恋愛は予防接種と一緒だから、いっぱい打っておけ
──去年の7月にメジャーデビューをしてからわずか半年で早くも1stフルアルバムが発売ですね。もうインタビューには慣れましたか?
そうですね(笑)。前作の「花火の魔法」もそうだったんですけど、インタビューをしていただいて、改めて自分もアルバムについてわかってくることが多かったんです。だから、こういう機会はすごく考えさせられて好きなんです。
──「わかってくること」というのは?
例えば「花火の魔法」は5曲入りなんですけど、それぞれの曲を並べていくと“消えていってしまうもの”とか“アンバランスさ”とか“つかみどころのない瞬間”などが好きということに、ライターさんとお話をして気付くことがあって。自分は無意識で曲を作っているつもりだったけど、「私はこういうのが好きなんだ!」と発見するきっかけになりましたね。
──意外ですね。無意識とは逆に、意識的に曲を作られている印象がありました。
えー! 本当ですか!?
──歌詞においては、衝動的に書いたというよりは何度も推敲しているのかと。
けっこう考えずに書いてます(笑)。特にこのアルバムは何も気負わずにやりたいことをやったら、曲が集まって完成したという感覚です。「フルアルバムを作ろう!」と思って制作したわけじゃなくて、「花火の魔法」を作っているときからちょこちょこ作り始めてできあがりました。
──これまでの杏沙子さんのインタビューで「大学時代、松本隆さんの歌詞をテーマに卒論を書いた」という記事を多く目にしたので、意識的に歌詞を書かれているのかなと思っていました。
いつも難しいことは考えず、いいなと思ったらフレーズごとに鼻歌で録音して、そこにピースをくっつけていって完成させます。だからそういうふうに聴いてもらえているのが不思議な感じですね。
──作詞はどのように行っているんですか?
だいたいサビから考えるんですけど、なんとなく「こういうテーマの曲を作ってみたいな」と思ったらメモをするんです。アルバム2曲目の「恋の予防接種」は予防接種を過去の恋愛に例えた曲を作りたいな、というアイデアから生まれました。私は学生の頃から父と母に「恋愛は予防接種と一緒だから、いっぱい打っておけ」と言われていたんです。
──「いっぱい恋をしなさい」ということですか?
そうです。「たくさん予防接種を打てば人としても強くなるし、それが教訓となってあなたを豊かにするから」って。いいテーマが浮かんだと思ったら曲に入れたいワードをメモして、それを見ながらなんとなく歌詞を考える感じです。作詞はいつもフィーリングでしかないので、思いつくときを待つしかないんですよ。
私、こんなの作れるんだ
──「チョコレートボックス」はサビに「Life is a box of chocolates. You never know what you're gonna get」という英詞がありますけど、これも感覚で浮かんだのですか?
「チョコレートボックス」と「半透明のさよなら」は宮川弾さんに作っていただいた曲に私が歌詞を付けました。人からもらった曲に歌詞を当てはめるのはこれが初めてで、特に「チョコレートボックス」は悩んだんですよ。私は悩むとよく映画を観るんですけど、このとき観ていた「フォレスト・ガンプ / 一期一会」に「Life is a box of chocolates. You never know what you're gonna get」というセリフが出てきたんです。これは主人公のお母さんが亡くなる前に言った言葉なんですけど、これを聞いて「曲にしよう!」と思いました。だから1個アイデアが浮かんだら、伸ばして伸ばして曲にします。難しいことは考えてないと思います、自分では(笑)。
──そうなんですね。「ダンスダンスダンス」の歌詞も感覚で?
はい。これは1日でできた曲なんですけど、ずっと“しゃべり歌い”みたいな曲を作りたいと思っていて。友達の愚痴を聞いていたときに「これは曲になりそうだな」と。
──それで「はぁ どうしてどうして わかんないのさ わかんないのさ」という歌詞になったんですね。
そうです。勢いでわーっと書き上げました。
──「ダンスダンスダンス」は歌詞もさることながら、譜割りに縛られない自由な歌い回しも面白いですよね。
これができたときは「私、こんなの作れるんだ」と自分自身にびっくりしました。「未読スルー 既読する? まめに見る 送信する」のフレーズが思いついたときは気持ちよかったです(笑)。自分が音楽を楽しんでいて「すごく楽しい」とか「めっちゃ気持ちいい」と思える曲を作り続けていきたいし、歌い続けたいです。よく物作りは0から1を生み出すものだと言いますけど、私は自分が今まで聴いてきたものを材料に、いいと思ったものを自分なりにかき集めて、組み合わせて曲にしていく感じですね。
──なるほど。これは聴き手としての印象ですけど、杏沙子さんは基本的に自分を切り取った曲作りじゃない気がしているんです。作家として物語を考えているような。
確かに誰かの物語を作るつもりではいるんですけど、材料は自分の実生活からヒントを得ていますね。自分が経験したことだったり、そのときにハマっていた何かに触発されて作ったりすることがほとんどです。歌詞を作るときは頭の中に映像が流れていて、映画みたいな感じでカットもちゃんとあって、今どこにカメラが向かっているのかとか、そういうのを思い浮かべながら書いてます。特に「半透明のさよなら」は映画を撮っている気分で作りました。
──「半透明のさよなら」では、どのような映像が杏沙子さんの頭の中で流れていましたか?
冬の朝、部屋の中に女の子がいるんですけど、かすれたアンニュイな感じのフィルターがかかったカメラでつま先からゆっくりと顔を映して。カーテンがちょっとだけ開いていて、カーテンの隙間からこぼれた朝の光が女の子の顔半分を照らすと、女の子が「もう朝か……」と思ってストーブをつけて、立ち上がってキッチンへ向かっていく……という感じです。脳内カメラで「いい映画が撮れた!」と思いましたね。
──杏沙子さんの楽曲には情景描写だけではない曲もありますけど、その辺りもカメラを意識されてますか?
ほとんどそうですね。例えば「よっちゃんの運動会」は小さい頃に読んだ絵本の世界観をそのまま曲にしました。蒸発して雲になったり、川を流れたりする“あるもの”の一生を歌っているんです。考えてみればこの曲もその“あるもの”の主観になって脳内で映像化したものを実況中継している感じです。
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「とっとりのうた」が最後のピース