松本ひで吉が語る「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」“切ないほど自分を重ねた”猫画家の物語をイラストに (2/2)

描くということは知ること

──動物を描くことが仕事になっている今、松本さんは愛だけでマンガを描けるのでしょうか。あるいは「ネタ探しをしなくては」と思って犬や猫を観察する部分もあるのでしょうか?

そこはたぶん、どっちもだと思います。描くようになったら見るようになるし、見るようになったら描くようになる。描くということは知ることなんです。例えばデッサンにはものすごい情報量があって、デッサンをすると質感や光の加減、色など、描く対象のことをものすごく知ることができるんです。ルイスもエミリーに「絵について教えるべきルールは1つだけ。“見ること”だ」とアドバイスを送っていますよね。でもルイス自身はほぼ人を描いていない。つまり彼は人を見ていない人なんです。人を知ろうとしないし、人に興味がないし、人に対する愛情が薄い。これはけっこう大変なことだと思うんです。もちろんエミリーと出会ったからといって、ルイスは人を描くようになったわけではないですが、人を見るようにはなったんじゃないでしょうか。それにより猫ももっとよく見て、知って、新たな一面を見つけてどんどん突き進んでいったんだと思います。

「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」

「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」

──ある登場人物が「君は猫の“何か”を捉えている」とルイスに言いますが、その“何か”とは何だと思いますか?

猫ってええかっこしいで、そんなにかっこつけていて疲れないのかなって思わせるくらいシュッとしているんですけど、すごく間抜けだったりもする。私は以前、猫は美しい生き物で、猫好きの人はそこが好きで飼っているんだと思っていたんですけど、実際に一緒に暮らしてみると「なんだ、ただの面白いやつじゃん!」というのがわかったんです。今、猫好きたちの間で人気の「必死すぎるネコ」という写真集がありますけど、ルイスの絵もあれと同じ捉え方なんですよね。猫の人間らしい一面や、ダサい一面が描けていたんだと思います。ルイスの絵は擬人化されてはいますが、表情とかは思いっきり猫で、本当によく描けていると思います。

ルイスの親友であり師でもあるピーター。

ルイスの親友であり師でもあるピーター。

──もしルイスと会って話せるとしたら、聞いてみたいことは?

ルイスが一番つらい時期にそばにいてくれたピーターと、何を話したか聞いてみたいです。我が家の猫の話になってしまいますが、猫は人間の悲しみを読み取る力がある生き物だなと思うところがあって。悲しみに暮れていると、頼もしく慰めに来てくれるんです。だからピーターもルイスがつらいときに彼を励まして、大切なことを教えてあげたと思うんです。

──ちなみに主演のベネディクト・カンバーバッチの印象は?

やっぱり「SHERLOCK/シャーロック」の印象が強いですけど、「ゴッホ 真実の手紙」でゴッホも演じられていますし、画家の役が似合うんでしょうね。知的なイメージで、実際に頭がいい役が多い気がしています。

切ないほどルイスと自分を重ねてしまった

──同じアーティストとしてルイス・ウェインと共感する「あるある」的なポイントはありましたか?

いやあ、切ないほどルイスと自分を重ねてしまいました。

──猫好きという部分で?

いえ、そこではなく人との関わり方においてです。実は私、大学時代は映画科で監督コースを専攻していたんです。ただ、人間のまとめ方や人たらしぶりだったりという、監督として必要な部分がまったくダメで、向いていないことを実感したんです。監督というのは才能はもちろん必要ですが、世渡り上手というか、人間を上手に扱えないとできない仕事だということを学んだ。映画をやめてマンガ家という道を選んだのは、マンガ家だったら監督も脚本も演技もすべてを自分でできると思ったからです。その後、実際にマンガを描き始めたら、私はあんなにも人とうまくやれていなかったのに仕事もいただけて、ファンの人たちとも交流ができる。社会と唯一つながれる点になった。ルイスと同じように、絵で世の中とつながっているという感じなんです。そういう意味でも、痛々しいほど彼の感じがわかってしまい、強いシンパシーを感じずにはいられませんでした。

「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」

「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」

──映画監督になりたいと思ったのはなぜですか?

映画とストーリーテリングが好きだったからです。お話を作ってイメージを形にしたいという思いがあったからです。

──そこは表現媒体が変わっただけで、今も同じことをやっているんですね。そもそもどういう作品を撮りたかったのでしょう?

ゾンビ映画を撮っていました。ホラー好きというのは動物好きと同じくらい、昔から変わらないみたいです(笑)。ホラー映画って不思議で、最初は低予算のホラーを撮っていても、その後大物監督になる人も多くて、その流れも面白いなと思っているんです。

──一番のお気に入りホラー作品は?

ピーター・ジャクソンの「ブレインデッド」です。VHS版をしっかり家に飾ってあります。

プロフィール

松本ひで吉(マツモトヒデキチ)

2008年、「ほんとにあった!霊媒先生」で月刊少年ライバル(講談社)にて連載デビュー。2011年に同作で第35回講談社漫画賞児童部門を受賞した。自身のTwitterおよびマンガアプリ・Palcyにてエッセイマンガ「犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい」を連載し、話題に。そのほかの作品に「さばげぶっ!」「境界のミクリナ」「ねこ色保健室」などがある。2021年11月、生き物たちの不思議な生態とそれにまつわる人間の奇行を描く「いきものがたり」の連載をイブニングで開始。2022年10月8日から12月19日まで、展示イベント「松本ひで吉展」が岡山・吉備川上ふれあい漫画美術館で開催されている。