照さんがいつもありのまま劇場にいる(岡村実紀)
──ドラァグクイーンの皆さんと普段から親交を深めていると思うのですが、映画の中ではインタビューを通して、それぞれのルーツを掘り下げています。制作する中で新しく見えてきたものはありましたか?
森田 生い立ちや親との関係、どんなときに自分がゲイだと気付いたのかといった話をじっくり聞いたことはなかったんです。このドキュメンタリーを作ると決めたときに彼女たちの明るくポジティブな部分ばかりを切り取るのではなく、それぞれの本音に迫ろうと思いました。1人ひとりの人生に耳を傾けるうちに、当事者にしかわからない苦労があると今まで以上に気付かされました。例えば、子供のときに「おとこおんな」と言われた話や、両親に「いつ結婚するの?」と言われるつらさ、「今、彼女はいないの?」という何気ない言葉が彼女たちを動揺させていること。私たちの言葉が無意識に誰かを傷付けてしまう可能性があることを改めて知りました。苦労しているからこそ今のみんながあるんだなって。
──苦い経験をされてきたドラァグクイーンの皆さんが口をそろえてブルーバード劇場を「居心地のよい場所」とおっしゃっていましたね。
岡村実紀 照さんがいつもありのまま、素のまま劇場にいるというのが、お客さんにとって心地よいのかもしれないですね。
森田 照ちゃんは一切作らないですよ。それこそ監督さんでも俳優さんでも、ほかのお客さんと同じ接し方。普通は飾っちゃうと思うんですけど、それがまったくないんです。
岡村実紀 いや、でも斎藤工さんが来ると乙女になりますよ(笑)。
森田 確かに(笑)。工くんが来ると急にしゃべらなくなる。完全な乙女モードが炸裂するんです。
岡村照 いや、孫だよ。もし愛人なんて言ったら怒られる(笑)。
一同 あはははは。
──斎藤さんは例外としても(笑)。照さんが誰にでもフラットに接することが劇場の居心地のよさにつながっているように感じます。映画の中で、ナナ・ヴィクトリアさんは岡村さんのような意識の人が増えたら差別はなくなる、「未来から来たんじゃないか」とおっしゃっていました。
森田 “照ちゃん未来人説”が出てましたね。
岡村照 あはははは。
森田 自分と人は違うと思うところから差別が生まれると思うんですが、照ちゃんにはその感覚がない。特別も何もない、みんな同じだと思っているんです。私の過去も全然聞かず、今を受け入れてくれている。一緒に監督をした田尻大樹くんも、福岡でエリートサラリーマンをやっていて、そこからブルーバードに逃げてきたんです。でも彼にも何も聞かない。おおらかに今を受け入れてくれています。
岡村実紀 照ちゃん自身が自由に好きなように生きてきたんです。それが周りにも影響を与えているんでしょうね。お客さんに対してもいつも平等です。
森田 すごいんです! 一回めっちゃ酔っ払いのおじさんが来たことがあって、普通は追い返したいじゃないですか。でも照ちゃんはそのままチケットを売って、ソファ席で寝っ転がりながら映画を観ているその人に、ビールまで売り付けてて。受け入れちゃうんだって(笑)。
岡村照 ふふふふふ。
──心のバリアフリーというのが本作の1つのテーマだと思いますが、自分とは違う誰かと理解し合う際に、照さんが大切にされていることはありますか?
岡村照 深く考えないのよ。余分なこと考えないの。
森田 映画の中でも「おおらかが一番」って照ちゃんが言っているけれど、個人個人の生き方を尊重しておおらかに付き合ってくれますね。
岡村実紀 母のお母さん──私のおばあちゃんに「悪口を言われても、なんでも善意に感じなさい。そしたら腹は立たないよ」って教えられたそうなんです。そんな祖母の教えが母のおおらかさにつながっているかもしれないですね。
命ある限り“映画”を続けたい(岡村照)
──THEATRE for ALLでは、劇場での鑑賞が難しい方や、なんらかのサポートが必要な方に向けて、音声ガイド、バリアフリー字幕、手話通訳などの方法で、作品をより楽しんでいただけるサービスが施されています。この試みについてはどのように捉えていますか?
森田 今回は作品だけでなく、性の少数者について学ぶラーニングプログラムも鑑賞可能です。作品を観たあとに、さらに深く考えることができる。これは上映後のトークショーと通じるものがありますよね。劇場に携わる人間としてこういうサービスがあるといいなと思いました。日本映画はドメスティックになりがちなので、字幕の重要性も感じました。アメリカでは字幕の種類によって上映時間を区切ったりしていますから。
──これからTHEATRE for ALLでチャレンジしたいことはありますか?
森田 劇場スタッフがまさか映画を撮ることになるなんて思ってもみなかったんです。今後はTHEATRE for ALLさんと別府シリーズを作っていきたいですね。
岡村実紀 今回こういう企画の中で、真帆と大樹くんが作ったものを観て、手前味噌ですけど「あんたらいいもん作ったやん」って思ったんです。真帆が作るものだからもっと笑いの要素が強いと思ったけれど、心の奥底を知ることができる作品で、前のめりになって観ている自分がいました。
──映画の中には別府ブルーバード劇場の魅力もたくさん詰まっていました。まだ劇場に出会っていない人に向けて、最後にメッセージをお願いします。
森田 生きているとつらいことや、嫌になっちゃうことがたくさんあると思います。そんなときふらりと別府に遊びに来て、温泉に入って体を温めて、照ちゃんにもぎりをしてもらう。いろんなことを乗り越えてきた劇場で映画に没頭すると、ちょっと違う生き方が見えてくると思います。いつでもブルーバードはあります! 照ちゃんも130歳ぐらいまで生きる予定なので、ふらっとリフレッシュしに来てください。
岡村実紀 何も自慢できるところがなくて、ずっと続けているだけの小さな映画館です。でも、映画愛にあふれたお客さんがたくさんいます。そんな空気に触れに来てほしいです。
岡村照 みんな、昭和の匂いがする映画館だって好んでくれています。改装せずにやっていますよ。命ある限り“映画”を続けたいと思います。
──早く、劇場にお邪魔したいです。
岡村照 早く来てね、お待ちしてますね!