「ステップ」重松清×劔樹人|主夫の「MeToo」があってもいいよね 2人の父が考える子育ての今と未来

やっすいママチャリだと職質されやすい(劔)

 中景とは少し話がずれるかもしれませんが、前に職務質問をされることに関するインタビューを受けたことがあります。そんなのあるのかって感じですけど(笑)。

重松 今でもされるの?

 いえ、今はほとんどないです。昔、自転車に乗っているときはよく止められましたね。自転車にも止められやすいタイプがあって。

重松 そうなんだ(笑)。

 やっすいママチャリだと職質されやすいです。

左から重松清、劔樹人。

重松 昭和40年代に開発された八王子のニュータウンに住んでいた頃は、僕もよく職質されていたな。金髪だったし、当時は地下鉄サリン事件があったりして、平日の昼間から住宅街を歩いてるのが怪しく見えたのかもしれない。子供が大きくなって引っ越したら、昼間から自分みたいな人がけっこういてホッとしたのを覚えてる。

 新幹線事件のときもそうだったんですけど、ネットの時代も捨てたもんじゃないなと思うことがあって。事件が大きくなったから、車両に乗り合わせた人からコメントが来たんです。「怒ってる人はどうかと思いました」「私から見たらいいお父さんでした」みたいな。だから、例えば理不尽な職質を受けたことをネットに書いたら、それを見てた周りの人から擁護のコメントが来るかもしれません。

重松 なるほど。昔と比べると防犯カメラも多いし、ドライブレコーダーもあるし。

 本当に助かりますね。

育児をしているお父さんの「MeToo」があってもいい(重松)

重松 価値観もこの数十年でどんどん変わっていったよね。僕が子供の頃は風呂に入ったら肩まで浸かるのが当たり前で、半身浴なんて概念がなかった。夏に日焼けをしておけば冬は風邪を引かないなんて話もあったな。子供とはこういうもの、親はこうあるべきと、自分の経験を美化して持ち込んでくる人が周りにいると親は大変だよね。

──お二方の文章を読んだり話を聞いていると、子育てはこうあるべき、みたいな話にはまったく興味がないように感じます。

 そうですね。うちの妻は科学的なエビデンスをよく調べていますし。上の世代とのずれを感じることはあります。

重松 昭和の親って母乳信仰というか、お母さん信仰なんだよね。専業主婦というモデルが「育児は母親のもの」という相当な呪縛として残っている。最近はやっと公共施設やサービスエリアの男子トイレにおむつを替えるベッドができてきたけど、そんなのあって当たり前の話。

 いまだに建物によっては困ることがあります。授乳室にしかベッドがなくて僕は入れないとか。

重松 常識として受け入れちゃってるから、もう一歩踏み込んで想像するのが難しい。ネットの時代のいいところは、何か事件が起きたときにバッと広まって、「そうだよね」「それは間違ってるかもしれないね」と思ってくれる人が見えるところ。

「ステップ」

 僕も子育てをするようになってから女性問題に意識が向くようになりまして。3月に国際女性デーがあり、ネットでいろいろな方の考えを読んでいたんです。すごく上の世代もですけど、若い世代にもバイアスが強い人はいると感じました。「ステップ」でも、美紀が生きているときの顔を見たことがないお母さんの顔を描かなきゃいけない場面がありますけど、そういう状況って現実にもあると思います。これからどう変わっていくんだろうとは考えますね。

重松 当たり前を変えていくのは大変だけど、それでも粘り強くやるしかない。「MeToo」の発想で、「私もそう」というのがいろいろな分野で発生していけばいいなと。育児をしているお父さんの「MeToo」があってもいいよね。悪意も「MeToo」になってしまう恐ろしさはあるけど、ポジティブな可能性を信じることは大切だと思う。

 「ステップ」にはそれをすごく感じました。お母さんが亡くなってしまったこと以外には、特別大きな事件は起きない。保育園でのほかの子とのずれとか、小学校での問題とか、言ってしまえば普通のことですよね。でも小さな事件が起こる10年間が、主夫である僕にとっては「MeToo」的な感覚でした。

「プリキュア」だけでなく、「スーパー戦隊」も見せてみる(劔)

重松 これから10年経てば、またいろいろなことが変わってくる。親子関係なんてものすごく変化するよ。

 10年後、うちの娘は13歳です。

重松 中学1年生だね。難しいよ! 大変だよ?

 ははははは。でも僕はやっぱり楽しみが大きいです。もう少ししたら自分の気持ちを言語化できるようになって、感情のコントロールができるようになると思いますし。

重松 理不尽に怒られることがなくなると。

「ステップ」

 はい(笑)。ただ映画で美紀が広末涼子さん演じる奈々恵と初めて会ったあと、体調を崩してしまうシーンがあるじゃないですか。理屈で解決できないことも現実にはきっと起こり得るので、娘の気持ちにきちんと寄り添わなければと考えさせられました。あとこれは淡い期待なんですが、寝る頃になって帰って来るのと違い、常に一緒にいる場合は父親に対する反抗期が少ないという話を聞いたことがあって。

重松 なるほどね。

 子供も親だけから影響を受けるわけではないので、そんなにうまくいかないとは思うんですが。保育園を卒園して、小学校、中学校と上がっていけば、外からの影響は大きくなっていくでしょうし。家で娘と絵本を読んでいるとき、動物の親と赤ちゃんが一緒に寝ている絵について「これは誰?」と聞くと、「ママと自分」って言うんですよ。ゴリラの親と赤ちゃんが一緒にいる絵から、オスかメスかなんて判断できないじゃないですか。うちの妻は腰痛があるので、娘と一緒にベッドの下の布団で寝ているのは8割方僕なのですが、それでもなぜか「パパと自分」とは言わない。それはやっぱり保育園だったり、外からの影響じゃないかと思うんです。社会がもっと変わっていかないと、男女の子育ての溝はなかなか埋まらないなと思いました。

重松 プレゼントのリボンは女の子向けだったらピンクみたいな、悪意なく常識を押し付けてくるものもあって、それは根が深いよね。いろいろな価値観がある、多種多様でレインボーなんだよってことを提示することが大事。昔の子供はわんぱくだったとか、そんなことは絶対言いたくない。

 「女の子だからこう」みたいなものって、ナチュラルに世の中にあふれている。自分も気付かずにそういうことをやってしまうときがあると思います。妻が言っているのは「男の子が好きそうなものも平等に与えてみよう」ということ。「プリキュア」だけ見せるのではなくて、「スーパー戦隊」も見せてみる。

重松 こうじゃなくてもいい、という意識は子供に持っておいてほしいよね。

 はい。あとは僕も中年になってきて、これからは上の世代になっていくわけじゃないですか。だから、ちゃんと自分をアップデートすることも忘れてはいけないなと。それは「ステップ」で子供の美紀だけでなく、大人の健一が成長しているのを見て実感したことでもあります。時代によって変わっていかないと、若い人に相手にしてもらえないですから。

「ステップ」