ASIAN KUNG-FU GENERATION「サーフ ブンガク カマクラ(完全版)」特集|15年の時を経て、描かれた湘南物語の続き

ASIAN KUNG-FU GENERATIONがアルバム「サーフ ブンガク カマクラ(完全版)」を7月5日にリリースした。

本作は2008年に発売され、多くのリスナーから愛され続けてきたアルバム「サーフ ブンガク カマクラ」の完全版だ。「サーフ ブンガク カマクラ」には江ノ島電鉄、通称“江ノ電”の駅をモチーフにした10曲が収録されていたが、今作にはその10曲の再レコーディング音源に加え、既発シングルのカップリング曲「柳小路パラレルユニバース」「日坂ダウンヒル」、新曲「石上ヒルズ」「西方コーストストーリー」「和田塚ワンダーズ」の5曲を追加収録。江ノ電15駅分をコンプリートした“完全版”となっている。

音楽ナタリーでは七里ヶ浜にて4人にインタビューを行い、15年の時を経て生まれた完全版の制作経緯を紐解く。

取材・文 / 小松香里撮影 / トヤマタクロウ

「サーフ ブンガク カマクラ」は予想していない成功体験だった

──そもそも、2008年にリリースした「サーフ ブンガク カマクラ」に足りていない5駅分の新曲を足して完全版にしたいという気持ちはいつからあったのでしょう? 2017年にリリースされたシングル「荒野を歩け」は「サーフ ブンガク カマクラ」を意識してパワーポップになったと以前インタビューでおっしゃっていましたが。

後藤正文(Vo, G) やっぱり「荒野を歩け」ぐらいからじゃないですかね。でも、そのときはパワーポップのアルバム「ホームタウン」(2018年12月発売)を作る方向に向かっていきました。「ホームタウン」を作った経験も大きくて、ここ何年かで「『サーフ ブンガク カマクラ』の完全版が作れるんじゃないかな?」という気持ちがぼんやりと生まれていきましたね。

喜多建介(G, Vo) 「サーフ」は完全にゴッチ主導で作ったアルバムで、完全版もそうですね。けっこう前からゴッチが「完全版を作りたい」と言っていたし、ファンの方にも匂わせていたので、楽しみにしてくれていた方も多いだろうなと思います。

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伊地知潔(Dr) 15年前はアルバム「ワールド ワールド ワールド」とミニアルバム「未だ見ぬ明日に」を作ってめちゃくちゃ疲弊しているときに「もう1枚アルバムを作る」って言われて「勘弁してよ」と思ったんです。でも、あまり考えずに楽しくセッションみたいな感じで作品を作ってみたいなと思っていた時期でもあって、「サーフ」でそれができました。しかも、それがファンの方にも媒体の方にもすごく人気のあるアルバムになって、予想していない成功体験だったんですよね。「サーフ」以外の作品は、山ちゃんの曲がけっこう入っていたり、みんなで曲を組み立てていくことが多いですが、「サーフ」は完全にゴッチが主導権を握っているので身を委ねられるし、コンセプトがしっかりあるから乗りやすい。だから完全版を作るにあたって、最初から「楽しそうだな」と思っていました。タイミング的にも「プラネットフォークス」(2022年3月発売のアルバム)のあとで、ちょうどよかったんじゃないですかね。

山田貴洋(B, Vo) 数年前から、ゴッチが「和田塚」というワードを出していた気がしていて。だから、「サーフ」で曲になっていない駅に対する思いはあるんだろうなと思っていました。それがここ数年、現実味を帯びていきました。でも湘南海岸公園駅や鎌倉高校前駅という曲名にしづらい駅があって、今回そこを旧駅名の「西方」と「日坂」にしたのは見事だなと思っています。

──後藤さんから新曲が送られてきたときはどう思いましたか?

山田 何曲か一気に聴いた覚えがあるんですが、ゴッチ節が効いてるなと思ったので、「サーフ」に入れることを意識してるんだろうなとは感じました。「石上ヒルズ」は15年前の「サーフ」の曲とは違った感じでブラッシュアップされた部分もあったけど、確か建さんがノリノリですぐにギターのアレンジをしてゴッチに返してたよね?

喜多 そう。

後藤 建さんが一番反応がよかったです。すぐにギターアレンジを返してくれた。

喜多 「こんな曲が『サーフ』の新曲だったらいいな」という曲がきたので。「サーフ」っぽいユーモアもあるし、そこで「新しい5駅分の曲もうまくいくんじゃないか」と手応えを感じて盛り上がった記憶があります。

後藤 それまで建さんは完全版に否定的だったから(笑)。

喜多 (笑)。新曲が入るという点で「ソルファ」の再レコーディング盤とは違うけど、「もしかして、もともとある10曲も録り直すのかな?」と思っていたところはありました。でも、新曲がよくて盛り上がる方向にいけたので、やっぱり曲の力ってすごいなと思いましたね。

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自然に「録り直したいな」という気持ちになりました

──もともとあった10曲を録り直すことにした決め手はなんだったんでしょう?

後藤 まず、今の曲と並べて音が違いすぎるのはよくないなと思いました。オリジナルの「サーフ」は一発録りだったので、ちゃんと構築し直してみるのもいいんじゃないかなと。昔はオーバーダビングもしてないから、楽曲に塗っていない色がいっぱいあるんです。再録することに対して建さんが警戒しているとは感じていたんですが(笑)、スケジュールが見えて、だんだんと再録してもいい空気になっていったんですよね。

山田 個人的には新曲の「柳小路パラレルユニバース」と「西方コーストストーリー」を聴いて、「この新曲を加えればより湘南感が伝わるアルバムになるんじゃないかな」と思いました。ファン心理を考えても、15曲並べてみたいだろうし、そう考えると自然に「録り直したいな」という気持ちになりましたね。

伊地知 昔の曲の間に新しい曲を入れていくのは音像的にもダメだろうなと思いましたが、録り直すことが決まって、こうやってしっかりプロモーションもやらせていただくことになってよかったです。

後藤 だって「サーフ ブンガク カマクラ(完全版)」って、「プラネットフォークス」とかより売りやすいと思う(笑)。

──打ち出しがわかりやすいですからね。

喜多 レコード会社のスタッフが「プラネットフォークス」より予約数が多いって喜んでました(笑)。

伊地知 「サーフ」はふざけてるのがいいですよね。でも15年経ってるから、「『サーフ』なのに最近の真面目なゴッチのモードだったら嫌だな」と思ってたんですけど、「石上ヒルズ」のデモを聴いたらめちゃくちゃふざけてたのでうれしかったです。

後藤 また曲で説教されるのかなと思ったりね(笑)。

伊地知 俺、説教されてたの?(笑)

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昔の「サーフ ブンガク カマクラ」と戦う必要はまったくない

──1曲目の「藤沢ルーザー」を聴いて懐かしい気持ちになりつつもアップデートを感じ、その後「鵠沼サーフ」ではなく新曲の「石上ヒルズ」が流れるのがとても不思議だったんですが、皆さんは1枚を通して聴いてどんな気持ちになりましたか?

伊地知 僕は江ノ電に頻繁に乗っているので、「石上」って言われたらパッと石上駅が浮かんできて、すごく景色が見えましたね。

山田 「藤沢ルーザー」で始まって次に新曲の「石上ヒルズ」がくるのがいい意味で裏切ってきますよね。その次がすでにカップリング曲としてリリースされている「柳小路パラレルユニバース」で、新曲と交互になっているのがいいなと思ったり。その後の「鵠沼サーフ」は今回の新録ではわりとあっさりしたカウントで入っていく。元の曲順に愛着がある人もいるだろうけど、新たな「サーフ」の魅力が生まれていると思いました。

喜多 やっぱり最初の興奮ポイントは「石上ヒルズ」のイントロが鳴ったときじゃないですかね。これまでと違うワクワク感がある。イントロがドラム始まりだから盛り上がりますよね。

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──山田さんが「鵠沼サーフ」のイントロのカウントに触れましたが、再録するうえでどんなことを意識したんでしょう?

後藤 僕としては、新たに録るバージョンに純粋に喜びを感じられないとダメだと思ったから、昔の曲をひと通りコード譜に書き起こしたりはしましたけど、それにあまりとらわれたくなかったんです。昔の「サーフ」と戦う必要はまったくなく、今やりたいようにやることを心がけました。

伊地知 アレンジを大きく変えるのは違うなと思いましたね。だから音にこだわろうと。前は一発録りだったけど、今回は単音単音で納得いくような音で録れて。仕上がったときに分離がよくてレンジがしっかりあるといいなと思って、かなり作り込みました。ただ、レコーディングするときは、多くても3テイクぐらいで録り終えてフレッシュ感を残そうとは思いましたね。

山田 一発録りじゃないので、「せーの」で録った感じは出ない。そこは割り切りました。自分としては今すぐ演奏しようと思ってできないぐらい忘れていた曲があったんですが、覚えてるポイントはあって。そこは印象的なところなんだろうなと思って、なるべく削がないようにしましたね。かつアップデートできるように、みんなで話し合いながら音作りをしていきました。ちゃんといいバンドサウンドにたどり着けた手応えがあります。

喜多 ゴッチのリズムギターのあとに僕のリードギターを録ったので、ある程度方向性が決まった状態でのレコーディングでした。そうなると、あとはいいプレイをするだけ。だからめちゃくちゃ楽しかったです。アレンジは、おいしい部分を残すか、少し変えるかみたいなところが曲によって少しずつ違いますが、大幅には変えてないですね。

後藤 昔の曲を演奏したときよりも、新しい曲を演奏したときのほうが成長を感じましたね。「江ノ島エスカー」と「柳小路パラレルユニバース」を演奏してみると、明らかに「柳小路パラレルユニバース」のほうが曲としてちゃんと考えられている。演奏しやすいし、こだわってるポイントがしっかりあるんですよね。「みんなアンサンブルを作るのがうまくなったんだな」と思いました。昔の曲はメンバーのことをあまり意識していない音が入っていたりしますね。

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伊地知 15年前のほうがフレッシュなアイデアは出せたんですよね。今だったら絶対に入れないようなアレンジをなぜか許せていた。だから、考えすぎちゃうのはよくないなと思いました。例えば、「鵠沼サーフ」にめちゃくちゃなドラムパターンがあるんですけど、15年前のテイクは本当に何も考えてなかった。でも、今は「何をやろう?」と考えちゃうんですよね。僕は同じパターンが叩けないという病気なので、毎回変わっちゃうんですけど。

後藤 現在の医学では仕組みがわかってないからまだ病名がついてないんです(笑)。

伊地知 (笑)。そうなんですけど、昔のほうがめちゃくちゃなことを堂々とできていたなと思います。今回そのパートを演奏するにあたり、「普通のビートのほうがカッコいいんじゃないの?」と思って提案したんですが、エンジニアさんも含めて「いや、ここは前と同じようにやったほうがいいよ」と言われたのでそうしました。何も考えていないバージョンと、前と同じドラムパターンながらも考えて叩いたバージョンをぜひ聴き比べていただきたいですね。

喜多 今、エンジニアさんの話が出ましたけど、当時のエンジニアさんに今回もお願いしていて、「『サーフ』だったらこうだよね」という話をしながら制作できたのも面白かったですね。

後藤 「前とメロディが違うぞ」って指摘されたりね。建さんもそうだけど、“前と違うぞ警察”がいた(笑)。

喜多 別に監視しているわけじゃないんですけど(笑)、前と聴き比べて、「この違いは意図的なの?」と一応確認したりしましたね。