU」がありますよね。そのときはストリートが舞台でしたが、今回はルーフトップ(屋上)です。

制作会社のスタッフからオーストラリアとか都内とか、いろんなアイデアが出たんですが、やっぱり刺激的で楽しい場所となるとニューヨークかなと。90年代の後半は本当によく行ってたし、「ONE LOVE」や「UNITY ROOTS & FAMILY,AWAY」を作った思い出深い場所なので。ニューヨークで撮影することが決まって、PIERCE GABRIEL監督に相談したら、屋上を舞台にするのがいいんじゃないかと。

GLAY

GLAY

──監督はU2の「Where The Streets Have No Name」、The Beatlesの「Rooftop Concert」からインスパイアを受けたそうですね(参照:GLAYがニューヨークの屋上で演奏!ロックを象徴する「Dead Or Alive」ミュージックビデオ公開)。

僕らとしてはもう慰安旅行でニューヨークに行けるなら、MVはカッコよければなんでもいい!という感じで(笑)。仲のいいスタッフと一緒に撮れましたし、最高のものになりましたが。

──摩天楼をバックにした演奏シーンがメインで、とてもスタイリッシュですが、メイキング映像を観るとかなりラフな雰囲気でとても楽しそうでした。

美術館巡りとお芝居巡りの間に撮影したようなものですから(笑)。とはいえ、いろいろ刺激は受けましたね。午前2時に撮影してても通りではクラクションが鳴ってるし、タイムズスクエアの近くだったのでにぎやかだし。街の元気さに癒されて、エネルギーももらいました。20年前と比べていろいろ様変わりはしたけど、やっぱり面白い街だなと。