ぬまがさワタリが語る「ドライブ・マイ・カー」鑑賞は2回目以降が真骨頂

第94回米国アカデミー賞で作品賞・監督賞・脚色賞・国際長編映画賞の4部門にノミネートされる快挙を達成し、日本映画史を塗り替えた「ドライブ・マイ・カー」。3月11日に行われた日本アカデミー賞の授賞式では最多8冠を獲得し、ますます勢いづく本作が、動画配信サービス・TELASAでレンタル配信中だ。

再鑑賞する映画ファンもいれば、稀代の名作に自宅で初めて触れる人もいるだろう。映画ナタリーでは「ドライブ・マイ・カー」を手がけた監督・濱口竜介の大ファンであり、映画好きのイラストレーター・ぬまがさワタリにインタビュー。作品の魅力や配信で楽しむポイントを解説してもらった。描き下ろしイラストもお見逃しなく。

取材・文 / SYO

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ぬまがさワタリ「ドライブ・マイ・カー」のイラスト描き下ろし

「ドライブ・マイ・カー」イラスト

「ドライブ・マイ・カー」イラスト

ぬまがさワタリが語る「ドライブ・マイ・カー」

濱口監督“らしいのに異色作”

──ぬまがささんは毎年「年間映画ベスト10」を発表されていますが、どんな系統の映画がお好きですか?

私は、現実世界に対する視線の鋭さが大事だと思っています。現実に存在するさまざまな問題や、今まであまり光を当てられてこなかった人々の存在を描こうとする志に、「ぐいぐい観てしまう」「ハラハラさせられる」などのシンプルな面白さが組み合わさっているものが好きですね。

──ぬまがささんは、濱口竜介監督の昔からのファンとお聞きしました。鑑賞スタイルとして、監督で作品を選ぶところもありますか?

そうですね。出演者などで作品を選ぶ方も多いと思いますが、私は監督をもっとも重視しています。先述した「世界への視線」も含め、映画の根幹を形作るのはやはり監督ですからね。「ドライブ・マイ・カー」も「偶然と想像」も、濱口監督の新作と聞けば観に行かないわけにはいかないなと。濱口監督の作品に初めて触れたのは、2015年の「ハッピーアワー」です。映画ファンの間で話題になっているから観に行ったら、本当に面白くて。5時間の映画で、出演者は演技未経験の方々。淡々と日常的な会話を積み重ねていく静かな作品だけど、すごく不穏だしスリリングで感銘を受けました。「こういう映画ってありなんだ」を初めて知った映画だと思います。

濱口監督は「ドライブ・マイ・カー」に至るまで一貫していますが、役者という存在を深く信頼している監督さんだと感じます。だからこそ、なんでもないように見える会話の積み重ねにもかかわらず、突如として真実がむき出しになるような、ぞくっと震えるような瞬間を描くことができる。一見穏やかな世界の裏に隠れた“もうひとつの世界”を突き付けて、私たち観客が日常を見る視点を変えてしまう。すごい才能の持ち主だなと思います。

「ドライブ・マイ・カー」

「ドライブ・マイ・カー」

「ドライブ・マイ・カー」はそういった濱口監督らしさと、新しいことにトライした部分を同時に感じて、“らしいのに異色作”という印象を受けました。自分の作家性を客観的に理解して今までのファンの期待にも応えつつ、それでいて安易な自己模倣には陥っていない。それができるのは、まさに巨匠の証だなと感じます。

──これまで追いかけてきたファンとしては、感慨深いものもあったのですね。

本作の前に脚本を手がけられた「スパイの妻<劇場版>」があって、その時点で「すっかり巨匠になってしまった……」という寂しさもありつつ(笑)、公開規模であったり西島秀俊さんを主演に起用したりこれまで以上に大きなところに向かっている感じはあったので、「どんなのが来るんだろう」と楽しみに観に行きましたね。

「ドライブ・マイ・カー」はアート性とエンタメ性のバランスが非常に面白かったです。「ハッピーアワー」には、普通あまり映画には入れないであろう、長尺のワークショップのシーンなどをじっくり描くという実験的な精神が流れていました。本作にもそうしたアート映画的な試みは組み込まれていますが、同時に強いサスペンスで引っ張るエンタメ精神もさらに研ぎ澄まされている。終盤は、もはや少年マンガ的と言っていいような「熱さ」も個人的に感じました。濱口作品の二面的な側面を「どっちも突き詰める」という姿勢は、これまでにないなと感じます。