杏沙子「LIFE SHOES」インタビュー|「これが私」ゴミ箱から引っ張り出された新生・杏沙子のラブソング

杏沙子が3月2日にミニアルバム「LIFE SHOES」をリリースした。

「前に進むすべての人の助けとなる、お気に入りのシューズのような作品にしたい」という杏沙子の思いが込められた今作には、「長所と短所」「裏と表」「理想と現実」など、生きていくうえで誰しもが抱える矛盾を左右の足に例え、矛盾に隠された女性の本当の気持ちを描いた8曲が収録されている。

この特集では、昨年から“本当の気持ち”を表すことにこだわっている杏沙子が音楽プロデューサー・石崎光と二人三脚で作り上げた「LIFE SHOES」について、赤裸々な話を掘り下げていく。

取材・撮影 / 臼杵成晃文 / 鈴木身和

ノーメイクより“もっと脱ぎたい”

──杏沙子さんへのインタビューは2ndアルバム「ノーメイク、ストーリー」発売時以来およそ1年半ぶりですが(参照:杏沙子「ノーメイク、ストーリー」インタビュー)、あのアルバムに収録されていた「見る目ないなぁ」がその後大きく広まって、鈴木愛理さんをはじめさまざまな人にカバーされていますね。

自分の曲をカバーしたいと言ってくれたアーティストは愛理さんが初めてだったので、本当にうれしかったです(参照:鈴木愛理の2年間詰め込んだアルバム「26/27」発売、山崎あおいや吉澤嘉代子が楽曲提供)。愛理さんとつながったことで自分の音楽のパワーをさらに強めてもらっている感じというか。こういうことがもっとたくさん起こるといいなと思いました。

──昨年9月に東京・WWW Xで行われたライブ「mix juice ~1st order~」で「見る目ないなぁ」のことを「今のモードに切り替わるきっかけになる曲」とお話しされていましたが、具体的にはどのような変化があったんですか?

ちょっと語弊があるかもしれないですけど、去年は“もっと脱ぎたい”って思ったんです(笑)。「ノーメイク、ストーリー」を作ったときは“ノーメイク”の文字通り、それまで作ってきた脚本性の高い作品から大きく変わって、「だいぶ脱いだな」と思っていたんですけど、2021年に入って「まだ全然脱いでなかったじゃん!」と感じて。もっと脱ぐためには自分が今何を着ているのかを知らなくちゃいけなくて、それを探した1年でした。

杏沙子

──意識を変えて制作した「見る目ないなぁ」が世間に広く支持されたことについてどう思いますか?

実は、この曲のサビができたのはインディーズで活動を始めて間もない頃だったんです。当時はこんな赤裸々な実体験、誰も共感してくれないと思っていたんですけど、こんなに受け止めてくれる人がいるんだと知って。「私の曲かと思った」とか「これ、まさに自分だわ」というリスナーのコメントを見て気付かされたというか、みんなが楽しめるお話ではなくて、自分だけの物語を書いていこうと思わせてくれた反応でしたね。

──受け入れられるはずがないと思っていた個人的な感情が、逆に広く世間の共感を得られるものだったと。

1人で深く穴を掘っていったらみんなとの距離が離れていくと思っていたんですけど、掘った先にめっちゃ人がいたみたいな(笑)。この先をもっと掘ればさらに人が出てくるんじゃないかという感覚になりました。人間って「悲しい」と思っていたとしても、その裏には自分では気付いていない愛しいとか大好きという気持ちがあったりするんですよね。自分でさえ気付かない、掘った先にあるものみたいなものを書こう、というのは「見る目ないなぁ」で学んで生かそうと思ったことです。

杏沙子
杏沙子

「人に言えないような恥ずかしい話ないの?」

──新作「LIFE SHOES」では「長所と短所」「理想と現実」のような矛盾を左右の足に例えたそうですが、今までなら「長所」や「理想」のような表側しか書かなかったところを、あえて両方書くという試みをされています。

そうですね。両方を書いたのは、そこにキュンとするようになったというか。矛盾した気持ちに、より人間らしさを感じるようになったんですよね。人の気持ちなんてひと言で片付けられないし、異なる2つの気持ちの共存を曲に落とし込みたくて。

──1曲目の「元カノ宣言」はアルバムに先行して昨年11月に配信リリースされた楽曲ですが、アルバムが「ばーか ばーか」で幕を開けるのはいいですね(笑)。

そうなんですよ(笑)。「この人脱いだなー」っていう感じが一番わかりやすいかなと思って。

──別れた恋人に対して「地球はこんなに息がしやすい星なのね」などだいぶ辛辣なフレーズが並んでますけど(笑)、言葉がつらつらと出てきている感じがします。

まさにこの「元カノ宣言」はつらつらと言葉が出てきて、そんなに時間をかけずにできた曲なんです。だから「見る目ないなぁ」と同じで最初は「これは世に出せないな」と思ったんですけど、その前に「女の子にしてよ」を発表していたので、もう怖いものはないという気持ちで出しました。

──「女の子にしてよ」はノンエコーのアカペラで始まる、音数も少なく生々しい印象の楽曲です。

「女の子にしてよ」は去年の1月に石崎光さんと初めてお会いして、そこから2人でゼロから作った曲です。光さんには初対面の打ち合わせでいきなり「杏沙子ちゃんは人に言えないような恥ずかしい話ないの?」って聞かれて(笑)。私はもともと八方美人だし、精神的に着こんじゃうタイプなんですけど、光さんは不思議と全部受け止めてくれる気がして、思い切ってこの歌詞と似たような気持ちを持っていることを打ち明けたんです。そしたら「恥ずかしいとか情けないとかカッコ悪いと杏沙子ちゃんが思うものの中に、杏沙子ちゃんにしか書けないものがあるから、それを曲にしよう」と言ってくださって。光さんなしでは生まれなかった楽曲です。

杏沙子

──そういえば今作はほぼ全曲、作詞・作曲どちらも石崎さんとの共同クレジットなんですね。

はい。光さんと出会った当初の私はまだまだ脱ぎ切れてなかったので、見せる前に消していた言葉がたくさんあったんですけど、「その消した言葉を見せて」と言われて(笑)。

──丸めて捨てたメモがたくさん入ったゴミ箱を漁られるような(笑)。

まさに。「……それはダメでしょう!」みたいなやつを引っ張り出されました(笑)。でもゴミ箱の中の杏沙子を引っ張り出してきてくれて、「これが私か!」と気付かせてくれた恩人だと思っています。出会えてよかったと心から感謝しています。

──自分で自分らしさに気付くのは難しいですよね。

私自身まだ知らなかった自分を見つけ出してくれる方に出会えたのは、本当に幸せなことだと思います。それに光さんは、曲を作るうえで何も押し付けないんですよ。あくまで私の中から出てきたものを「これいいんじゃない?」と拾いあげて調理してくだるので、何かをさせられているという感覚がまったくなくて。本当にありがたかったですね。