Panasonicより、スクウェア・エニックスのオンラインゲーム「ファイナルファンタジーXIV」推奨モデルのゲーミングネックスピーカー「SC-GN01」が昨年10月に発売された。
SC-GN01には4つのスピーカーが搭載されており、本格的なホームシアターでしか体感することができなかったサラウンド環境をパーソナル空間で構築。このネックスピーカーを使用することで、プレイヤーはゲームの世界の中心にいるようなサウンドを楽しむことができる。音楽ナタリーではSC-GN01の開発に携わった「FFXIV」のサウンドディレクター・祖堅正慶と、同ゲームの効果音などを手がけるサウンドデザイナー・絹谷剛の2人にインタビューを実施。ゲーマーとしてのこだわりを詰め込んだSC-GN01の開発秘話を聞きながら、ゲームプレイに特化した本製品の魅力を語ってもらった。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 後藤壮太郎
Panasonic「ネックスピーカーシステム SC-GN01」
「ファイナルファンタジーXIV」のサウンドチームと共同開発されたゲーミングネックスピーカー。独自のデジタル処理とゲームサウンドに最適なチューニングにより、4つのスピーカーがオブジェクトの位置や移動をクリアに再現し、立体的で奥行きのあるゲームサウンドを再生することができる。またゲームジャンルに合わせて「RPGモード」「FPSモード」「ボイス強調モード」の3つのサウンドモードに切り替えることが可能。プレイするゲームソフトに適した音響効果を楽しむことができる。
「やってくれるんだよね?」みたいな目で見られた
──まず、「ゲーミングネックスピーカー SC-GN01」の開発にお二人が関わることになった経緯から教えてください。
祖堅正慶 前回、「ファイナルファンタジーXIV」の推奨オーディオ機器として「シアターバー HTB01」という製品をPanasonicさんと一緒に作ったんですけど(参照:デジナタ連載 ファイナルファンタジーXIV×シアターバー HTB01)、おかげさまでそれがすごく好評で。その流れで「もっとゲーマー向けに特化した、パーソナル空間に対してサラウンドでアプローチできるサウンド製品を作りたい」というお話をPanasonicさんのほうからいただいたのがきっかけです。
──シアターバーの好評を受けての指名だったと。
祖堅 そういうことになりますね。世の中のサラウンド製品ってほとんどがホームシアター用のものなので、パーソナルに特化した製品があまり存在しなかったんですよ。とはいえ現実的にはリビング全体をサラウンド環境にするのはいろいろとハードルが高いですし、「ゲームをプレイする本人の空間だけを手軽にサラウンド化する」というコンセプトを聞いて、僕もすごく興味を持っているテーマだったので「じゃあ今回もやってみるか」と。
──絹谷さんも同じ理由で?
絹谷剛 僕は祖堅さんよりちょっと遅いタイミングでこの開発に携わらせていただいたんです。祖堅さんから「今こんな面白いデバイスをPanasonicさんと作ってるんだけど、興味あるやついない?」みたいな話があったとき、一番に手を挙げて。
──やはり「パーソナルなサラウンド機器」というコンセプトに興味があったんですか?
絹谷 そうですね。自分は普段から5.1chや7.1chのサウンドシステムを想定してゲームの効果音や環境音を作っているんですけど、それをそのまま再生できる環境がなかなかお客さん側にないという現実を歯がゆく思っているところはありました。今はバーチャルサラウンドの製品が隆盛ですけども、それはリアルに後ろから音が聞こえてくる体験とはやはり全然違うものなので、その体験をユーザーさんにしてもらいたいなと日々思っていたんです。そこに祖堅さんから今回の話を聞いたので、居ても立ってもいられず(笑)。
──そうなんですね。ということは、最初から「前回と同じ布陣で」という話でもなかったと。
祖堅 そうですね。もちろん絹谷だけじゃなくいろんなスタッフが興味を示したんですけど、ゲームサウンドデザイナーって日々の業務がすごく多いんですよ。なかなかほかに手が回らないスタッフばかりの中で、おそらく僕と絹谷はPanasonicさんから「やってくれるんだよね?」みたいな目で見られた2人だと思います(笑)。
現実的な価格帯で出せるのがうれしい
──SC-GN01の最大の特徴は、なんと言ってもスピーカーが4つ搭載されているところだと思います。
祖堅 バーチャルサラウンドの製品は多々あれど、4ch音声をちゃんとフィジカルで鳴らせる製品というのは、僕の知る限りではこれまでなかったと思いますね。
絹谷 自分も、ネックスピーカーの形では初めて見ました。一応、ヘッドセット製品では複数のドライバーユニットを搭載して前後の音を別々に鳴らせるタイプのものを使ったことがあるんですけど、お世辞にも実用レベルではなかった印象があります。
──「ネックスピーカーに4発のスピーカーを載せる」というのは実にシンプルなアイデアではありますが、正直「その手があったか!」と思いました。コロンブスの卵じゃないですけど。
祖堅 日頃から「そういうものがあったらいいな」と思ってはいたんですよね。ただ、思ったところで我々がどうこうできるものでもないので(笑)。
絹谷 以前、祖堅さんはとあるメーカーさんに「後ろにスピーカーを仕込んだヘッドセットを出してくれ」って直球で直談判してましたよね? そのときは確か、コストを理由に「難しい」と言われてましたけど。
祖堅 そんなこともあったね。
絹谷 今回はPanasonicさんがコスト面をかなり工夫してくれて、お客さんに届けられる現実的な価格帯で出せることになったのがすごくうれしいですね。
祖堅 僕らがサウンド製品に対して「FF14推奨モデルです」とする基準って、もちろん高品質であることは当然なんですけど、価格も重要なんです。お客さんがそのお金を出しただけの満足度を得られるかどうか。特にゲーマーの場合、サウンドよりもグラフィックに予算をかけたがる傾向にあるので。
絹谷 僕らもゲーマーなんで、その気持ちはわかるんですよ。
祖堅 ……これは話していいかどうかわからないんですけど、実は今回のGN01は当初、Panasonicさんからわりと高い価格設定のものとして提示されたんですよ。でも、「ゲーマーはその値段じゃ買わないですよ」と正直に言ったら、きっちり値段を下げてきた。すごい会社だなと思いましたね。
──SC-GN01はオープン価格ですが、絶妙な価格設定ですよね。
祖堅 どうなんですかね。儲かるんですかね?
絹谷 僕らはアドバイザーとして携わらせてもらっているので、好き勝手言うだけで、それが結果として商売として成立するかどうかまでは把握してないんですよね。だからどれくらい採算が取れているかまではわからなくて(笑)。
謎の制御ボックス
──価格以外のところでは、USBケーブル1本だけで接続できる簡便性にも相当こだわったそうですね。
祖堅 当初の設計では、スピーカー本体以外に入出力を管理する専用のボックスが必要だったんですよ。USB以外に専用ケーブルをそこにつなぐ仕様になっていて、「内部的な処理は全部その箱のほうでやります」と。その箱がまたけっこうゴツかったんで、「この箱がある限りゲーマーは買ってくれないと思います」って、ずっと言い続けていたんです。
──確かにボックスがあるだけで購入のハードルが上がると思います。例えば「その箱、どこに置くんだよ」みたいな。
祖堅 デスクトップPCでゲームをする人ならPCデスクのどこか見えないところに置けば済む話かもしれませんが、プレイステーション4/5やNintendo Switchといった据え置き機ユーザーの場合はそうはいかないですよね。テレビ周りに余計なものを置きたくないでしょうし、そうなると「ゲーマーにサラウンド環境を届けたい」というコンセプトからどんどん遠のいていってしまう。
絹谷 あと、ノートPCでゲームをするときにも使いたいですよね。そういうときにPCとネックスピーカーだけじゃなく、その箱まで持って行かなきゃならないとしたら……。
祖堅 それじゃ意味ないんですよ。しかも、その箱にコンセントから電源を供給する仕様だったんです。「それじゃゲーマーは見向きもしてくれないから、この箱をなくすのはマストですよ」と言い続けました。
──最終的にその箱はなくなったわけですよね。
祖堅 「箱はなくなりました、接続もUSB1本になりました」と言うと簡単な話に聞こえちゃうんですけど、けっこう紆余曲折ありまして。そもそも入出力の設計ってかなり根本的な部分だと思うんで、Panasonicさん的には相当にハードルの高いことだったと思うんです。でも、「そこを押し通してでもこの製品を市場に出すんだ」という情熱があったんだと思います。
勝つためのチューニング
──各サウンドモードについても聞かせてください。前回のシアターバーと同様、ゲーム向けのプリセットとして「RPGモード」「FPSモード」「ボイス強調モード」が搭載されていますね。
祖堅 一般的なAV機器では、ゲーム用のサウンドモードは1種類だけというものが多いですよね。前回シアターバーの開発をご一緒させていただいてわかったのは、ゲーマー向けに作るのであれば、やはり1つのモードだけですべてのゲームサウンドを表現することはなかなか難しいということで。なので、自然な流れで「今回も複数のゲーム用モードを用意しよう」と決まっていった感じですね。
──それぞれどういった特徴のモードになっているんでしょうか。
祖堅 「RPGモード」は「FFXIV」での使用を基準として、ゲーム世界にどれだけ没入できるかを目指しました。サウンドに包まれている感覚をより味わえて、かつ低音から高音までが広く聞こえるダイナミックな音。片や「FPSモード」では飾り付けを一切せず、定位感がダイレクトに伝わる音場を重視しました。
──具体的には何が違うんですか? イコライジングの話ということになるんでしょうか。
祖堅 もちろんEQも調整していますが、各チャンネルからの音声を各スピーカーでどのくらい鳴らすかという具合の調整が主です。例えば5.1chソースにはセンターch(チャンネル)の信号が含まれているわけですけど、GN01にはセンターch(チャンネル)の出力がないので、4つのスピーカーに少しずつ配分する必要があるんです。低域も同様ですね。そのときに、4つのスピーカーは本来担うべきLRの信号も当然出さなければならないので、それぞれをどのくらいのバランスで鳴らすのかという調整をしました。
──それをドラマチックに仕上げたのが「RPGモード」で、ソリッドに仕上げたのが「FPSモード」であると。
祖堅 そういうことです。
絹谷 仮想的に鳴らすチャンネルに関しては、「RPGモード」では前方の音だけに限定しています。それに対して「FPSモード」では、すべての音を区別なく扱っている。前後左右すべての音がイーブンであるところが「FPSモード」の特徴ですね。
祖堅 FPSではサウンドがゲームの勝敗を左右する重要な情報として機能するので、チャンネルによって音の鳴り方に差異があるとよくないんですよ。僕と絹谷はFPSのプレイヤーでもあるので、「FPSモード」のサウンドにはかなりこだわっています。
絹谷 ゲームで勝つためのチューニングをした感じです(笑)。
祖堅 それと「ボイス強調モード」というのがあるんですけど、感覚的に言うと「RPGモード」で盛り盛りにした調味料を取っ払って、ファントムセンター(仮想のセンターch)をけっこう強めました。なおかつ音質的には、声の成分が一番聞こえやすいようにEQ補正をしています。
──「ボイス強調モード」の用途はどういったものを想定しているんでしょうか。個人的に試させていただいた感覚で言うと、一番汎用性の高いモードなのかなと感じたんですが。
祖堅 スッキリした音だとは思いますけど……そこは人によって感じ方が違うと思いますし、ボタン1つで簡単にモードを切り替えられるので、いろいろ試してもらえたらと思います。意外と「ミュージック」モードとかも面白いしね。
絹谷 そうですね。
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鳴っていない音を感じさせる技術「H.BASS」