イヤホンズ「identity」インタビュー|実験的声優アーティストの“アイデンティティ”とは?

イヤホンズは2015年6月のデビュー以来、声優を本業に持つアーティストとして、常に“声”を意識した、時には実験的とも言える作品を作り続けてきた。新作「identity」は、そんな彼女たちの声優アーティストとしてのアイデンティティがテーマ。イヤホンズの出発点であるテレビアニメ「それが声優!」のテーマソング「それが声優!」の大胆なリメイク楽曲「それが声優!2021」、声優としての軸である“声”と“日本語”から離れて“手話”と“多言語”で表現する「はじめまして」、ウィスパーボイスで穏やかに歌うチャラン・ポ・ランタンのカバー「かなしみ」という3曲でそのアイデンティティを見つめ直したコンセプチュアルな作品だ。昨年コロナ禍の中で迎えた5周年を経て、3人が今現在感じているイヤホンズの“identity”とは?

取材・文・撮影 / 臼杵成晃

初のオンラインライブで実感したイヤホンズ独自の表現

──昨年7月に発売されたアルバム「Theory of evolution」は“進化論”をテーマにした意欲作で、文字通りイヤホンズの“声優アーティスト”としての特徴、強みをさらに押し進めた内容でした(参照:イヤホンズ「Theory of evolution」インタビュー)。リリースから1年経ちましたが、皆さんの中での手応えや実感はいかがですか?

高橋李依 イヤホンズにはいろんな音楽のジャンルがあるので、「イヤホンズちょっと聴いてみたいんだよね」という方にオススメするとき、「普段どんな曲を聴いてますか?」というところから入って「じゃあまずM2を聴いてみて!」みたいな、人によって違う入り口がたくさんあって。「Theory of evolution」でその間口がさらに広がったなという実感があります。

高野麻里佳 多ジャンルに触れさせていただくことは、音楽活動をするうえですごく勉強になりますし、それが声優の活動にも反映できているんだろうなという思いはCDが出るたびごとに感じています。それがイヤホンズとしてすごく心強い部分ですし、“進化”というすごく重々しいテーマではあったけど、楽曲自体が進化していたので、それを歌わせていただくことによって自然とステップアップした私たちを見せられたんじゃないかなって。

高野麻里佳

高野麻里佳

長久友紀 アルバム制作の充実感はありましたけど、その後コマクちゃん(イヤホンズファンの呼称)たちの前に出る機会がなかなかなくて、どうしても「聴いたよ!」という直接のレスがもらえない状態だったから……それでも10月に「Online Show」をやったときに(参照:イヤホンズ初のオンラインライブでアルバム「Theory of evolution」の世界を表現)、みんながリアルタイムで感想をつぶやいてくれたり、ラジオに感想を送ってくださったりしたのを見て「ああ、イヤホンズはちゃんと進化できているんだな」と安心しました。自分たちでは「進化したぞ!」って自覚は持てなかったので(笑)、みんなの声を聞いてやっと安心できた感じです。

──お披露目の場となるはずだったライブがオンラインになってしまったのは残念でしたが、映像演出も面白かったですし、生配信で見せることを前提としたライブならではの収穫もあったのではないでしょうか。

高橋 映像演出と最近のイヤホンズ楽曲へのハマり方がすごくよかったです。特に「あたしのなかのものがたり」と映像の親和性は……2018年の豊洲でのライブ(イヤホンズ結成3周年を記念したライブツアー「イヤホンズ 3周年記念LIVE Some Dreams Tour 2018 -新次元の未来泥棒ども-」の最終公演。参照:イヤホンズ3周年を串田アキラ、オーケン、永井ルイ、ハローキティが祝福)のパフォーマンスに、後付けで映像を足してもらったのですが、「これはイヤホンズとして独自の表現ができてるんじゃない?」とすごく手応えがあったんです。

──三浦康嗣(□□□)さん提供のトリッキーな楽曲がうまく映像で表現されていましたよね。

高橋 「Online Show」では同じく三浦さんが作ってくださった楽曲「記憶」をパフォーマンスしたんですけど、これも映像とすごくハマって。このアプローチは今後も続けたいなと感じました。もちろんコマクちゃんたちを前にした生のライブでの楽しさもありますけど、イヤホンズは意外とオンラインだからこそ表現できることもあるかもしれないなと。

高野 初めてのオンラインライブということで、配信ならではの挑戦もいっぱいあって。まず、暗転がなかったんですよ。立て続けにパフォーマンスをして楽しませるというのは少しプレッシャーもあったし、配信はモニター越しの距離があるから、その距離をどう縮めていけるかという課題もあって。イヤホンズは言葉を使う演出がすごく多いので、それを皆さんの心にストンと落とすようなライブを目指しました。「距離を縮める」というのはすごく意識しましたね。

長久 「Theory of evolution」は「記憶」や「わがままなアレゴリー!!!」のように、3声で別々のパートを歌うような表現が多いので、1人で練習するのではなく、3人で何度も何度も合わせないと完成しないんですよ。本番が始まるギリギリまで3人で音合わせをしてました。あと、イヤホンズには珍しく、MCがまったくないまま進んでいく、全体を1つのショーとして見せるようなライブだったので、そこも新しい挑戦でしたね。

イヤホンズ

イヤホンズ

イヤホンズ

イヤホンズ

新人声優ではなくなったイヤホンズのアイデンティティ

──このたびリリースされる新作「identity」の制作にはいつ頃どのように取りかかったのでしょうか。

高橋 最初はプロデューサーが、2曲目の「はじめまして」のアイデアを持ってきてくれたんです。「声優が普段使う“声”や“日本語”から離れた方たちに自己紹介をするとしたら?」っていう。あとは、6年経って「新人声優」ではなくなった私たちが今感じていることを歌詞にしたいという話がメンバーの中から挙がって、それは1曲目の「それが声優!2021」につながっていくんですけど、その2つのアイデアから“アイデンティティ”というテーマに収束していくことになったんです。

高橋李依

高橋李依

──「新人声優」ではなくなった、という自覚は皆さんお持ちですか?

高橋 オリジナルの「それが声優!」の歌詞の中に、「バイトばかりの生活」とか新人声優ならではのワードがちりばめられているんですけど、そのワードたちが過去のものになったな、という感覚はちょっとあります。

長久 「明日の現場、長久さん以外は1年目の新人なんで背中見せてあげてください」って言われたときに自覚しました(笑)。実際に「ちょっと長久さんがやっているところを見学してもいいですか」と後輩ちゃんに言われると、私はもう新人じゃないんだと自覚せざるを得ないというか。

長久友紀

長久友紀

高野 この間、「明日初めてアフレコの現場に行くんです」という後輩ちゃんがいて。私はあまり自分を先輩だと認識していなかったんですけど……前にインタビューで「声優になって初めての仕事で言ったセリフを覚えてますか?」と聞かれたことがあったんです。最初の出演って、やっぱりモブ(役名のないキャラクター)が多いじゃないですか。私はあまり覚えてなかったんですよ(笑)。なので「そういう質問を将来されることがあるかもしれないから、明日言うセリフを絶対に覚えておいたほうがいいよ!」ってアドバイスをしました(笑)。

高橋長久 あはははは!

高野 それを言った瞬間に「ああ、私ももう歳を重ねてきたんだな」と実感しました。大事なことは伝えていかないといけないなって。

──声優業しかりアーティスト活動しかり、年数と経験を重ねると、自ずと要求のハードルも上がりますよね。その要求に応えなくてはいけないという責任感と同時に、応えられるだろうという自信も付いてきていると思うのですが、いかがでしょう?

高橋 感性が変わったなとは思います。新人の頃は「今これが求められているな」というのがなかなかわからなくて。だんだんと求められるもののレベルも上がっているとは思いますが、求められていることに気付けるようになったことが自分にとっては大きくて、それがすごく楽しいんですよね。