イヤホンズ「identity」インタビュー|実験的声優アーティストの“アイデンティティ”とは? (2/2)

6年後に生まれ変わった「それが声優!」

──1曲目の「それが声優!2021」は、一般的なリメイクの範疇を大きく超えた、ほぼ別の曲に生まれ変わっていますよね。メロディもサビを除いて大きく変化しているし、歌詞もオリジナルを継承している箇所はほんのわずかです。デビューから6年という時間の経過と3人の成長度合いが如実に伝わる、面白い手法のリメイクだなと思いました。アッパーな曲調から堂々たるバラードに生まれ変わっていることにも、6年間の歩みと成長を感じさせられます。

高橋 6年前のオリジナルは、キャラクターソングとして、テレビアニメ「それが声優!」のオープニング曲としての元気のよさとか、演じるキャラクターを背負う責任感を新人なりに感じながら歌っていたので……今回は肩の力の抜き具合が大きく変わっているんじゃないかなと思います。

長久 あさの(ますみ)さんに改めて歌詞を書いていただくうえで、あさのさんと1人ひとりお話して、これまでを振り返りながら現状を深掘りしていただいてから、会話の中で受けたインスピレーションを歌詞にしていただいたんです。

──それがBlu-rayに収められる「Table Talk」ですね。あさのさんはイヤホンズのデビューの頃から深く関わっている方ですが、今回改めて1対1でお話したことによって、何か感じるものはありましたか?

高橋 ずっとじっくりお話ししたいと思っていたので、お仕事で機会をもらえてうれしかったです(笑)。最近はコロナ禍で先輩と一緒にお茶に行くこともできなくて……あさのさんには、これまでも人生のいろんなタイミングで「今こんなことを考えていて」とお話をさせていただく機会があったので、今回も定期報告のような感じで「おひさしぶりです!」みたいな。

──仕事として、カメラを設置した場所で話をするからという身構えもなく?

高橋 私はただ「話を聞いてください! うれしい!」みたいな感じでした(笑)。2人はどうだろう?

高野 私は……私も、かな。インタビューという形式ではあったけど、お茶をしに行く感覚で。カメラが回ってることや音声が使われることはあまり意識せずおしゃべりしてました。

長久 私は前の日の夜から肩ブルンブルン回して「シャーッ!」みたいな感じだった(笑)。あさのさんは声優としての先輩だし、本当に手取り足取り教えてくださった方なので、「私も7年目だし、これはもう私の成長した姿をしっかり見せるぞ!」と意気込んでお話ししたのに、あさのさんには最後の最後に「なんか、がっきゅ(長久)は全然変わってないよね」って言われて。「あ、変わってないんだ私……」と率直にショックでした(笑)。でもそれは、2人が私の足りない部分を6年間ずっとフォローしてくれてたんだなって。改めて2人への感謝の気持ちを感じながら対談を終えました(笑)。

高橋 そんな感じだったの?(笑)

長久 だって私、あさのさんに「私、がっきゅと一緒のユニットだったら絶対にイヤだもん」って言われたよ?

高野 えー!(笑)

──(笑)。3人一緒に話をするのではなく、個人個人であさのさんと話したことで、より深く入り込んだ話ができたところもあるのではないでしょうか。

長久 そこはこだわったところなんですよ。やっぱり3人で会っちゃうと、どうしてもわちゃわちゃした感じになっちゃうので。

──オリジナルの「それが声優!」は、アニメのキャラクターや設定を踏まえた「声優とはなんぞや」という歌詞だったかと思いますが、今回はイヤホンズのお三方自身による、6年間の経験を踏まえたものになっていますよね。

高野 私はこれまで「声優とはこういうものだ」と考えたことがなかったですし、考えようともしたことがなかったんです。自分の中で決めつけてしまうと、身動きが取れなくなっちゃう気がして。でも今回はあえて「声優とは」と考えるような企画だったので、難しかったし、動揺した部分もあったんですけど、話を聞いてくれたのがあさのさんだったからこそ、安心して考えることができたのかなと思います。

声優が日本語の言葉から離れて表現する「はじめまして」

──そして□□□三浦さんとの新たな楽曲「はじめまして」は、手話と多言語をテーマにした楽曲です。トリッキーな要素が強かったこれまでの三浦曲とは違うアプローチですね。

高橋 とはいえやっぱり、多言語の挨拶が最後に伏線回収されたり、計算し尽くされた三浦さん節はところどころにあるんじゃないかなと。ポップでかわいらしい楽曲の中に強いメッセージが込められているので、聴いていて元気と力がもらえる素敵な曲だなと思います。

長久 いろんな国や地域の言葉で話す「はじめまして」と挨拶をするパートは、ちゃんとネイティブに伝わるよう歌いたかったので、ガイド音声や資料をいただいて研究しました。それを音符に合わせて歌う難しさはあったんですけど……最初に歌ったりえりーが一番大変だったかもしれない。私はりえりーの歌に合わせればよかったから(笑)。

高橋 トークバックでガイドを流し続けるプロデューサーの圧を感じながらがんばりました(笑)。

高野 私、レコーディングの前日にすっごい多言語を勉強したんですよ。なのでほとんど録り直しなく、40分くらいで終わりました。

高橋長久 ウソでしょ!?

高野 先に2人が録ってくれていたおかげでもあるんですけど(笑)。最初に「はじめまして」のデモを聴いた印象として、私は自分自身が初めての方に会うときをイメージしたんですよ。私はすごく人見知りで、誰に対しても「はじめまして!」と笑顔で言えるタイプではなくて。それで、人の目をしっかり見られないけれど、初めて会った人に誠意を尽くして言う「はじめまして」をイメージして歌ったら「そうじゃない」と言われました(笑)。この曲ではワールドワイドに、どんな人が聴いても好意的に取られるようなポップな曲なんだという方向性を示してもらったので、私の中ではAIさんのような、世界に向かって愛を歌うようなイメージで歌いました。

高野麻里佳

高野麻里佳

──多言語を歌う難しさに加えて、三浦さんの曲特有の凝った譜割りや3声のハーモニーなど、ライブで表現するのが難解そうな楽曲ですが、ライブで表現することでまた新たな魅力や意味が生まれてきそうな感じもありますね。

高橋 そうですね。さらにこの曲では手話も大事な要素なので、ライブでは表情と手だけでもしっかり伝わるようなパフォーマンスをお届けしたいと思います。

──そしてもう1曲、3曲目の「かなしみ」は“アイデンティティ”というテーマの中でどのような役割を持っているのでしょうか。

高橋 この曲はチャラン・ポ・ランタンさんのカバーで。オリジナルを聴いたときは「こんなに素敵な曲があったんだ」と感動しましたし、この「identity」という作品で表現したかったことの中で「ここが足りなかった」という部分を埋めてくれる曲でもあるのかなと感じました。この曲を同じ1枚の作品の中で歌えることがすごくうれしいです。

──演奏はハープとストリングスというシンプルながらドラマチックな構成で、3人のハーモニーも相まって非常に優しい楽曲ですね。

長久 プロデューサーからは「全編ウィスパーボイスで」というリクエストがあって。「かなしみ」と聞くとすごく悲しいものを連想するけど、歌詞はすごく優しいんですよね。「君のかなしみをちょうだい」という他者の存在があって。他者との関係で自分が作られていく、というところで私は「2人がいるからこそ今の私があるんだ」という思いを意識しながらウィスパーで表現しました。「チュラタ チュラハ」(2019年7月発売の6thシングル)も全部ウィスパーで歌ったんですけど、それとはまた違う、優しく物思いにふけるような、この6年間を振り返りながら歌いましたね。

長久友紀

長久友紀

裸のままの私たちを

──イヤホンズは新作をリリースするたび着実に新しい一面を見せていますけど、「identity」のその先は……今は先の見えにくいご時世ですけど、ここからイヤホンズがさらにどういう変化、進化を見せてくれるのかますます楽しみになりますよね。

長久 どうなっていくんでしょうねー。

高橋 私たちはそれぞれ声優としての活動が軸にあって、1年の中でたくさんの活動をやるようなユニットではないので、早く次へ!というよりは、次もいいものを作るので待っててくださいという……コマクちゃんにはいつも待たせてしまってごめんね、待っててくれてありがとう!という気持ちがあるんですけど、まずはこの「identity」をいっぱい聴いて、観て、感じてほしいなという思いですね。

高橋李依

高橋李依

高野 多角的な私たちを表現したという意味でも、この「identity」には裸のままの私たちが入っている感じがするんですよね。「君のかなしみをちょうだい」というのも、誰かの丸裸に寄り添っている感覚と言いますか。そういう気持ちでこの楽曲たちを描いているので、自然と皆さんが寄ってきてくれるような、新たなコマクちゃんたちとの出会いが生まれるような作品になっていたらいいなって。

──少し先になりますが、来年1月にはデビュー6周年記念ライブ「identity」の開催が決定しました(参照:イヤホンズがデビュー6周年ライブ開催)。本当にひさびさの有観客ライブですね。

長久 今回は会場での鑑賞と配信での鑑賞という、イヤホンズにとってまた新しい形のライブになります。どちらを選んでも満足していただけるよう、スタッフさんたちとしっかり作り上げていきますので、皆様はその日までたくさん「identity」や今までの楽曲を聴き込んで下さいね! 当日は同じ時間を過ごせることを楽しみにしております!

高橋 おそらくコマクちゃんたちもひさしぶりのライブでドキドキかと思いますが、私たちもひさしぶりでして……。イヤホンズと、現地のコマクちゃんと、お家から応援してくれるコマクちゃんと、スタッフさんみんなが協力しあって、このライブを完成させられたらいいなと思っています。

高野 イヤホンズの音楽は尖っている分、どうライブに落とし込むかを毎回考えさせられます。CDで終わりではない私たちの多角的表現を、肌で感じていただけるようなライブにしたいです!

イヤホンズ

イヤホンズ

公演情報

イヤホンズ6周年記念LIVE「identity」

2022年1月30日(日)東京都 立川ステージガーデン

プロフィール

イヤホンズ

2015年夏放送のテレビアニメ「それが声優!」で主演を務める声優の高野麻里佳、高橋李依、長久友紀の3人からなるユニット。「それが声優!」作中で新人声優3人が結成するユニット「イヤホンズ」が現実でも活動を開始したというコンセプトのもと、同年6月にシングル「耳の中へ」でデビューを果たした。翌7月にアニメのオープニングテーマである「それが声優!」、9月には同じくアニメの挿入歌「光の先へ」をシングルとして立て続けにリリース。同年11月に1stフルアルバム「MIRACLE MYSTERY TOUR」、2018年3月に2ndアルバム「Some Dreams」、デビュー5周年の2020年7月には3rdアルバム「Theory of evolution」を発表した。2021年9月に新作「identity」をリリース。2022年1月に東京・立川ステージガーデンでデビュー6周年記念ライブ「identity」を行う。