中国アニメ「羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来」の日本語吹替版が11月7日に公開された。アニメ作家のMTJJが監督を務めた本作では、人間に森のすみかを破壊された黒猫の妖精シャオヘイが、妖精との共存を願う人間のムゲンと、人を許すことができない妖精フーシーとの間で揺れながら、自分の居場所を見つけようとするさまが描かれる。日本語字幕版は2019年9月に封切られ、瞬く間にアニメーターやアニメファンの間で話題に。そんな人気に後押しされて制作された日本語吹替版には花澤香菜、宮野真守、櫻井孝宏ら豪華声優陣が集結。音響監督として岩浪美和が参加した。
本特集ではWebアニメから、大ヒット映画に成長した本作の魅力を紐解く。また設定資料を一挙大放出! 細部へのこだわりを1つひとつその目で確かめてほしい。さらに著名人による推薦コメントや、MTJJと中国の音響監督である皇貞季の対談インタビューも掲載している。
文 / 金子恭未子
監督が銀行残高を投じた
Webアニメが原点
人間に森のすみかを破壊された黒猫の妖精シャオヘイが、居場所を見つけるため冒険するさまをつづる本作。原点は2011年から全28話が発表されたWebアニメシリーズだ。第1話の制作費は3000元(約4万6千円)。これは監督MTJJの当時の銀行残高であり生活費だった。彼は節約生活を続けながら半年掛けて、たった1人で1話を完成させる。モチーフとなったのはMTJJがかつて拾って世話をしていた黒い野良猫。作中で描かれる黒猫の妖精シャオヘイと人間の女の子・小白(シャオバイ)のほのぼのとした日常は次第に評判を呼び、ビリビリ動画にて再生回数2.3億回を超える人気アニメに成長を遂げた。かねてから映画化を望んでいたというMTJJは、実現した理由を「出資者が現れたから(笑)」と茶目っ気たっぷりに語る。しかし意見の合わない出資者は断固として拒否したそう。彼のこだわりは実を結び、Webアニメの前日譚にあたる劇場版は中国で約49億円の興行収入をたたき出す大ヒットを記録した。
異例のロングランヒット
本作の日本語字幕版は2019年9月に東京・池袋HUMAXシネマズ1館で上映がスタート。もともとは日本に住む華人、華僑に中国の新作映画をいち早く届けることが狙いだったという。しかし、そのクオリティの高さから日本のアニメ好きの間で瞬く間に話題に。さらに大迫力のアクションシーン、日常のしぐさや水、炎などのエフェクトの作画が高い水準で保たれていることに、日本のトップアニメーターからも称賛の声が上がった。上映館数は拡大するもチケット完売が続出。日本各地で劇場を替えつつ上映され、日本語字幕版は約1年間のロングランヒットを飛ばした。これは日本で公開された中国アニメでは極めて異例なことだ。ムゲンの吹替を担当した宮野真守も「作品の繊細な表現、大胆なアクション、丁寧なアニメーションの演出にまず引き込まれました」と本作との出会いを振り返る。本作は日本映画市場において、歴史的なアニメ作品になる可能性を秘めているのだ。
観るものの心を揺さぶる
冒険譚
本作を語るうえで欠かせないのは、なんといっても物語の面白さだろう。ムゲンと人間嫌いの妖精フーシーの対立、そして彼らの間で揺れるシャオヘイの心情を通して自然と人間の共存という普遍的なテーマが描かれる。善と悪という単純な対立構造ではなく、それぞれが信じる正義を闘わせるムゲンとフーシー。フーシーを演じた櫻井孝宏は「本質的なメッセージ性が込められたこの作品を、今、楽しむことができるというのはなかなか得難い体験」と言及する。本作のテーマは現代社会の至るところで起こる争いとその解決の困難さに通底しており、観るものに深く考えさせる力を持つのだ。
さらに物語に絶妙に編み込まれた大迫力のアクションシーンと小気味よいギャグも見どころの1つ。“師弟萌え”のツボをしっかり押さえた演出もにくい。1984年生まれのMTJJは日本のアニメから受けた影響を公言しており、日本人なら「ここか!」と思わせられるシーンが満載だ。一方で中国神話や武侠作品などの影響も随所に。異文化に触れる楽しさもたっぷりと味わえる。
こだわり抜かれた
キャラクターデザインと世界観
中国アニメは近年、目覚ましい勢いで進化・発展を遂げている。2019年中国の年間興行収入ランキングでは3Dアニメ「ナタ~魔童降臨~」が1位を獲得し、約786億円という桁違いの興行収入を記録。同じく3Dアニメである「姜子牙(原題)」が2020年10月にたった1日で興行収入約53億円をたたき出し、アニメ映画の単日興行記録を塗り替えた。そんな3Dアニメが花盛りな中国アニメ業界の中にあって、本作が手描きの2Dアニメなのは特筆すべき点だろう。「得意だから手描きのスタイルで制作しているんです」と語るMTJJ。そんな彼がこだわり抜いた世界観設定は本作の魅力の1つ。愛らしく個性的なキャラクターは “絵師”たちの心をわしづかみにし、ファンアートも盛んだ。シャオヘイ役の花澤香菜は「かわいらしいシャオヘイが勇ましく戦う時の表情や演出は必見」と呼びかける。MTJJが手がけた設定資料では顔のパーツ1つひとつが、キャラクターによって細かく描き分けられており、衣装も袖のたるみ、肩口のシワなど細かく指定されていることがわかる。ギャラリーで、ぜひ1つひとつ確認してほしい。
キャラクター紹介
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シャオヘイ(吹替:花澤香菜)
黒猫の妖精。物事をまっすぐに受け止める素直な性格で、いつも元気いっぱいな6歳。御霊系・金と空間系・領域の能力を有する。フーシーとムゲンの対立の中で大きな役割を果たすことになる。
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ムゲン(吹替:宮野真守)
人間でありながら妖精たちの集う館に所属する執行人。不穏な動きをする妖精たちを法にもとづいて捕らえる任務に就いており、「最強の執行人」として恐れられるほどの実力を持つ。御霊系・金の能力と空間系・吞噬(どんぜい)の能力を有する。
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フーシー(吹替:櫻井孝宏)
妖精の世界を取り戻すためにある計画を立てている人間嫌いの妖精。居場所のなかったシャオヘイを仲間に加える。御霊系・木の能力を有する。植物をコントロールすることができる。
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ロジュ(吹替:松岡禎丞)
フーシーの仲間の妖精で優しく、人懐っこい。御霊系・木の能力を有する。植物を操るほか、種霊を遠隔操作して周囲の様子を探ることもできる。
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シューファイ(吹替:斉藤壮馬)
フーシーの仲間の妖精で穏やかで冷静な性格の持ち主。御霊系・氷の能力を有する。体もすべて氷でできており、負傷しても自分で修復することができる。
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テンフー(吹替:杉田智和)
フーシーの仲間の妖精で、幼い頃からフーシーらとともに生活していた弟分。おとなしくて無口だが、いざというときには頼りになる。御霊系・火の能力を有する。
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シュイ(吹替:豊崎愛生)
館に所属するキツネの妖精で、執行人として働いている。好奇心旺盛で、人間の文化を取り入れることにも抵抗がない。ムゲンに懐いている。
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ナタ(吹替:水瀬いのり)
総本部から派遣された執行人。その実力は折り紙付き。トレードマークは個性的な髪型。流行のファッションを取り入れるのが好き。
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キュウ爺(吹替:チョー)
執行人を務める妖精。人間の開発によりかつて住んでいた場所から追われた過去を持つ。楽天的な性格で、能力の属性を鑑定することができる。
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館長(吹替:大塚芳忠)
龍遊市の館の館長。人間と妖精の共存のために働いている。フーシーの起こした事件を止めるため自ら現場で指揮を執る。音楽を聴くのが好き。