Aimer「Open α Door」インタビュー|デビュー10周年を経て、自らの手で開く新しい扉

Aimerが7thアルバム「Open α Door」を7月26日にリリースした。

「Walpurgis」以来2年3カ月ぶりとなるオリジナルフルアルバムには、テレビアニメ「鬼滅の刃」遊郭編のオープニングテーマ「残響散歌」とエンディングテーマ「朝が来る」、テレビアニメ「チェンソーマン」のエンディングテーマ「Deep down」、テレビアニメ「王様ランキング 勇気の宝箱」のエンディングテーマ「あてもなく」など全12曲を収録。「Open α Door」というタイトルとリンクする、白いドアが立ち並ぶジャケット写真も印象的だ。

デビュー10周年を迎え、昨年「残響散歌」というヒットソングを生み出し、同年末には「第73回NHK紅白歌合戦」にも出場したAimer。彼女が今、新たな扉を開くに至った思いとは? 音楽ナタリーではAimerにじっくりと話を聞いた。

取材・文 / 須藤輝

今まで触れてこなかった扉に触れてみる

──「Open α Door」というアルバムタイトル、とてもいいですね。未知のものに触れようとする感じがして。

前作の「Walpurgis」(2021年4月発売の6thアルバム)だったり、さかのぼると“太陽と雨”のアルバム(2019年4月発売の5thアルバム「Sun Dance」「Penny Rain」)だったり、その時々で自分の部屋から見た世界みたいなものを表すタイトルを付けてきたんです。でも今回はもう少し、パッと見で意味がわかるようなタイトルにしようというのが念頭にあって。そういう意識はアルバムの中身とも関連してくるんですが、このアルバムは10周年を迎えて初めてのフルアルバムなので、制作するにあたって、腰を落ち着けて今までの活動を振り返ってみたんです。そこで、自分が得たものの中で何が一番大きかったのかを考えたとき、それは“居場所”じゃないかって。

──居場所ですか。

居場所とはなんなのかというと、自分が「いいな」と思う音楽を1つひとつ生み落としていったとき、それを受け取ってくれる人たちがいるという関係そのものだと思って、なんて尊いんだろうと。であればこそ、この先の10年、20年もその居場所を、つまり私と、私の音楽を好きでいてくれる人たちが一緒にいられる場所を、そこにあり続けるものにしなければならない。それが今の自分の役目というか、大層な言葉を使えば「使命」なのかなって。じゃあ、そのために私がすべきことは何かというと、自分の知らないことを減らしていくことであり、今まで触れてこなかった扉に触れてみることなんです。

──「あてもなく」(2023年5月発売の22ndシングル表題曲)リリース時のインタビューにおける「あらゆる可能性をひと通り探ってみることが、これからの私に必要なことなんじゃないか」という発言とも重なりますね(参照:Aimer「あてもなく」インタビュー)。

そういう流れは、思い返せば「残響散歌」(2022年1月発売の20thシングル「残響散歌 / 朝が来る」表題曲)を1つのきっかけとして始まっていて。このアルバムに至るまでにリリースしたシングルにも表れていたんですが、改めて今、自分の知らない扉を開けることが必要だという思いから「Open α Door」というタイトルを付けました。

──「Open α Door」の表記について、不定冠詞の「a」を「α(アルファ)」に置き換えていますが、当然そこにも意味があるわけですよね?

「α」はギリシャ語の最初の文字で、「始まり」といった意味があるので、自分にとっての“始まりの扉”という意味を重ねていて。10周年を終えた今のAimerだから作れるアルバムを目指すにあたり、従来のAimerの枠組みをいったん取り払ったときに見えてくるものはなんなのか。今まで以上に深く考えたし、それを知りたいから小さい扉も大きい扉も、いろんな扉に1回触れてあげて、開けてみる。ただ、開けた扉の先をずんずん進んでいくかどうかはまた別の話で。

──その考え方、面白いですね。

これはある意味、自分らしい考え方なのかもしれなくて。もちろん扉の向こう側に行くこともあり得るけれど、私の場合は自分の築いてきた居場所から手の届く扉を開けてみて、そこから見える景色を眺めてみる。それを今回のアルバムの主眼としたかったんです。あともう1つ、「α」には「未知数」という意味もあって、それが今の時代を象徴しているような気がしたんですね。特にここ数年、今を生きる私たちにとって前例のない出来事が起きているし、これからも起こり続けるんじゃないかという予感がすごくあって。今、この時代に作るアルバムだからこその「Open α Door」でもあります。

「残響」と対になる「共鳴」

──Aimerさんはアルバムの1曲目にはほぼ毎回オーバーチュアを置いていて、今回はインスト曲の「Open α Door」がそれにあたります。導入としてはもちろん、2曲目の「残響散歌」が始まる前に心の準備ができるという点でも効果的だと思いました。

今までのアルバムでも必ずオープニングとエンディングに位置付けられる曲を作ってきたので、今回もそれは踏襲したいなと。あと、今おっしゃった「残響散歌」を実質的な1曲目にしたいと、アルバムの制作段階から考えていて。だからその前に、この「Open α Door」というアルバムを象徴するような音像の曲を序曲として配置しようという意図がありました。

──「残響散歌」からリード曲の「Resonantia」に続きますが、この「Resonantia」は「残響散歌」と対になるのか、もしくは続編的な位置付けなのか、いずれにせよなんらかのつながりがありますよね?

はい。例えばアレンジの部分でブラスを入れたりコーラスワークを多くしたりして、「残響散歌」と同じグルーヴ、あるいは同じ熱量を持った曲をもう1曲、アルバムで作りたいという思いがまずありました。言葉選びにしても、「残響散歌」のサビ終わりの「残響」というワードは、おそらく聴いてくれた人に響くであろう、あの曲のキーとなる部分なので、それとミラーリングできるようなワードとして、ラテン語で「共鳴」を意味する「Resonantia」をタイトルにしたんです。

──なるほど。

それから、今までのアルバムでは序盤にこんなにもアッパーな曲を、しかも2曲続けて並べたことはなくて。でも、この10年の間にいろんなライブを経験してきた中で、ライブにおいては勢いのある曲を畳みかけて盛り上げるパートも定着してきたので、音源でもそういう場面を作ってみたいという気持ちもありました。

──10年前からしたら考えられないですね。

やっぱり「残響散歌」という曲が、「Open α Door」における最初の扉だったと思うんですよね。だから、10年前からしたら考えられないような、自分にとって最初の扉という意味でも実質的な1曲目になっていて。その次の扉という意味で「Resonantia」を置いたところもあります。

──先ほど「残響」のミラーリングとしての「共鳴」というお話がありましたが、Aimerさんは「共鳴」という言葉自体に何かを象徴させていたり、何か特別な意味を持たせていたりします?

デビューから10年かけて居場所を作ってきたという話をしましたけど、そこでは私と、私の音楽を好きでいてくれる人たちの思いがいつまでも共鳴し合っていてほしい。それが「残響」と対になる言葉としても、今の私自身の願いのようなものとしても、すごくしっくりきたんですよね。「残響散歌」には「どこまでも轟いてほしい」という思いを込めたんですが、轟いて、響いた先の人たちと一緒に共鳴し続けたい。そういう気持ちが表れていますね。お互いに思いを響かせ合うということが、音楽の中でもできたらいいなって。

──「Resonantia」のボーカルは「残響散歌」の延長にあると思いますが、よりすごみを感じるといいますか、ものすごくカロリー消費が激しそう。

激しいです(笑)。「残響散歌」に比べると、「Resonantia」はメロディラインがちょっとR&Bっぽいので、そのメロディに導かれるように歌い方がちょっと変わったりはしているけれど、基本的には同じアプローチで歌っています。あと、「残響散歌」のリリースは2022年の1月ですが、録ったのは今から2年以上前、10周年イヤーよりも前なんですよ。そういう意味で、10周年のお祭り騒ぎを駆け抜けて、大きな花火を打ち上げたあとにたどり着いた、今のモードが「Resonantia」のボーカルとも言えます。

初めて切り取った、夕方から夜に変わる瞬間

──「Resonantia」のあと、4曲目から6曲目まで「Deep down」(2022年12月発売のミニアルバム表題曲)、「朝が来る」、「オアイコ」(2022年8月発売の配信限定シングル)と既発曲が並びます。続けて聴くと、それぞれ声の出し方、あるいは響き方がまったく違っていて面白いですね。

今まで触れてこなかった扉に触れてみたいという思いから「Open α Door」というタイトルを付けたとお話ししましたけど、このアルバムに至る過程においても、ボーカルアプローチ的には「新しい扉を開きたい」みたいな意識がどこかにあって。実際、自分がまだ触ったことのない声色や歌い方に触れてみるという試みを水面下ではしていたんです。自分としても、このアルバムでは今まで以上にいろんな声色が聞こえてくるんじゃないかと思います。

──Aimerさんは基本的にミックスボイスで歌っていて、曲によって地声と裏声の配合を変えていると以前おっしゃっていました(参照:Aimer「春はゆく / marie」インタビュー)。なので、1つの扉に対して声の選択肢が無数にありそうだと思ったのですが。

そうですね。そういう自分の中で行っている声の配合に関していえば、前回のアルバム「Walpurgis」である程度しっくりくるバランスが見つかったんです。だからこそ、また違う扉に触れるためにも変えてみようかなって。それって、言ってしまえば自分にしかわからない領域の話でもあって、どこまで聴き手の方に伝わるかはまた別なのかもしれません。でも私が思うに、聴き手の方はパッと聴いたとき、理屈として何がどうなっているのかはわからなくても、感覚的に「ちょっと違うな」と反応するセンサーがあるんじゃないか。そのセンサーに引っかかることを期待しつつ、たとえ引っかからなくても細かな試みはこれからも続けていきます。

──続く7曲目の「群像色の空」は新曲です。Aimerさんは「あてもなく」のインタビューで、同曲に対して「奇をてらったようなことは何もしていない」とおっしゃっていましたが、「群青色の空」もその路線のミディアムナンバーといいますか、しみじみ「いい曲だな」って。

うれしいです。私の曲は「歌うのが難しい」と言われることが多いんですが、まさに「あてもなく」と「群青色の空」は歌ってくださる方の色に染めやすい曲だと思うので、ぜひ歌ってほしいですね。実は「群青色の空」は、このアルバムの中で最後に作った曲で。それまでにできあがった曲をひと通り並べてみたときに、こういう曲が欲しいと思ったんです。というのも、夜の世界でいろんな曲を紡いできたけれども、その中でやっていなかったことがあると気付いて。それは、夕方から夜に変わる瞬間を切り取った曲なんですよ。

──言われてみれば、そうかもしれません。

夜になりたての時間というか、まだ空には青さが残っていて、でも暗いから星もきらめいているみたいな。曲調やサウンド的なことではなく、楽曲の切り口としての「新しい扉」にハマるんじゃないかと思ったんです。じゃあ、私にとってそういう時間帯のイメージは何かというと、夕方のニュースなんですよ。でも、それを見ていて「毎日、悲しいニュースばっかりだな……」って。

──確かにそうかもしれないです。

誰かがひどく傷付けられたり、痛ましい事故が起こったり……そういう悲しいことばかり速く伝わるなと思って、夕方と夜の境界にあたる時間帯はちょっと心が暗くなることが多いんです。でもあるとき、悲しくないニュースが流れたんですよ。そのとき見上げた青暗い夜空がすごく印象に残っていて。いつも悲しいニュースばかりだったのが、たまたまそうじゃなかったというだけで明日やその先に希望を持てるような気がしたんです。そういう気持ちで迎える夜はこんなにも尊いものなんだという発見があったし、なんらかの理由で心を痛めている誰かがそういう夜を迎えられるように、この曲を作りました。