文 / 森直人
アカデミー賞をにぎわせた「シェイプ・オブ・ウォーター」や「スリー・ビルボード」、あるいは「ゲット・アウト」など、人種差別やマイノリティの排斥といった“古くて新しい主題”が今のアメリカ映画を席捲している。それはもちろんトランプ時代の不寛容に対する、映画人たちの反骨を表す潮流であろう。
ハリウッドきってのリベラル派として知られるジョージ・クルーニーの監督第6作「サバービコン 仮面を被った街」も、その系譜に連なる必見作だ。
舞台は1950年代アメリカの郊外。まるでジオラマのように画一的かつ閑静な新興住宅地・サバービコンで、2つの事件が起こる。
1つはロッジ家を襲った強盗事件。その際に主人であるサラリーマンのガードナー(マット・デイモン)の妻が犯人に殺害され、残った妻の姉(ジュリアン・ムーア、妻と2役)が一家の母親役に収まってから、事態は意外な方向に転がっていく。
もう1つは、ロッジ家の隣に引っ越してきた黒人のマイヤーズ家が受ける執拗な嫌がらせ。表向きニコニコと笑顔で暮らしているサバービコンの住民(白人)たちは、“ニグロ”の侵入に露骨な不快感を示して、自宅とマイヤーズ家を隔てる高い塀を築き、やがて暴動へと発展していく。
隣同士で起こることではあるが、直接事件は交わらず、別々に同時並行で展開していく。だが両パートの根っ子の「意味」は同じである、というのがこの映画の主張だ。
時代背景を説明しよう。当時のサバービア(郊外)はアメリカの中産階級が一斉に目指した夢の新天地。例えばアイゼンハワー時代、理想的なファミリー像を描いて国民的人気を博したテレビシリーズ「アイ・ラブ・ルーシー」(1951~1957年)の主人公一家は後半、N.Y.からコネチカット州ウエストポートの一軒家に引っ越した。
しかしその反面、「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」(1956年)が描いたように、我々(白人)の幸福なニュータウンが邪悪な異星人に侵略されるかもしれない、という恐怖や不安に裏打ちされた排斥感情も育っていった。
「サバービコン 仮面を被った街」はこの「表」に隠された「裏」を暴露していく風刺劇である。ロッジ家のパートは、コーエン兄弟が1999年に書いた脚本がベースだ。当時クルーニーは後半のキーパーソンとなる保険調査員の男バド・クーパー役(オスカー・アイザック)でオファーも受けていたらしい。こちらは「ファーゴ」や「ノーカントリー」「バーン・アフター・リーディング」などに通じる、典型的なコーエン節のブラックコメディ調スリラー。
ちなみにドジやミス、不運による運命の悪循環の歯車は「ユダヤ的」とよく評される作劇だが、それを踏まえると、ガードナーが警官に「ユダヤ系では?」と聞かれて「いや、聖公会だ」と返すあたりはクルーニーによる脚色だという気がする。コーエン兄弟はユダヤ系、クルーニーはアイルランド系。ロッジ家はアイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックを信仰している設定だ。
クルーニーはこのいったんお蔵入りしていた脚本を、米国の黒歴史と接続させた。マイヤーズ家のパートは、ペンシルベニア州で起こった実話がモデル。劇中のテレビには同事件を題材にした1957年のドキュメンタリー「Crisis in Levittown, Pa.」の映像が映し出され、白人住民が黒人差別の正当性を真剣に主張している。今観ると戦慄だが、しかし同じような憎しみの姿が現在再び繰り返されているわけだ。
一見、幸福な家族も、平和な街も、人間はグロテスクな本性で簡単に自壊させてしまう。無垢な少年同士によるラストの光景(名シーン!)は、大人たちの愚行を尻目にした皮肉のようにも、あるいは「塀のない世界」への祈りのようにも思えてくる。
- 「サバービコン 仮面を被った街」
- 2018年5月4日(金・祝)全国ロードショー
- ストーリー
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アメリカの郊外にあり、閑静な住宅が立ち並ぶ街・サバービコン。この街にはアメリカンドリームをつかみ、悠々自適の生活を送る裕福な白人世帯ばかりが居を構えていた。ある日、そこに住むロッジ家に強盗が入り、足の不自由な妻ローズが殺害される事件が発生。仕事一筋の夫ガードナーは妻の姉マーガレットとともに、幸福な生活を取り戻そうと息子ニッキーを気遣う。時を同じくして、ガードナー家の隣に黒人一家が引っ越してきたことで、街全体に不穏な空気が広がった。そして街の人々と家族の恐ろしい正体に気付いてしまったニッキーに、さらなる災難が降りかかる。
- スタッフ
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- 監督:ジョージ・クルーニー
- 脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン、ジョージ・クルーニー、グラント・ヘスロヴ
- キャスト
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マット・デイモン、ジュリアン・ムーア、オスカー・アイザック、ノア・ジュプほか
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