鳴っていない音を感じさせる技術「H.BASS」
──GN01では、低音域の再生に「H.BASS」という技術が使われていると聞きました。「欠落した信号の倍音を生成することで、低音を擬似的に知覚させる技術」と説明されたんですが、正直よくわからなくて(笑)。ここにお二人は何か関わっているんですか?
祖堅 厳密に言うと僕らは関わっていないんですが、原理としては我々もよく使っている手法でして。スピーカーユニットの径が小さいとどうしても低音が出ないという問題があるんですけど、その解決策の1つとして「倍音を生成して低音を感じさせる」というものがあるんです。
絹谷 例えば「FFXIV」のプロモーション動画を観てもらう場合など、スマホでの再生では当然低音が出ないわけです。そういうときに倍音を使って迫力を感じさせるといった工夫は常にしていますね。
──要するに「鳴っていない音を鳴っているように感じさせる技術」ということですね。例えばエレキベースの音なんかも、実音ではなく倍音成分のほうを「ベースの音だ」と認識している人が多いと言われていますが、それを逆手に取った技術という理解で合っていますか?
祖堅 そういうことですね。ちなみに倍音成分を感じられる周波数って80Hzとか160Hzなんですけど、そこをやたら鳴らしがちっていう“サウンド制作あるある”があります(笑)。倍音生成プラグインのプリセット値がそれだからというのもあるんですけど、みんなそこを使う傾向があるんですよ。だから微妙にずらして使ったりしてます。
絹谷 「デフォルトのまま使うの、ちょっと恥ずかしい」みたいな感覚ありますよね。
祖堅 「こいつ、設定値いじってねえ」みたいなね(笑)。
──(笑)。この「H.BASS」によって、お二人が「FFXIV」で出したいと思っている低音は十分表現できている?
絹谷 そうですね。このスピーカー径にしては、低音の感じられ方はすごくしっかりしていると思います。
祖堅 リアルに鳴らせる大型ウーファーなどと比べたら、そりゃ弱いかもしれないですけど(笑)。「この小さなスピーカーから、これだけ低音が鳴るんだ?」という感覚は十分に味わえると思いますよ。
驚きのエコーキャンセルマイク
──それとGN01には「エコーキャンセルマイク」も搭載されています。これもお二人があまり関わっていなさそうな要素ではありますが、現代のゲーマーにとっては欠かせない機能の1つですよね。
祖堅 エコーキャンセルの技術に関しては僕らは何も関わってないんですけど、実際に絹谷とゲームをしながら使ってみたら、思った以上に普通に声だけ届くんでちょっとびっくりしました。
絹谷 僕はけっこう大音量でゲームをプレイするタイプなので、「これだけの音を出してたら、絶対にマイクが拾わないわけないよな」と思ってたんですけど、実際はゲーム音が相手にほぼ届かず、僕の声はちゃんと聞こえているという。
祖堅 原理としてはシンプルなんですよ。声を拾うマイク以外に環境音を拾うマイクも付いていて、その逆位相をぶつけてるだけなんで。ただ実用レベルではそれが意外と難しいというか、「ここまでちゃんとキャンセリングできるものなんだ?」と思いました。どうやってるんだろう、あれ(笑)。
絹谷 Panasonicさんは「先読みしてキャンセルしてる」とおっしゃってましたけど……。確かにGN01の場合はスピーカーとマイクの位置が固定で動かせないから、「ぶつけるべき位相はこういう形になるだろう」というのが想定しやすい部分もあるんだとは思うんですけど、にしてもすごいなと。
祖堅 言葉で言っても伝わりづらいと思うんで、一度実際に体験してもらいたいですね。GN01は「『FFXIV』推奨サウンド!」「サラウンドが手軽に!」「USB1本で!」みたいなところがフィーチャーされている中で、このエコーキャンセルマイクは影に隠れがちなんですけど、けっこうすごいものだと思うんです。
──製品の柱になり得るポイントだと。
祖堅 そうです。かなり高性能なエコーキャンセルマイクなので、ゲーマー的にはめちゃめちゃいいなと思いますね。
ワイヤレスという選択肢は?
──もう1つユーザー目線の話で言うと、このGN01は絶対にワイヤレスで使いたくなるアイテムですよね。ワイヤレス仕様にしなかったのは、ゲーマー向けである以上はBluetoothによる音声遅延が致命的だと判断したからですか?
祖堅 もちろん「遅延は絶対に許されませんよ」というのは開発当初から強めに言っていたことではあるんですが、実は僕らも「ワイヤレスだったらいいな」と思ってたんです。ただ、先ほど「当初は大きな外部ボックスが必要だった」という話をしましたが、それをなくす過程でボックスの担っていた機能をスピーカー本体の内部に搭載しないといけなくて。その結果、このネックスピーカーの内部はもうギチギチなんですよ。これ以上、ほかの機能はもう積めないくらい。
──なるほど、物理的にワイヤレス機構を搭載するスペースがないと。
祖堅 さらに、「仮にできたとしても、バッテリーが3時間くらいしか持たないだろう」という話もあって。相当大きなバッテリーを積まないといけなくなるんで、そうなると現実的ではないなと。それに加えて、もちろん音の遅延も看過できない問題ではあったので、それらを総合的に鑑みて「今回はUSBで行く」という結論に達しました。
──確かに、ゲーマーが3時間でバッテリーの切れるスピーカーを使ってくれるとは到底思えませんね。
祖堅 僕らは会議で「有線モデルとワイヤレスモデル、両方出しましょう!」とか簡単に言うんですけど、技術者からしたらとんでもない話ですよね。「できるんだったら最初からやってるよ」っていう(笑)。ボックスをなくす件も同じで、「この箱を2つに割って、スピーカー内部に入れたらいいじゃないですか」みたいな……実は、大きなボックスがあった時代のあとにもう1世代、ボツになった仕様があって。そのバージョンではケーブルの先に小さな重たい箱がぶら下がっていて、そこにHDMIやらをつなぐ形だったんです。首にスピーカーを装着していると、常に何か引っ張られている状態になる(笑)。
絹谷 その時点で「このサイズが限界です。これ以上は小さくならないし、なくすことはできません」と言われていましたよね。
祖堅 僕ら、けっこう戦ったんですよ(笑)。「これが付いている以上、絶対にゲーマーは買ってくれない」って。最終的にはその「絶対になくすのは無理」と言っていた機械を、Panasonicさんがなんとか本体内にねじ込んでくれたんです。
──魔法のようなお話ですね。
祖堅 ですね。「あれだけいっぱいあった機械はどこへ行ったんだろう?」という感じです(笑)。
──しかも、ネックバンドスピーカーの重量はかなり軽いですよね。
祖堅 そうなんですよ。一般的にネックバンドスピーカーは「重量感があるものだ」という印象を持たれがちなんですけど、それは多くの製品で充電式が採用されていて、重たい電池が入っているからなんです。SC-GN01は電池が入っていない分、軽くなっている。皆さんの思うネックバンドスピーカーと比べて、相当軽いと感じるんじゃないでしょうか。
絹谷 多少プレイ中に体が動いても、ずり落ちたりしないですし。
祖堅 この軽さで、さらにワイヤレスだったら本当に理想的だけど……。
絹谷 それこそ魔法ですよね。
フィジカルのスピーカーには勝てない
──ここからは実際に「FFXIV」をプレイしながら、GN01ならではの楽しみ方などについてざっくばらんにお話しいただければと思います。
祖堅 やっぱりフィジカルで前後左右にスピーカーがあるのは、かなりの強みだと思いますね。例えば大きな滝のあるマップで視点をぐるぐる回してみると、サラウンド感がよりわかりやすいかな。普通に遊ぶときは、いちいちこんなふうにカメラ回さないけど(笑)。
絹谷 確かに(笑)。
祖堅 パーティプレイの際に、みんなで移動しているときも臨場感が味わえると思います。後ろを走っている人の足音が本当に後ろから聞こえるので、けっこうリアルに感じられるんじゃないかな。あとはバトルシーンだね。
絹谷 例えば「極リヴァイアサン討滅戦」みたいな、四方で水柱が上がってその方向から敵が攻撃してくるようなコンテンツでは音の情報がすごく頼りになるから、まさにこのデバイスの使いどころなんじゃないかなと思います。
祖堅 「NieR:Automata」コラボのアライアンスレイド(総勢3パーティ24人で挑む特殊なバトルコンテンツ)とか。回転グルグルが縦軸と横軸から来るから、サラウンドで聞こえるのはわかりやすいよね。
絹谷 バトル以外では、人がいっぱいいる街などもサラウンド体験にはいいと思います。例えばリムサ・ロミンサのような街中だと、自分では何もしなくても周りのプレイヤーが走って行ったり制作作業をしていたり、そこら中からいろんな効果音が聞こえてくるんですよ。マーケットの入口に立って風景を見ているだけでも、けっこうサラウンドを感じられると思います。
祖堅 あ、今誰か駆け抜けて行ったね。確かにリムサは楽しいかも。
絹谷 僕的にはけっこうオススメポイントです。
祖堅 やっぱりSEや環境音がリアルに前後左右から聞こえてくると、「本当にここにいる」感じがするね。環境音、サラウンドで作っておいてよかった。
絹谷 そうですね(笑)。
祖堅 従来の2スピーカーや2ドライバーユニットでサラウンドを表現する“バーチャルサラウンド”のプロダクトにおいては、前後のパンニングを表現するのが一番難しいんですよ。「右前方から左後方」だったらわかるんですけど、「正面から真後ろ」が本当にわかりにくい。でもGN01だと実際にその方向で音が鳴ってくれるから、リアルには勝てないなと感じますね。
絹谷 バーチャルサラウンドって、どこか“自発的に聴きに行く”感覚があるというか、「これは後ろから聞こえている音なんだ」と脳が判断するための時間が必要な気がするんですよ。その点、リアルに後ろで音が鳴ってくれればその時間が必要なくなる。もしかしたら0コンマ何秒とか、それ以下の話かもしれませんけど、その違いは決定的に大きいなと感じますね。
サントラ盤をBlu-rayで出す理由
──では最後に、昨年9月にリリースされたサウンドトラックアルバム「Death Unto Dawn: FINAL FANTASY XIV Original Soundtrack」についても伺います。本作も含め、「FFXIV」のサントラはBlu-rayで発売されることが恒例となっていますが、なぜCDではなくBlu-rayで出しているんですか?
祖堅 「FFXIV」のサントラって1作につき100曲前後あったりするので、CDにすると6、7枚組くらいになっちゃうんですよ。でかくて邪魔なんですよね(笑)。
絹谷 あははは(笑)。
祖堅 コレクターズアイテム的にはいいかもしれないですけど、音楽アルバムとしては特殊な仕様になるので、価格も高くなるんです。しかも、それだけスペースも取るしお金もかかるのに、44.1kHz/16bitの音しか届けられない。しかも、どうせCDを買ったところで大半の人はリッピングしてデータで聴くでしょうし。
──確かに、CDで直接音楽を聴いている人はもうほとんどいないでしょうね。
祖堅 PS4やPS5でもCDは再生できませんから。その点、Blu-rayディスクの場合はCDと同じ12cmディスクなのに100曲を1枚に収録できて、しかも96kHz/24bitのハイレゾフォーマットで届けられる。さらにフルHDの映像も入れられて、その全曲を320kbpsのmp3データとして一緒に収めることもできるんです。多くの家庭にあるであろうBlu-rayプレイヤーでそのまま再生できる点も大きいですね。あと、これが一番大事なんですけど、7枚組CDとして出すよりもだいぶ価格を安くできるんですよ。
絹谷 ははは。価格は大事ですよね。
祖堅 そういったいろいろを考慮した上で、Blu-rayでのリリースが最適だという結論に達しました。CDをリリースしているアーティストの皆さんも、全員Blu-rayで出せばいいのにと思ってます(笑)。
──この作品を聴くとき、GN01ならではの楽しみ方として考えられるものは何かありますか?
祖堅 ゲームをプレイするときと同じデバイスで音楽作品を聴く楽しみがあるでしょうね。というのも、ゲームに収録されている音楽は圧縮音源なんですよ。それは容量の都合でやむを得ないところなんですが、サントラでは無圧縮のハイレゾ音源を聴くことができるので、「いつもゲームで聴いている音が、本当はこうだったんだ!」と気付けるポイントがたくさんあると思います。それにはやはり、同じデバイスを使うのが一番わかりやすいと思うので。
絹谷 確かに。
祖堅 それと、音楽を聴くときにはやっぱり「ミュージック」モードを使っていただきたいですね。より迫力のあるサウンドトラックを楽しむことができるんじゃないかなと思っています。
Panasonic「ネックスピーカーシステム SC-GN01」
「ファイナルファンタジーXIV」のサウンドチームと共同開発されたゲーミングネックスピーカー。独自のデジタル処理とゲームサウンドに最適なチューニングにより、4つのスピーカーがオブジェクトの位置や移動をクリアに再現し、立体的で奥行きのあるゲームサウンドを再生することができる。またゲームジャンルに合わせて「RPGモード」「FPSモード」「ボイス強調モード」の3つのサウンドモードに切り替えることが可能。プレイするゲームソフトに適した音響効果を楽しむことができる。
- 祖堅正慶(ソケンマサヨシ)
- スクウェア・エニックス所属のサウンドディレクター、サウンドデザイナー、コンポーザー。アーケードゲームのサウンドクリエイターを経て、1999年に株式会社スクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社。サウンドディレクターを担当する「ファイナルファンタジーXIV」は、「ビデオゲームで最も多くのオリジナルサウンドトラックを持つタイトル」としてギネス世界記録に認定された。2014年には同作公式ロックバンド・THE PRIMALSを結成し、北米・欧州・日本でのツアーイベントに出演。ワールドワイドに活躍の場を広げている。携わったゲームには「ファイナルファンタジーXIV」、「LORD of VERMILION」シリーズ、「ナナシノゲエム」シリーズ、「聖剣伝説4」、「MARIO SPORTS MIX」、「マリオバスケ3on3」、「ドラッグオンドラグーン2」、「ドラッグオンドラグーン3」などがある。2013年に他界した父親は元NHK交響楽団首席トランペット奏者で琉球交響楽団代表の祖堅方正氏で、交響組曲「ドラゴンクエストI・II」に参加していた。
- 絹谷剛(キヌヤゴウ)
- 株式会社スクウェア・エニックス所属のサウンドデザイナー。音楽ゲームや知育ゲームなどのサウンドデザイナー、プランナーを経て、2012年に株式会社スクウェア・エニックスに入社する。幅広いプラットフォームでの開発経験を生かし、サウンドデザイナーとして業務に携わる。「ファイナルファンタジーXIV」ではバトルエフェクト、システム音を中心に効果音を制作するほか、環境音のデザインや仕様設計など、幅広くサウンド開発を行っている。代表作品は「ファイナルファンタジーXIV」や「乙女ぶれいく!」。大のゲーム好きでMMOやFPSを中心にほぼ毎日プレイしている。