松本ひで吉が語る「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」“切ないほど自分を重ねた”猫画家の物語をイラストに

ベネディクト・カンバーバッチ主演作「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」が、12月1日に全国で公開される。本作は19世紀末から20世紀のイギリスで人気を博した“猫画家”ルイス・ウェインの物語。劇中では、ルイスと妻エミリーの馴れ初め、親友であり師でもある猫ピーターとの出会い、当時の英国で軽視され不吉な存在とされていた猫を描き始めたきっかけなどが描かれている。

映画ナタリーでは、エッセイマンガ「犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい」などで知られるマンガ家・松本ひで吉に「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」を鑑賞してもらい、インタビューを実施。さらに本作の感想をイラストとして描き下ろしてもらった。

取材・文 / 柴﨑里絵子イラスト / 松本ひで吉

松本ひで吉がイラストを描き下ろし!

松本ひで吉 描き下ろしイラスト

松本ひで吉 描き下ろしイラスト

松本ひで吉が語る「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」

正しい猫の形が描かれている作品

──ホラー映画がお好きと伺っていますが、普段はやはりホラーを中心にご覧になっているのでしょうか?

ホラー映画はあれこれ考えずに観られるので楽なんです。普段は映画館に新作を観に行くようなタイプではなく、監督の名前で映画を観たりということもあまりないのですが、1組だけすごく好きなコンビがいます。脚本家のディアブロ・コディとシャーリーズ・セロンのタッグ。「ヤング≒アダルト」も「タリーと私の秘密の時間」もそうですが、女として生きていくのは悩みも多いけど、結局元気に生きていくしかないんだというあの感じがすごく好きですね。いずれにしろ、映画そのものはすごく好きです。

──今回お話を伺う「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」ですが、そもそも松本さんはルイス・ウェイン、あるいは彼の絵はご存知でしたか?

彼のことはまったく知りませんでした。ただ彼の猫の絵はどこかで目にしたことがある気がしています。

「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」

「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」

──そのルイス・ウェインの半生を描いた作品をご覧になった、率直な感想から教えてください。

いわゆる普通の猫映画とは違ってとても楽しめました。猫が大活躍したり、猫が人間のための舞台装置のようなものになっているのではなく、ただそこにいるというのがものすごく猫らしくて、正しい猫の形が描かれている作品だなという気がしました。

──タッチは違えども、動物たちの豊かな表情の切り取り方という点では、松本さんとルイス・ウェインの絵には共通するものを感じます。松本さんにはルイスの絵はどう写りますか?

ルイスはしっかりと描き込んだ絵だけでなく、コミカルなマンガ的な絵も描いているんですけど、それがものすごくかわいいときもあれば、けっこう怖いときもある。それを見たときにアメリカの画家ヘンリー・ダーガーの絵に似ているなと感じたんです。かわいかったり、きれいだったり、ファンタジーのような気がするけれど、どこか怖いという。おそらくルイスもヘンリー・ダーガーもアウトサイダーという点で似ている部分はあったのではないでしょうか。

「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」ポスタービジュアル

「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」ポスタービジュアル

──好きなシーン、印象に残っているシーンは? 

好きなシーンは、ルイスが猫の声が聞こえるようになってくるところです。つい私も「聞こえるよね!」という感じで感情移入してしまって、すごくよかったです。印象的だったのは、劇中の青色の使われ方。前半では愛する妻エミリーと暮らした家や彼女の服などに頻繁に使われていたので、青がルイスの生活の平和や優しさを象徴しているのかなと思いました。

動物の声は自分も聞こえる

──ルイスは独自の理論で電気と猫を結び付けていたので、その反応が青い色に現れていたようにも感じられましたよね。それにしても、視点がアーティストですね。ルイスが猫の声が聞こえるようになるシーンが好きだとおっしゃいましたが、松本さんにも犬や猫の声が聞こるのでしょうか?

あまり人前では言わないようにしているんですけど、困ったことに聞こえるんです(笑)。普通に聞こえるのでマンガで描いたりもしています。マンガには猫と犬以外にトカゲも登場するのですが、トカゲの言葉もたまに耳に入ってくることがあって、自分でも怖いなと。だからルイス・ウェインもたぶん本当にあのまま猫の声が聞こえていたんだと思います。

「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」

「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」

──動物たちの声が聞こえるようになったのは、いつ頃のことですか?

動物たちを描くようになってからです。その前も犬の言っていることがわかることがあったんですけど、よりクリアに聞こえるようになったのは描くようになってからです。

──一番心に残っている声は?

猫がしっかりとしゃべっているのが聞こえることもあるんですけど、確実に言っていた中で一番印象的だったのはトカゲの声です。ある日、引っ越しをするためにトカゲのケースを入れ替えていたら、そのときトカゲが「なんで?」って言ったんです。

──トカゲの声まで(笑)。

絶対に「なんで?」って言ってました(笑)。

妻のエミリーに夫婦愛と母性を感じた

──松本さんは昨年末にご結婚を報告されましたが、ルイスと妻エミリーの関係性にはどのような印象を持たれましたか?

私がエミリーの立場になったとして、夫がこの先豊かに生きていくために自分が残せるものは何かを考えて行動する……。果たして私にそれができるかと考えたら、たぶんできない。一方でエミリーからは、夫婦の愛でありながらも「この子が独り立ちして生きていけるために尽くす」という母性のようなものも感じました。私はまだ新婚なので夫婦のことはまだあまりわかっていませんが、長く一緒に暮らしていると奥さんが旦那さんに対して母性みたいなものを持つ気がするんです。ただ、エミリーとルイスは3年という短い時間でその域に達しているのですごいなと。劇中、エミリーが当時の基準としてはかなり歳上の奥さんだったという話があったので、気になって調べてみたらエミリーはルイスよりも10歳上なんですよね。

──おっしゃる通り、結婚時ルイスは23歳、エミリーは33歳だったそうです。

その年齢差も影響していたのかもしれませんが、エミリーは人を見る目があったので、人の深いところを見て、変わり者のルイスの中に見出したものがあった。あの歳にして深い人間愛を持っていた彼女だったからこそ、短い間にまるで長い夫婦生活を経た深い母性のような愛情が持てたんだろうなと考えると、改めてすごい人だなと思いますね。

左からベネディクト・カンバーバッチ演じるルイス・ウェイン、クレア・フォイ演じるエミリー。

左からベネディクト・カンバーバッチ演じるルイス・ウェイン、クレア・フォイ演じるエミリー。

──19世紀の英国では猫は魔術や罪の同類と見なされてさげすまれている存在。そんな猫を拾って家で飼ったエミリーは、当時はかなり変わり者扱いされていたと思うのですが、自分を貫く強さを持った女性でもあったんでしょうね。

確かに石を大切に持っているような人ですから変わっていますよね。絵もすごく下手だったりして、我々からするとすごくキュートな人という印象ですが、この時代の家庭教師の女性というのはかなり見下されるポジションだったということもあり、いくら清く正しく生きていても下に見られたり、ちょっとアウトな感じで見られていた……。そこが猫と通ずるところだったのかもしれません。路傍の石もしかり、普段虐げられている存在にも親近感を持って接し、広い視野で捉える目線があったんじゃないかなと思います。

──ルイスの生涯はいろいろありましたが、猫のピーターという相棒のおかげで人生がカラフルになったことは間違いないと思います。松本さんは動物と暮らすことで、人生に変化はありましたか?

松本ひで吉が犬と猫との生活をつづった「犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい」1巻(講談社)

松本ひで吉が犬と猫との生活をつづった「犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい」1巻(講談社)

もともと動物好きだったので自然な感じで飼ってはいたんですけど、マンガを描くようになってから、動物と暮らすことを深く考えるようになりました。人間を愛するのって、悩んだり、苦しんだり、疑ったりしてものすごく難易度が高いじゃないですか? でも動物、特に犬や猫といった伴侶動物は簡単に愛させてくれるし、愛の見返りなども考える必要がない。ただ純粋に愛して愛して愛し倒すことができる存在というのは、人間にとって偉大で、欠かせないものなんじゃないかなと思うんです。愛される幸せというのもありますが、やっぱり愛する幸せというのはとても強くて、動物がいたらそれを得ることができる。ルイス・ウェインのような変わった人は、愛することも難しかったと思うんです。例えば家族とワーッとやり合ったあとも怒ったりせず、無表情で街を歩いていたりする。そういう姿を見ていると、「この人は人に対する興味がなさすぎて愛することも難しいし、人間を見ていない人なんだな」という感じがしてくる。そこに愛してもいい猫という動物がやってくるというのは、彼の人間的な成長にもなったんじゃないかなと思います。