「THEATRE for ALL」別府ブルーバード劇場 90歳になる館長から学ぶ心のバリアフリー|おおらかなのが一番、個人の生き方を尊重する未来へ

2月5日にサービスを開始した「THEATRE for ALL」は、バリアフリーと多言語に対応したオンライン型劇場だ。演劇・ダンス・映画・メディア芸術など多彩な作品が並ぶ中、4月30日まで大分・別府ブルーバード劇場を舞台としたドキュメンタリー「十人十色の物語〜今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン〜」が配信されている。

このたびの特集では館長の岡村照とマネージャーを務める娘の岡村実紀、監督を務めた森田真帆へのインタビューを実施。ドラァグクイーンのありのままを受け入れる岡村照の生き方から、みんなが生きやすい未来へのヒントを探った。

取材・文 / 金子恭未子

THEATRE for ALLとは?

日本で初めて演劇・ダンス・映画・メディア芸術を対象に、日本語字幕、音声ガイド、手話通訳、多言語対応などを施した動画配信プラットフォーム。現在、オリジナル作品を含む映像作品約30作品、ラーニングプログラム約30本を配信中。

「十人十色の物語〜今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン〜」
2021年3月10日(水)〜4月30日(金)配信
価格:1000円(税込)
配信時間:87分
※日本語字幕、英語字幕、英語字幕+英語音声
※性の少数者について学ぶラーニングプログラムあり
解説

大分県別府市の温泉街に佇むレトロな映画館・別府ブルーバード劇場。同館で2017年に始まったBeppuブルーバード映画祭には、毎年、華やかな衣装に身を包んだドラァグクイーンが全国各地から応援に駆け付ける。彼女らとの交流を楽しんでいるのは、2021年に90歳になる名物館長の岡村照だ。誰にでもフラットに接する彼女のことをドラァグクイーンたちは「照ちゃん」と慕い、口をそろえて同劇場を「居心地のいい場所」と評する。そんな彼女たちの交流を追った本作では、劇場の魅力を描き出しつつ、みんなが生きやすい世の中について考えていく。

スタッフ / キャスト

監督:もりたじり(森田真帆 / 田尻大樹 from 別府ブルーバード劇場)

出演:岡村照、ドリアン・ロロブリジーダ、ナナ・ヴィクトリア、虹子ロンドン、バブリーナ、パルプ、ブルボンヌ、ベビーヴァギー、ぽり美、レスペランザほか

岡村照(館長)×岡村実紀(マネージャー)×森田真帆(監督) インタビュー

ジメジメと考えられない(岡村照)

──別府ブルーバード劇場は館長の岡村照さんがお父様から受け継がれた劇場ですね。

別府ブルーバード劇場外観

岡村照 昭和24年、私が高校3年生のときに父が「子供に夢を与えたい」と平屋の映画館を作ったんです。父は「大学に行ったらいいよ」と言ってくれたんですが、映画の虜だったので学校には行かず、それ以来ずっと切符を売っています。

森田真帆 照ちゃんは39歳のときに旦那さんを亡くされて、女手一つで劇場を守ってきたんです。いろんな試練を乗り越えてきた人なので強いですね。

岡村照 お葬式の日は休んだけど、すぐに劇場は開けたね。

──映画館を辞めようと思ったことはないですか?

岡村照 大分にシネコンができて、興収がガタッと落ちたときだけは辞めようかと思いました。ある会社から配給も止められた。それまでは封切り館だったのに、あのときは捨てられた、冷たいなあと思ったね。ダンスホールにしようなんて話も出たけど、映画が好きだし私には映画しかないから、ずっと続けています。嫌なことがあってもあまりジメジメと考えられないんです。

──森田さんは「十人十色の物語〜今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン〜」で監督デビューされましたが、数年前から劇場のお手伝いをされていますよね。

森田 プライベートでも仕事でも追い詰められていた時期で、不安定になっていたときにふらっと一人旅で別府に来たんです。その頃は映画を観るのも嫌になっていたんですが、ブルーバード劇場を見たときに久しぶりに映画を観たいと思ったんです。入り口で照ちゃんがビリッとチケットをもぎってくれて、それもすごく新鮮でした。劇場の中も本当に素敵で心が洗われて、原点に帰れたというか。そのときに、この映画館をもっとたくさんの人に知っていただきたいと思ったんです。だから、すぐに会社を辞めて、ボランティアでもいいんで映画館のお手伝いをさせてくださいとお願いしました。

岡村実紀 「お金もいらん、なんにもいらんから手伝わせて! ここにお客さんいっぱい入れたいんです!」って。あまりにも情熱的に語るもんだから、変なお客さんが来たなって(笑)。

岡村照 ずいぶん積極的な方だと思いましたね。

一同 あはははは。

森田 最初は怪しまれたんですけど(笑)、手伝っているうちに家族みたいに接してくれるようになりました。

1回来たらみんな照ちゃんの虜(森田)

──森田さんが劇場をお手伝いするようになってから、劇場内外で起こった変化はありますか?

岡村照

岡村照 すべてが変わりましたね。私が1人で番組を組んでいたときは紹介のハガキだったり、試写会に行って作品を選んでいました。1日にかける映画は2、3本。でも今は5、6本かけています。

岡村実紀 チョイスする映画の幅が広がったよね。それまでは名画座的な劇場だったんです。真帆が来てから塚本晋也監督をお呼びして「鉄男」をかけたんですが、今まで劇場で見かけたことがない若者たちがどっと来て。その人たちが今では常連になってくれています。大分市内まで行かなくても、ブルーバードで全部映画が観られるとお客さんに言ってもらっていますね。

岡村照 イベントで俳優さんや監督さんが来るようになったのも真帆ちゃんのおかげ。それまでは舞台挨拶って言っても博多止まりだったから。

森田 本当に多くの方にこの映画館に出会ってほしいなと思っているんです。だから私の知り合いの映画人をたくさん招いてきました。1回来たらみんな照ちゃんの虜になって、次からは「こんな作品作ったよ!」って自分から来てくれるようになります。

──斎藤工さんや阪本順治さんなど、著名人にも劇場のファンが多いですが、愛される理由はどんなところにあると思いますか?

左からベビーヴァギー、岡村照、レスペランザ。

森田 昭和24年から内装がずっと変わっていないので、当時の雰囲気がそのまま残っているんです。入り口で照ちゃんにもぎりをしてもらうのも素敵な交流の一つ。売店にはポテトチップスも売っています。好きなジュースを飲みながら、ポテトチップスをつまんで、自由な空気の中で映画を観られる。だからシネコンで観るよりも声を出して笑っちゃうし、ほかのお客さんの笑い声や大きなリアクションも響き渡ったりする。みんなで楽しむ映画体験ができます。

岡村照 私は「また来たい!」って言ってくれるのは温泉の魅力だと思っているんです(笑)。

一同 あはははは。

岡村照 東京はビルばっかりだけど、こっちに来たら山も見えるしね。そういうので気に入ってくれるのかなと思いますね。

森田 俳優さんも監督さんも別府に来るといろんなことを忘れて朝からお酒飲んで、お刺身食べて、ブルーバードでイベントして、温泉に入る。そういうパッケージごと楽しんでくれている気はしますね。

──映画人との交流のほか、LGBTQをテーマにした映画の上映やトークイベントも以前から行われていましたが、どういった思いでイベントをスタートさせたんでしょうか?

「十人十色の物語〜今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン〜」ビジュアル

森田 特集上映をやってみようという話が出たときに、映画を通して社会の問題を考えるというのをテーマにしたんです。例えば、児童虐待の映画を上映したらそのあとに、児童相談所の方にお話をしていただいています。そんな中、私自身ゲイの友人がとても多いこともあって、別府という多様性のある町で、映画を通して、みんなが生きやすい社会を考えたいなと。それで数年前にレスペランザさんと、ベビーヴァギーさん、ぽり美さん、虹子ロンドンさんを招いてトークショーをしてもらいました。そのときに、当事者の人にしかわからないことがたくさんあるという感想をお客さんからいただいたんです。そこから毎年Beppuブルーバード映画祭(2017年から開催)では映画のあとに、ドラァグクイーンのトークとショータイムを観ていただくというのがお決まりのフィナーレになりました。重すぎず軽すぎず子供でもわかるよう、カジュアルに性の多様性を紹介したいなと思っているんです。

──映画にも登場しますが、お客さんが舞台に上がってショータイムに参加しているのがとても印象的でした。

岡村実紀 舞台に上がっていない人は席で踊っていますね。

森田 ドラァグクイーンのショータイムはゲイカルチャーの中で生まれた特別なものなんです。だから、一般の人たちが観る機会ってなかなかない。でも、これだけ素敵なショーがあるならみんなに観てもらいたいと思って、ブルボンヌさんや虹子ロンドンさんを招待して、みんなで踊るようになりました。

──そんな交流を続ける中で、今年LGBTQをテーマにした「十人十色映画祭」を初開催されましたね。

森田 毎年映画祭はド派手に行っていたんですけど、2020年はコロナで派手にできず、フィナーレもなかったんです。毎年ドラァグクイーンに盛り上げてもらっていたのに、それがなかったのが寂しくて。彼女たちを主役にした映画祭をやりたいと思ったのがきっかけです。「THEATRE for ALL」さんにドキュメンタリーの企画書を出していたんですが、それが通ったこともあってドラァグクイーンを全国から集めることになりました。エネルギーのあるみんなに来てもらうことで、別府の町が元気になるとも思ったんです。実際彼女たちが泊まった宿はコロナでずっと休業していたんですが、女将さんも元気になって大喜びしていました。

──映画祭の準備は大変だったと思います。

森田 12月から準備を始めて2月に開催を予定していたんですが、1月に突然緊急事態宣言が出て、ポスターは刷り直しになりました。東京から人を招く場合のガイドラインがどこにもないので、自分たちで考えなければならない。全員にPCR検査を受けてもらって、当日の朝も抗原検査をしてもらいました。それでもSNSで心ないバッシングを受けましたね。