映画ナタリー Power Push - イマジカBS開局20周年記念 ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映「アニメーションの神様、その美しき世界」

アートアニメ界の巨匠が語る、妻・スマホ・日常

妻・フランチェスカにもっと会いたい

──記憶にまつわるお話を聞いてきましたが、ノルシュテイン監督の現在も気になります。最近はどういった生活を送られていますか?

以前と同じですよ。すごく面白くて、でも大変です。具体的に言えば、平安が欲しい。落ち着きというか、静けさというか。時々、1人になりたいとも思う。私は普段スタジオで暮らしているんです。それで金曜日の夜とかに時間ができると、妻のフランチェスカのもとに行きます。もうちょっと長く彼女といたいんだけど、いろいろやることがあって実現しませんね。

「キツネとウサギ」より。

──フランチェスカさんは、ノルシュテイン監督の創作においても大切なパートナーですよね。

彼女は美術監督で、絵を描いてくれます。都会では暮らせないと言って、モスクワ郊外に住んでいる。そこで自分の好きな花を植え、りんごを育て、そのりんごでジャムを作ったり、それから蝶をさなぎから孵化させたり。そういうことができる人で、私は彼女の暮らしぶりがとても好きなんです。でも残念ながら、なかなか会いに行けなくて。私の仕事にはスタジオのスタッフたちの生活がかかっている。だから本を出したり、グッズを売ったりもしてお金を稼がなくてはならない。実際はこんな生活ですよ。本当に夢見ているのは、フランチェスカのところへ行くこと。

「霧の中のハリネズミ」より。

──会いに行くのは特別なことなんですね。1人になりたいと思うのはどんなときですか?

例えば、電話の音に悩まされるとき。携帯電話が普及してから、本当に電話の数が多くなってね。あちこちからかかってくる。昔はそんなに電話のベルが鳴ることはなかったし、みんな重要な問題で電話をかけてきた。今はちょっとしたことでも「あのね!」って言ってくるでしょ? 携帯電話は私にとって闇ですね。でも人間とは勝手なもので、「真剣な話はしないでくれ、くだらない話にしてくれよな!」っていう気分になるときもあるんです(笑)。

大切なのは、私たちを取り囲む日常

──ノルシュテイン監督はスマートフォンは持っていないんですか? 音楽が聴けたり、動画を撮れたり、そういった便利な機能が創作のヒントにつながることは?

前に誰かが持たせてくれたことがありますよ。でもすぐ息子にあげてしまった(笑)。どうやら私には必要なかったみたいで。でもそういう便利な携帯電話の存在は素晴らしいと思います。例えばこれがもっと進化したら、急に画面の中から緑の木が生え、パタッパタッと薄い羽根が生えたりして、私はそれに乗って空へ飛んでいくでしょう。そうしたら電波の届かない携帯電話ができるかもしれない。あるいは着信があったら、リンリンリンとかブーブーブーじゃなくて、葉っぱの音がする。地上ではみんなが「木のざわめきが聞こえるな」「いったいどこから聞こえるんだろう」なんて噂をするけど、まさか私が空へ飛んで行ったなんて誰も知らないのです(笑)。

ユーリー・ノルシュテイン

──そんな携帯電話だったら悩まされることもなくなりそうです!

ただ、愛する人よりも携帯電話のほうがいい、携帯電話と一緒に過ごす時間のほうが多い、というふうになるのは残念ですよね。食事に行っても、寝るときも、隣には携帯電話。「(うっとりしながら)携帯電話……スマートフォン……私の第1の恋人……」なんてことになってしまう。それにこのスマートフォンって発音は、ロシア語の「鼻をかむ」に似てるんだ(笑)。

──「鼻をかむ」では全然素敵じゃないですね(笑)。それでは最後に読者へメッセージをお願いします。今回の特集上映で、ノルシュテイン監督作品を初めて鑑賞する人もたくさんいると思いますが。

そうですね……今まで観たことない皆さん、あなたたちに気に入ってもらえる自信なんてありませんよ?

──皆さんすごく楽しみにしていますよ!

ならよかったです(笑)。人が生きていくには、食べる、作る、働く、勉強するといった日常の積み重ねがありますね。その中で、私の映画が何かの役に立っていたらとてもうれしいです。お若い皆さん、新しい人生が始まる皆さん、あなたたちは遠い空の上のことばかり考えなくていいんです。毎日の生活や、自分の目に映るものをしっかり見つめてください。例えば赤ん坊の小さな手も、おばあさんの見た目はきれいではない手も、いろいろなことができる。表面だけじゃなくて、もっと深くまで見てほしいんです。夢の中では奇跡が起きるかもしれない。でも私たちを取り囲む日常を「つまらない」と排除せず、ちょっと立ち止まって、じっとまなざしを注いでみてくださいね。

ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映「アニメーションの神様、その美しき世界」

ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映「アニメーションの神様、その美しき世界」

アートアニメーション界の巨匠ユーリー・ノルシュテインの生誕75周年とIMAGICA TVが運営する映画チャンネル・イマジカBSの開局20周年を記念し、彼の監督作6本を2Kスキャンにて修復。画質・音質ともに鮮明によみがえった作品を世界初上映!

東京 シアター・イメージフォーラムで公開中、全国順次開催

上映作品
「25日・最初の日」
「25日・最初の日」
「ケルジェネツの戦い」
「ケルジェネツの戦い」
「キツネとウサギ」
「キツネとウサギ」
「アオサギとツル」
「アオサギとツル」
「霧の中のハリネズミ」
「霧の中のハリネズミ」
「話の話」
「話の話」
ユーリー・ノルシュテイン
ユーリー・ノルシュテイン

1941年9月15日生まれ、ロシア出身。1959年に連邦動画撮影所の就職試験に合格。1961年まで同撮影所のアニメーターコースで学んだ後、映画制作に従事するようになる。宮崎駿や高畑勲と深い交流を持ち、2003年に東京・三鷹の森ジブリ美術館で企画展示「ユーリー・ノルシュテイン展」が開催された。2004年には日本政府から旭日小綬章を授与される。また1981年頃、ニコライ・ゴーゴリの短編小説「外套」の映像化に着手。幾度かの中断を経て、現在も制作を続けている。